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インフレは止められるか~金融引き締め急ぐFRB

神子田 章博  解説委員

日本以上に激しい物価の上昇が続くアメリカ。そのアメリカの中央銀行に当たるFRBが今月4日、大幅な政策金利の引き上げに踏み切るなど金融引き締めを急ぐ姿勢を鮮明にしました。今夜はその背景と今後の課題、日本経済への影響について考えます。

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解説のポイントは三つです
1) FRB金融引き締め急ぐ背景
2) 誤算続きで後手に回ったか 
3) 日本経済への影響

さっそくFRBの金融引き締め策から具体的に見ていきます。

1) FRB金融引き締め急ぐ背景

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まず、政策金利を0.5%引き上げ、0.75%から1%としました。0.5%というのは通常の2倍の引き上げ幅で、いわゆるドットコムバブルの影響が残っていた2000年5月以来22年ぶりのことです。
さらに、量的引き締めという新たな引き締め策も導入しました。量的引き締めとはどういう政策でしょうか。それを理解していただくために、FRBがこの春まで行ってきた量的緩和策を振り返ります。

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FRBはコロナ禍の経済を支えるため、国債などを購入して大量の資金を市場に送り込んできました。こうすることで金利を押し下げ企業や個人がお金を借りやすくして景気を刺激してきたのです。

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量的引き締め策はその逆で、FRBが保有している国債などを売却することで、市場から資金を吸い上げ景気の過熱を抑えようというものです。
大幅な金利の引き上げと量的引き締め策。FRBがここまで金融引き締めをいそぐのは、記録的なインフレがアメリカ経済を落ち込ませるおそれが強まっているからです。

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アメリカでは去年の春以降、コロナ禍で悪化した景気が急回復したことで需要に供給が追い付かず、モノやサービスの価格が大幅に上昇。さらに秋にかけては原油価格の高騰が物価を一段と押し上げ、今年2月以降はウクライナ危機による原油や穀物の一段の高騰も加わりました。今年3月の上昇率は、前の年の同じ月に比べて8.5%と40年ぶりの高さとなり、なかでもガソリンが48%、食品も8.8%と大幅に上昇。こうした生活に身近な物価の値上がりが、消費者の購買意欲を低下させ、経済に急ブレーキをかけることが懸念されています。このため、FRBとしては、金融引き締めを急ぐことでインフレを食い止めようとしているのです。

2) 誤算続きで後手に回ったか

このように、ここへきて引き締めのピッチをあげるFRBですが、すでに遅きに失したという指摘も出ています。どうしてそういわれるのでしょうか。

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FRBのパウエル議長は、去年春以降、物価の上昇傾向が続く中、「物価上昇は景気が急回復する中で、供給不足や人手不足がもたらす一時的な現象だ」という見方を示していました。確かに当時、専門家の間でも政府による失業給付の支給が終われば働き手が戻り人手不足が解消されるという見方もでていました。しかし人手不足は秋以降も続き、物価は一段と上昇していきます。FRBは11月、量的緩和政策の縮小に踏み切りましたが、この時の声明文でもまだ物価上昇について「一時的」という表現を残しており、「FRBは見通しを誤ったのでは」という指摘が強まっています。

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実際にパウエル議長は、のちに、「後知恵で考えれば、より早く行動すべきだった」と述べ、後手に回ったことを認めています。その後FRBは今年にはいると3月にゼロ金利政策を解除する方向性を示したうえで、その際の利上げ幅が0.5%という大幅なものとなる可能性を示唆しました。ところがここで、ロシアによるウクライナへの軍事侵攻という想定外の出来事が起こります。アメリカ経済への悪影響が予想される中、大幅な利上げに一気に踏み切れば市場を混乱させかねないという懸念がでてきました。結局、3月の利上げは0.25%と通常の引き上げ幅にとどまりました。

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このようにFRBは未知の感染症がもたらす経済の変動を正確に見抜くことができず、さら戦争という予期せぬでき事が加わって、物価上昇のスピードに遅れをとる形となったものとみられます。

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では、このあとFRBはどう動くのでしょうか。市場では、FRBが次回6月の会合で今回よりもさらに大きな0.75%の利上げに踏み切り、利上げのペースを一段とあげるという見方が強まっていました。これに対しパウエル議長は、4日の会見で「0.75%の利上げを積極的に検討はしていない」とする一方で、来月と再来月の二回にわたって、0.5%という大幅な利上げを続ける可能性を示しました。これを受けて5日のNY市場では、金利が上昇することへの警戒感からダウ平均株価が一時1300ドルあまりも下落。専門家の間では、大幅な利上げが現実のものとなる中で、景気を悪化させることなく物価を抑えることはできないという見方が強まっています。パウエル議長は、アメリカ経済は力強く、金融引き締めにもうまく対応できるとしていますが、物価の抑制と、景気の維持のバランスをとりながら、綱渡りのかじ取りを迫られています。

3)日本経済への影響

さて、ここからはFRBの急速な金融引き締めが日本経済に与える影響について考えていきます。懸念されるのは、円安の行方です。

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FRBの金利引き上げに先立って、日銀は先月28日、短期市場金利をマイナス、長期金利を0%程度に抑える金融緩和策を続けることを決定しました。日本でも物価は上昇していますが、日銀は、景気回復によるものではなく、原材料価格の上昇などによる一時的なものだ。賃金が上がらず物価だけあがれば経済にマイナスの影響をもたらすおそれがあるとして、緩和の継続が必要だという考えを崩していません。

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日本では金利が低いままで、アメリカの金利が急上昇すれば、投資家の間で、ドルで資金を運用しようと円を売ってドルを買う動きがさらに広がり、円安ドル高が一段と進む可能性が強まります。こうした中で、先月の金融政策決定会合を前に、日銀が円安を止めるために金利の上昇を認めるのではないかという憶測も一部に出ていました。しかし黒田総裁は逆に長期金利を0.25%程度以下に抑えるための措置を原則として毎日実施することを発表。円安が進んでいるからといって、金融緩和策を修正する考えがないことを明確に示したのです。これを受けて円相場は1ドル130円を超える水準にまで円安が進みました。

円安が進めば、海外から輸入するエネルギーや穀物などの価格がさらに割高になります。

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この数字は、いまの水準の円安が1年続いた場合、3月の平均レートの118円だった時と比べて、食料品や電気・ガスといったエネルギーの家計の負担がどれだけ増えるかを専門家が試算したものです。年収が300万円未満の世帯で年間およそ1万2000円あまり、年収が600~700万円の世帯ではおよそ1万6000円の負担増が見込まれ、これに加えて原油価格が1バレル=100ドルで高止まりすれば、負担増は、それぞれおよそ4万9000円、6万4000円にのぼるということです。さらに円安は家計のほかにも、原材料を海外から輸入する企業の収益を悪化させるなど、様々なマイナスの影響が懸念されます。今後一段と円安が進むことになれば、外国為替市場への介入や、深刻な打撃を受ける中小企業や世帯を対象とした追加の支援策など、政府になんらかの対応が求められることも考えられます。

この様に日本経済にも大きな影響を及ぼすアメリカの金融政策。パウエル議長は、物価を抑えながら経済を軟着陸に導くことはできるのか。その綱渡りの綱は極めて細く、慎重な上にも慎重な足運びが求められることになります。

(神子田 章博 解説委員)


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