NHK 解説委員室

これまでの解説記事

対独戦勝記念日 ロシアはどう出る

安間 英夫  解説委員

ロシアがウクライナに軍事侵攻してからおよそ2か月半。
ロシアで、第2次世界大戦で旧ソビエトがナチス・ドイツに勝利した「戦勝記念日」の式典が行われ、プーチン大統領は、改めて軍事侵攻を正当化する演説を行い、国民に団結を呼びかけました。
プーチン大統領のねらいは何か、このあとどう出るのか、考えていきたいと思います。

220509_1.jpg

【プーチン大統領の演説】
5月9日、ロシアの対独戦勝記念日は一年でもっとも愛国心が高まり、プーチン政権にとって国威発揚に欠かせない日と位置づけられてきました。
プーチン大統領は、ウクライナでの軍事侵攻について「われわれにとって受け入れがたい脅威が直接国境に作り出された。欧米が背後についたネオナチとの衝突は避けられないものになっていた」と述べました。

【発言の意味は・・・】
プーチン大統領の発言に込められた意味を考えます。

220509_2.jpg

まず、ウクライナのゼレンスキー政権をネオナチだと位置づけ、その背後に欧米がいて軍事支援を行い、衝突は避けられなかったと主張し、軍事侵攻を始めた理由と正当性を改めて強調しました。
その一方、一連の軍事作戦でロシアの兵士に犠牲者が出ていることを認め、哀悼の意を示し、遺族に支援することを表明しました。
戦闘が長引く中で、国内向けに力点を置き、説明する必要に迫られたものと言えます。
さらに軍事作戦でロシア側が“成果”として得たものについては言及がありませんでした。プーチン大統領としても、誇れる“成果”がなかったと判断したことをうかがわせます。

【かつての戦勝記念日は】
この日は本来ロシアにとって、全体主義に対する勝利を各国とともに祝う日でした。
2005年、戦後60年の式典では、アメリカ、フランスのほか、ドイツ、日本からも当時の小泉総理大臣ら50か国以上の首脳が出席。
戦勝国、敗戦国の首脳が集まり、かつての敵味方を問わず犠牲者を追悼し、和解をはかり、国際問題での団結をともに誓いました。
ところが、ことしはまったく形相が異なり、外国の首脳は1人も参加しませんでした。
ロシア政府は77年で節目の年ではないとして各国首脳を招待しなかったと説明しましたが、国際社会でのロシアの立ち位置が大きく変わったことを象徴しています。

【対するウクライナは】

220509_3.jpg

一方、ウクライナのゼレンスキー大統領は8日、「血塗られたナチズムがウクライナに再建された」と述べて、ウクライナを侵略したロシアのほうが逆にかつてのナチス・ドイツのようだと強く非難しました。

【最新の戦況は 東部2州をめぐる攻防】
プーチン政権は、この戦勝記念日に向けて、国民にアピールできるようなものを目指していたと見られます。

220509_4.jpg

そもそも今回の軍事侵攻の名目は、ロシアが独立国として一方的に承認したドネツクとルハンシクの2つの地域から要請を受けて安全を確保することでした。
しかしアメリカのシンクタンクによると、ルハンシク州はほぼ全域を掌握する一方、ドネツク州はまだ40%ほどを掌握できていないと見られます。
アメリカ国防総省の高官もロシア軍の動きが東部地域で全体的に停滞しているとしています。
ロシア軍、プーチン政権にとって誤算だったと言えます。

【プーチン政権のねらいは・・・ 支配を既成事実化】
では、プーチン政権は何を狙っているのでしょうか。

220509_5.jpg

プーチン政権は掌握した地域で、「ロシア化」と呼ばれる、支配を既成事実化する動きを進めています。
現地に大統領府や与党の幹部を派遣。
ドネツク州とルハンシク州では、プーチン大統領が第2次世界大戦の退役軍人を対象に一時金を支給することを決めました。
さらにドネツク州やルハンシク州、ザポリージャ州、ヘルソン州では、ロシアへの編入の賛否を問う住民投票が計画されていると伝えられています。
住民投票は、8年前のクリミア併合でも見られたことで、ウクライナ政府にとっても、国際法のうえでも容認できない動きです。

