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1ドル130円 20年ぶりの円安水準 世界経済急減速と3つのジレンマ

櫻井 玲子  解説委員

ロシアのウクライナへの侵攻による影響などを背景に、世界経済は、急減速する可能性が、高まっています。
欧米、日本、中国などで、景気が以前の予想より、悪くなる見込みで、その先行きへの不安から、為替や株式市場も大きく変動しています。
きょうは今後の見通しや、各国が直面している「3つのジレンマ」について、詳しく見ていきたいと思います。

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【世界経済が失速する】

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『戦争が世界経済の回復を後退させる』
IMF・国際通貨基金がこのような副題をつけて発表した最新のリポートによりますと、ことしの世界経済の成長率は去年の6.1パーセントから、3.6パーセントへと、急減速する見込みです。
さらに来年も、同じ3.6パーセントにとどまる予想で、コロナ禍からの回復が期待されていたさなかに、ロシアの軍事侵攻が影を落としている形になります。

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国や地域別にみますと、
▼ロシアからのエネルギーや穀物輸入に頼るユーロ圏の成長率は、去年の5.3パーセントから2.8パーセントに減速。
ことし1月の予想から1パーセント以上の下方修正です。
また▼アメリカも5.7パーセントから3.7パーセントに減速すると予測。
欧米いずれも、エネルギー価格の高騰に苦しめられています。
さらに▼中国についても、新型コロナウイルスの感染再拡大も背景に、8.1パーセントから4.4パーセントに大きく減速すると予想しています。

一方、日本は、去年の1.6パーセントから2.4パーセントまで回復するものの、こちらもことし1月の予想からは1パーセント近い下方修正です。
資源エネルギーをはじめとする物価の上昇に悩まされるほか、輸出の伸びも鈍るのではとみられているからです。

IMFはことしはじめの時点では、第2四半期、つまり4月ごろから、コロナによるダメージが徐々に薄れ、世界経済に力強さが戻ってくると予想していましたが、そのシナリオは、いまや完全に崩れました。
このあとむしろ、ロシアの軍事侵攻の状況次第で今回の予測よりさらに悪化する、下振れリスクがあると警告しています。

【3つのジレンマ】
さて、世界経済の回復が順調にいかないとみられる根本的な要因に、各国が抱える「3つのジレンマ」があります。
そこでここからはそのジレンマについて、詳しくみていきます。

【ジレンマ①「インフレ抑制」優先?「景気回復維持」優先?】

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▼まず最大のジレンマは、急激なインフレ・物価上昇を抑えることと、景気回復の勢いを維持することのどちらを優先させるべきか?ということです。
エネルギーや食料価格の高騰と、コロナによる供給制約を背景に、先進国で物価が5.7パーセント。
新興国や途上国では8.7パーセント上昇する。と予想されており、アメリカをはじめ多くの国がインフレ対策として、金融引き締めに踏み切る方針です。
しかし、物価を抑えようと、市場に出回るおカネを減らす金融引き締め策を行えば、今度は景気そのものが悪化してしまう恐れがあります。
インフレ退治と、景気回復のどちらを、どのタイミングで優先するか?
各国の対応が、問われるところです。

【日本は景気維持を優先して20年ぶりの円安水準に】

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では日本はどうか?といいますと、食品や電気・ガス代が値上がりし、4月の消費者物価指数は前の年にくらべてついに2パーセントを超える上昇となる可能性も出ています。
ただ、日銀は、経済全体でみれば依然として力強さがみられないとして、景気回復を支える金融緩和を、死守する姿勢を、金融政策決定会合を通じて、鮮明にしました。
このため28日の東京外国為替市場では、日銀が物価の抑制より景気の維持を優先し、その結果としての円安も容認したと受けとめられ、円相場は1ドル130円台まで値下がりし、20年ぶりの円安水準を更新しました。
政府は、今週、原油高騰対策と、生活困窮者への支援を柱とした6兆2千億円程度にのぼる緊急経済対策を発表しましたが、日銀が金融緩和を続けている以上、円安局面が続くことも予想され、暮らしに影響が大きいエネルギーや食料価格は、簡単には下がらない、とみられています。

