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大企業過去最高益 日本経済のこの先は?

今井 純子  解説委員

大企業の決算発表が本格化しています。昨年度、全体では、過去最高益を更新した見通しで、大企業の業績については、コロナからの回復が進んでいることが示された形です。しかし、日本経済については回復の遅れが目立ち、これまで追い風とされてきた円安についても、マイナスの影響が懸念されています。今後、日本経済全体の活力を取り戻すにはどうしたらいいのでしょうか。この問題について考えてみたいと思います。

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【大企業の業績は回復傾向】
(主な企業の結果)
まず、これまでに発表された、主な大企業の、今年3月までの一年間の決算の結果です。
国内で旅行や外出を自粛する動きが続いた影響で、航空や鉄道では、2年連続の赤字となった企業もありました。しかし、赤字幅は減少しています。
一方、トヨタ自動車や日立製作所など、世界で事業を展開する企業を中心に、過去最高益を更新する企業が相次ぎました。

(全体のまとめ)
11日までに公表された622社のまとめでは、前の年度と比べて83.6%の増益と利益が2倍近くに増えています。過去最高益をあげた企業の数は、226社と3社に一社を超え、全体としても、コロナ前の水準を上回り、過去最高益となる見通しです。

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(背景)
昨年度の一年。企業を取り巻く環境をみてみますと、
▼ 国内では、緊急事態宣言やまん延防止等重点措置が繰り返し適用され、消費が伸び悩んだことに加え、
▼ 原油や原材料などの国際的な価格が高騰し、仕入れ価格などのコストが増加。
▼ さらに、半導体や部品の海外からの供給が不足して、工場が一時操業停止に追い込まれるなど、多くの逆風が吹きました。
それでも、全体として大企業の業績が好調だった背景には
▼ いち早く新型コロナから経済が回復したアメリカやEUなどで売り上げが伸びたこと。
▼ そして、円安の恩恵で、海外でドルなどで受け取った利益を円に換算した額が膨らんだことが、
逆風を超える大きな追い風になったという点があげられます。ただ、それだけでなく、
▼ もともと社会の変化にあわせて、IT・デジタル化や省エネ製品に力を入れるなど、事業を見直してきた結果、追い風の恩恵をより大きく受けた企業や
▼ 原価を改善したり、原材料費の増加分を、製品の価格に転嫁したりして、逆風の影響を減らした企業も目立ちます。

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【2022年度の見通し】
では、今年度はどうでしょうか?
さきほどの決算のまとめでみると、全体では、2.2%の減益となる予想です。
▼ 堅調な海外経済や円安の恩恵で、海外での利益がさらに増えるのではないか。
▼ また、国内でも、今年度こそコロナの感染が落ち着き、旅行や外食などの消費が一気に増えるのではないか。こうした期待がある一方、
▼ ロシアのウクライナ侵攻や急激な円安の影響で、原油や原材料などのコスト負担が、一段と膨らむ懸念が出ていますし、
▼ 中国のゼロコロナ政策にともない上海市などで厳しい外出制限がとられていることから、自動車などの生産や販売が落ち込むといった影響もでています。
▼ さらに、アメリカで金利引き上げが加速していることで好調だった景気が落ち込むのではないかという懸念もあります。
こうした影響で、業績回復の勢いにブレーキがかかるのではないかと、多くの企業が、慎重に見ている、とみられます。

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【大企業の業績が日本の景気回復につながらない】
それでも、これまで日本経済をけん引してきた大企業が、昨年度大きく業績を伸ばし、過去最高益を上げたことは、明るい兆しです。ただ、その恩恵が日本経済全体、そして私たちの生活の底上げにつながっているのか、というと、残念ながら、「そんな実感はない」という方が多いのではないでしょうか。
実際、コロナ前の2019年の平均を100とした、各国のGDP・経済成長率の推移を見てみると、アメリカやEUが、コロナ前の水準を超えているのに対し、日本では、まだコロナ前の水準に戻れていない状況で、景気回復の遅れが目立っています。

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なぜ、大企業が過去最高益をあげても、日本の景気回復につながらないのでしょうか。背景として2点、挙げたいと思います。

(背景① 海外移転で、企業の利益が日本に戻らない)
まずは、そもそも、生産拠点の海外移転が進んだ結果、海外であげた利益が国内に戻りにくい構造になってしまっているという点です。日本の製造業の海外生産比率は、2021年度に22.3%。およそ20年で11ポイントあまり増えています。多くの企業は、海外であげた利益は海外の投資に回しています。円安になっても、円に換算した決算上、つまり帳簿上の利益が増えるだけ。人口減少が続く日本に実際におカネを戻して、国内で設備投資や賃金引き上げをすることには慎重です。

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(背景② コロナの影響で、円安のメリットが期待できず)
そして、2点目。それでも、円安で期待できたはずの国内でのメリットも、コロナの影響で得られなくなっているという点です。
▼ 円安で輸出が増えることが期待されていた自動車などの分野では、半導体や部品の供給不足から、国内で生産を一時停止するなどの動きが相次ぎ、輸出を増やすことができません。日本の3月の輸出数量は、一年前と比べて、1.4%減少しています。
▼ さらに、円安が追い風になるはずの海外からの観光客も、コロナの影響で途絶えたままです。ビジネス目的を含めた外国人の旅行消費額は、コロナ前のおよそ5兆円から、1200億円と、激減しています。
▼ 政府は、外国人観光客の受け入れを、来月以降、段階的に再開することを検討していますが、コロナ前の水準に戻るのは、相当先になるという見方もでています。

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(中小企業や家庭に、円安のデメリットがのしかかる)
輸出が増えない中、いまや日本は、貿易赤字の国です。海外で事業を展開する大企業にとっては「追い風」となる円安も、国内に残された中小企業や、私たち家庭にとっては、資源や原油などの価格を一段と押し上げ、コストや物価の上昇をもたらす「デメリット」が目立ちます。
▼ 日本商工会議所の調査では、円安について「デメリットの方が大きい」と答えた中小企業が半数を超えた一方、「メリットの方が大きい」という企業は、1.2%にとどまりました。力のない中小企業は、コストの上昇分を販売価格に転嫁できず、もともとコロナで弱っていたところに、大きな打撃になるという悲鳴があがっています。
▼ また、家計にとっても、賃金の引き上げが限られている中、物価の上昇は重い負担になります。物価上昇の影響を除いた3月の実質賃金は、一年前と比べてマイナス0.2%。実質の目減りです。4月の消費者物価は、一段と上がるとみられており、さらに重い負担がのしかかります。

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【日本経済の活力を取り戻すには】
では、どうしたらいいのでしょうか。大企業の業績回復を、日本経済の回復、底上げにつなげていくには、国内での投資や賃金を増やすことが欠かせません。
▼ 国内でも、IT化・デジタル化、そして、脱炭素化の取り組みは、待ったなしの課題で、需要はあります。大企業は、海外であげた利益で、こうした分野について、国内の研究開発、設備投資、それに、サービスの提供を強化する。それとともに、新たな分野に対応できる人材の再教育、賃金引き上げにも力を入れてほしいと思います。
▼ 一方、政府も、こうした動きを後押しするとともに、原油の高騰などによる、企業や家庭のコスト負担を和らげていくために、再生可能エネルギーの普及や省エネ型の住宅などの普及に一段と力を入れていくことも欠かせません。

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【まとめ】
大企業の業績が回復している今こそ、日本経済全体の競争力強化につなげる取り組みを急いでほしいと思います。 

(今井 純子 解説委員)


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