【さらに南部も・・・】
そうしたなか、ロシア軍がさらに支配を広げようとしていることをうかがわせる発言がありました。

220509_6.jpg

先月下旬、ロシア軍の中央軍管区の副司令官は、「東部に加え、南部の完全掌握も任務」としているとしたうえで、ウクライナの南西にある隣国モルドバの方向に支配地域を拡大する考えを示しました。
そのうえで「沿ドニエストル地方に新たにアクセスする方法を得ることになる」と述べました。
「沿ドニエストル地方」というのは、モルドバから一方的に分離独立を宣言している親ロシア派の支配地域で、ロシア軍の部隊が駐留しています。
ロシア軍が仮にこの地方に向けて、ミコライウ、オデーサの2つの州を掌握すれば、ウクライナの沿岸部をすべて掌握し、ウクライナは海への出口を失い、内陸国になることになります。
これについてウクライナの国防省は、「略奪者は目的を、ウクライナの東部と南部の占領だと隠しもせず認めた。まさに帝国主義だ」と述べて非難しました。

【長引く軍事侵攻 ロシア世論の動向】
ではこれからどうなるか、ここから世論の動向と見通しについて考えてみます。

220509_7.jpg

ロシアの独立系の世論調査機関レバダセンターによると、ウクライナでの軍事行動について、「支持する」と答えた人は、先月4月は74%で、3月から7ポイント減少したのに対し、「支持しない」と答えた人は、先月は19%、3月と比べ5ポイント増えました。
また、軍事作戦は成功しているかという質問について「成功」は、おおむねも含めて68%、「失敗」は「どちらからと言えば」も含めて17%、「答えられない」とした人も16%います。ロシアでは情報統制で軍事作戦に異を唱えることは厳しく罰せられるおそれがあります。こうした状況を踏まえ、「失敗」と「答えられない」をあわせると、全体の3分に1近くになり、多いと言えるでしょう。
これらは戦闘の長期化がロシアの世論に影響を及ぼし始めていることをうかがわせています。

【今後の見通しは・・・】
こうした世論調査の結果からも、プーチン大統領にとって、戦闘が長期化し、国民にアピールできるものがなければ、支持を失うことにつながりかねないことを示しています。

220509_8.jpg

プーチン政権にとっては、
①ウクライナ東部の2つの州を制圧し、支配すること、
②すでにロシア軍がおおむね掌握していると見られるウクライナ南部を支配すること、
③そこからさらに、南西部のオデーサ州など沿岸部を支配することが視野に入っていると見られます。
ただロシアにとって東部の戦線で苦戦するなか、沿岸部を掌握するのは現実的に難しく、現段階では、東部に勢力を集中させるとともに、ウクライナ南部までの支配を目指しているのではないでしょうか。
しかしこれは侵略による領土の拡大であり、決して正当化、容認できるものではありません。
さらにプーチン大統領は今回の演説では控えたものの、核兵器の使用も辞さない構えをちらつかせてきました。
国際社会は、プーチン大統領が生物化学兵器や核の使用を踏みとどまるよう、けん制や働きかけを行っていくことが必要でしょう。

【本来「追悼と和解」のとき】

220509_9.jpg

2005年、戦後60年のときには、プーチン大統領率いるロシアの主導で国連総会の決議が採択され、このなかで戦勝記念日は「追悼と和解」のときと位置づけられました。
世界各国の首脳がモスクワに一堂に集まったのは、プーチン大統領がその精神のもと国際社会の幅広い結束を呼びかけたことに共感が得られたからです。
しかし、今、プーチン大統領の言動は当時と大きく変わり、第2次世界大戦後に構築された国際秩序に対する挑戦と受け止められています。

【終わりに】
プーチン大統領は戦勝記念日にあたり、ウクライナの軍事侵攻をナチズムとの戦いと位置づけていますが、その論理は国際的にほとんど支持を得られていません。
戦闘が長期化し、苦戦を強いられる中で、プーチン大統領の演説からは、この戦争をどう終わらせたらよいのか、大統領自身も答えを見失っているように思えてなりません。

(安間 英夫 解説委員)


この委員の記事一覧はこちら

安間 英夫  解説委員

こちらもオススメ!