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知床観光船~被害は防げなかったのか

松本 浩司  解説委員

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北海道の知床半島沖で26人が乗った観光船が遭難した事故では天候の判断など運航会社側の安全管理の問題が指摘されています。また全国で観光船の事故が繰り返されていたのに、大事故の芽を摘む対策が十分に取られてこなかったことも背景として浮かび上がってきました。

▼事故の経緯と推定される原因
▼緊急装備は十分だったのか
▼「ハインリッヒの法則」と今回の事故
この3点を考えます。

【事故経緯と推定される原因】

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遭難した観光船「KAZUⅠ」に乗客が乗り込む様子です。23日の午前10時ごろ斜里町ウトロ港を出港。ほかの運航会社に先駆けて今シーズの運航をはじめたばかりでした。

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観光船はウトロ港から知床岬まで3時間をかけて往復する予定でした。

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異変があったのは午後1時過ぎ。船から海上保安庁に「船首が浸水し沈みかけている」と電話で救助要請がありました。
さらに午後2時ごろ「船首が30度ほど傾いている」と運航会社に伝えたのを最後に連絡がとれなくなりました。

観光船で何が起きたのでしょうか。

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推定される現場付近は潮流が強く、暗礁も多い難所として知られていました。当時、風速が15メートル、波の高さは3メートルと荒れた状態になっていました。

専門家は、
▼エンジントラブルで船のコントロールができなくなって横波を受けて転覆したり
▼高波を正面から受けてガラス窓が破れるなどして水が浸水
あるいは
▼暗礁にのりあげて船体に亀裂が入って浸水して沈没した可能性があると見ています。

なぜ遭難したのでしょうか。
天候の判断など運航する会社の安全管理に不備があった可能性が指摘されています。

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出港のときすでに強風注意報と波浪注意報が出され天候が荒れると予報されていたことから別の運航会社の人や地元の漁業者が船長に対して「出港しないほうがいい」と忠告しましたが、聞き入れられなかったと言います。

この会社は去年2度にわたって座礁事故などを起こし船長が書類送検されています。
この会社の別の観光船の船長はNHKの取材に「去年のはじめ、それまでいた船長らが解雇され、経験の浅い船長が雇われてこれらの事故を起こした」と話し、安全管理体制に疑問を持っていたことを証言しています。

国土交通省は会社に対する特別監査を行っていて法律の基準に基づき運航していたかなど詳しく調べることにしています。船の捜索とあわせて徹底した原因究明が求められます。

【緊急の装備は十分だったのか】
遭難の直接の原因は会社の運航体制にあるという見方が出ていますが、事故が起きてしまったときに乗客の命を守るための装備は十分だったのでしょうか。
この船は遭難の3日前に国よる船舶検査を受けていて法令上、問題は指摘されていませんでした。
にも関わらずトラブル発生後に被害を小さくすることができなかったのはなぜなのか。
緊急の通信手段と救命装備を見ていきます。

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今回、捜索にあたって問題になっているのが遭難の発生場所がよくわからない点です。
捜索は当初通報があったカシュニの滝周辺で重点的に行われましたが、その後多くの人が発見されたのは14キロも離れた知床岬の先端でした。

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遭難した船は19トンの小型船にあたり船舶安全法の小型船の規則が適用されます。
このうち岸に近い限定した海域だけを運航する船なので比較的緩やかな規則になっていて、通信手段は無線や衛星電話、場合によっては携帯電話などのうちひとつあればよいことになっています。

一方、岸からもっと離れた海域まで行く船の場合は、転覆や沈没したとき自動的に正確な位置を海上保安庁に発信する装置の設置が義務付けられています。最近はより安価かつ小型で同様の機能を持つ装置も開発され、一部の小型漁船に普及しています。

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さらに船の位置や速度などを自動的に発信するAIS=船舶自動識別装置があれば遭難位置を特定できますが、搭載義務は大きな船だけで「KAZUⅠ」にはありませんでした。
こうした装置があれば現場をより早く特定して、効率的な捜索ができたと考えられます。

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次に乗客の救命装備はどうでしょうか。
小型の旅客船は転覆や沈没した場合の装備として
▼自動的に膨らんで海面に浮き、テントのようになる救命いかだと、
▼浮力のある四角いマットのような救命浮器のどちらかを選べることになっています。
ほとんどの船は価格の安い浮器を選択し、「KAZU1」も救命浮器を装備していました。事故後、海岸に漂着しているのが上空から確認されています。

しかし現場の海域は海上保安庁の調査で最も低いところで海水温が1℃だったことがわかっていて、仮に救命浮器につかまっていたとしてもごく短い時間で低体温症になったと考えられます。一方、救命いかだがあれば救助の可能性が高まったと考えられます。

【ハインリッヒの法則と今回の事故】
安全の鉄則とされる「ハインリッヒの法則」は「ひとつの重大事故の背景には29の軽微な事故がある」と言います。今回の遭難はこれがあてはまるように思います。
観光船の小中規模の事故は繰り返されてきたからです。

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2005年には同じ知床半島沖で観光船が座礁して乗客20人以上が重軽傷を負いました。2008年には宮城県東松島市で観光船が岩場に衝突して乗客など10人以上がけがをしました。そのほか島根、徳島、兵庫、長崎など各地で負傷者が出たり、救助されたりする事故が起きています。

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大惨事と紙一重だったのが、おととし11月、香川県坂出市沖で起きた事故です。修学旅行の小学校6年の児童や教員など62人が乗ってクルージングをしていた旅客船が暗礁に衝突して沈没しました。

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日没が迫る中、全員が海に残されましたが、たまたま近くにいた漁業者が駆けつけ救助にあたりました。当時、波がなく穏やかで水温も20度近くあり、低体温症で手当てを受けた児童はいたものの、奇跡的に一人の犠牲者も出ませんでした。

この事故は安全だと思い込んでいる旅客船もひとつ間違うと大きな事故を起こすリスクがあることを強く訴えかけました。ただ、この事故のとき救命浮器が海に投げ入れられましたが、同様の事故が北海道のような寒冷地で起きたら役に立つのか、など事故後、検討がなされた形跡は見られません。

さきほどの小型の位置情報の発信機のほかにもAISにスマホアプリを組み合わせ安く簡単な方法で位置を把握する仕組みなど技術開発は進んでいますが、それらも安全対策のため現場で実装されるまでには至っていません。

各地で事故が続いても小型の旅客船の安全対策は大きく変わることはなく、経験や教訓が十分に生かされてきたと言えないのが実情です。

【まとめ】
今回の遭難は、船舶に限らず、小さな事故やトラブルを軽視せずに、大事故の芽を摘む努力を重ねることの大切さをあらためて示しました。

まだ多くの人の行方がわかっておらず、捜索に全力をあげる必要があります。
そのうえで今後、事故の原因究明と痛ましい事故を繰り返さないための安全対策の検証を徹底してもらいたいと思います。

(松本 浩司 解説委員)

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