【アメリカはインフレ抑制優先で利上げ加速】

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一方、アメリカでは物価の上昇に対する国民の不満に応えるためインフレ対策を優先し、中央銀行にあたるFRB・連邦準備制度理事会は来週、一気に0.5パーセントの利上げを決めて、金融を引き締める見通しです。
しかし、現地では物価が8パーセントも上がっており、この程度では「焼け石に水」にすぎないと、利上げをさらに加速させるよう求める声も出ています。
引き締めが加速されれば、その分アメリカの景気も減速し、世界経済全体にも、大きな影響を与えそうです。
結局、インフレ抑制と、景気回復のいずれを優先しても、なんらかのマイナスは避けられないといえるでしょう。
ロシアの軍事侵攻を人道的な見地からも、経済的な観点からも、一日も早く止めさせること。
そしてコロナの収束に向けて最大限の努力を続けることが、最も効果のある対策で、各国そして国際社会の努力が、問われるところです。

【ジレンマ② 困窮者支援と財政健全化】
▼次に2つ目のジレンマとして、困っている人への支援と、財政の立て直しの両立の難しさについても、考えてみたいと思います。
国が、コロナや戦争、災害などで苦しんでいる人を支援することが最優先するのはいうまでもありません。

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ただ、先進国の債務、つまり借金は、コロナによる大規模な財政出動もあって、対GDP比で115パーセントと、5年前の水準にくらべても高止まりしています。
将来の需要を先食いしすぎて、今後の中長期的な成長を妨げないよう、財政の健全性をどう保っていくかが課題になります。
日本の政府債務残高も、2022年には、対GDP比で262パーセントに達すると予想されており、軍事侵攻やコロナの収束後に、慢性的な財政赤字をどう解消していくかが問われることになりそうです。
短期的には国民への支援を優先しつつ、中長期的には経済に大きなショックを与えずに、財政をたて直すにはどうすればいいか。
そのためには、今後の経済見通しを客観的に評価する、独立の第三者機関を作り、適切な対応策を検証する、といった、地道な努力が、必要になるのではないでしょうか。

【ジレンマ③「脱炭素化」優先?「エネルギー確保」は?】
▼そして3つ目のジレンマは脱炭素化と、エネルギー確保の両立の難しさです。
足元の資源エネルギー価格の高騰は、ロシアの軍事侵攻が大きな要因となっています。

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ただ、IMFは石油やガスといった化石燃料への新規投資がすでに2014年以降、年々減ってきていたことも、指摘しています。
これに対し、再生可能エネルギーの導入はそこまでのスピードで進んでおらず、化石燃料への投資が減るスピードに、再生可能エネルギーの増えるスピードが追い付かないため、これが、構造的なエネルギー不足を生んでいるというのです。
このため、エネルギーの生産国と消費国が協力し、化石燃料からの撤退と再生可能エネルギーの導入のスピードの平仄があうよう、目配りすることを提言しています。
日本でも、再生可能なエネルギーを安定的な電源として使えるようにするためのさらなる努力が求められています。
また、第一次オイルショックの教訓も踏まえて、エネルギー需要そのものを抑える省エネ技術の開発や導入にも、さらに力を入れる必要があるかもしれません。

【ジレンマに特効薬なし】
これまでみてきた3つのジレンマを、簡単に解消する特効薬はなく、ロシアの軍事侵攻でその影響が増幅されているのが実情です。
日本をはじめ各国は、時間軸や優先順位を意識しながら、短期的な対応策と中長期的な政策を使いわけることで国民の暮らしを守り、この難局を乗り切ってほしいと思います。

(櫻井 玲子 解説委員)


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