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ウクライナ危機と国際エネルギー情勢

出川 展恒  解説委員

ロシアによるウクライナ侵攻が始まって2か月が経ちました。多くの尊い命が失われていることに加え、世界経済にも深刻な影響を与えています。欧米の国々が、ロシアに対し、厳しい制裁を実施していることにより、原油や天然ガスの価格が高騰し、国によっては、今後、エネルギーの確保が困難になる事態も懸念されています。
この問題の背景や影響を考えます。

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解説のポイントは、▼ウクライナ危機が国際エネルギー市場に与える影響。▼考えられる今後のシナリオ。▼代替の供給地としてカギを握るサウジアラビア。以上3点です。

■最初のポイントから見てゆきます。原油や天然ガスの国際価格は、世界経済が新型コロナウイルスの感染拡大による落ち込みから回復に向かう中で、おととし以降、上昇を続けていましたが、ロシアによるウクライナ侵攻を機に、価格高騰に拍車がかかりました。

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こちらは、原油価格の国際的な指標とされるWTIの先物価格を示したグラフです。先月8日、アメリカ・バイデン政権が、ロシア産の原油や液化天然ガス、石炭などの輸入を禁止する措置を発表すると、1バレル120ドルを超える、記録的な水準に跳ね上がりました。その後、中国の石油需要が減る可能性が報道されるなどして、いったん1バレル95ドル前後まで下がったものの、再び上昇し、高値のまま、乱高下しています。

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天然ガスは、いっそう激しく高騰しました。原油価格とほぼ同時に、ヨーロッパのガス価格も最高値を記録し、原油に換算して、1バレル400ドルを超える異常な高値をつけました。
石炭も例外ではありません。今月7日には、G7・主要7か国とEU・ヨーロッパ連合が、ロシア産の石炭の輸入を禁止すると発表し、石炭価格が急上昇。石炭は火力発電の燃料となるため、電力価格の上昇も招いて、いわば、「同時多発的なエネルギー価格の高騰」を引き起こしています。

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背景には、ロシア産のエネルギー資源が、世界市場に占めるシェアの大きさがあります。
原油の輸出では世界の11%、天然ガスは25%、石炭は18%を占めています。とくに、ヨーロッパ諸国は、ドイツやイタリアをはじめ、ロシアへの依存度が非常に高くなっています。

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欧米各国が、ロシアのエネルギー資源を対象にした制裁をかければ、ロシアの輸出にブレーキがかかり、エネルギー資源の供給不足を招く可能性があります。
一方、ロシア側が、欧米などに対し、輸出を制限する対抗措置をとれば、供給不足はいっそう深刻なものとなるでしょう。たとえば、ロシアのプーチン大統領は、「非友好国」とみなした国への天然ガスの輸出について、ロシアの通貨ルーブルでの支払いを要求し、応じなければ供給を停止すると脅しをかけました。
エネルギー問題の専門家の間では、「産油国による戦争と禁輸措置が組み合わさった世界的なエネルギー危機」という意味合いで、半世紀前に起きた第4次中東戦争の際の石油危機に似た状況が生まれつつあるという見方も出ています。

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エネルギー資源は、誰にとっても、必要不可欠で、価格の高騰が続けば、経済へのマイナスの影響を免れません。企業にとっては経営が、消費者にとっては暮らしが、圧迫されることになります。そして、エネルギー自給率の低い国、とりわけ、ロシアからの輸入に頼ってきた国では、急にエネルギーを確保できなくなるおそれがあります。

■ここから、2つ目のポイント、今後考えられるシナリオを見てゆきます。

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日本エネルギー経済研究所の小山堅専務理事は、早期の停戦実現が難しくなっている現状に鑑み、主に2つのケースを想定しています。
▼第1に、ロシアの軍事侵攻と経済制裁がしばらく続くものの、エネルギーの深刻な供給不足までは起きないケースです。この場合、原油価格は、1バレル100ドル前後を中心に、プラス・マイナス20ドル程度の幅で変動を繰り返すと見ています。
▼第2に、何らかの理由で、深刻な供給不足が起きるケースです。この場合、原油も、天然ガスも、一気に高騰し、これまでの最高値を更新する可能性もあると見ています。
中東の産油国が増産したり、消費国側が備蓄を放出したりすれば、ある程度値下がりするものの、現在よりも高い水準が続くと分析しています。
そのうえで、小山氏は、ロシア側の容赦ない攻撃で、大勢の一般市民が殺害されていることなどから、これまでエネルギーを対象にした制裁には消極的だったヨーロッパ諸国が、今後、ロシア産原油の輸入制限に踏み切る可能性もあると分析しています。

■その場合、エネルギーの供給不足が起きるおそれがあり、関係国は、ロシア以外から調達する必要が出てきます。中東の産油国、サウジアラビアの対応が、市場を安定させるカギを握ると指摘されています。生産能力に大きなゆとりがあり、指導者が意思決定さえすれば、大幅な増産が可能だからです。

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今回の危機を受けて、欧米や日本は、原油の増産を要請していますが、サウジアラビアは、今のところ、応じていません。背景には、この国の外交や石油政策を事実上決めているムハンマド皇太子の意向があると考えられます。
サウジアラビアとアメリカは同盟関係にあり、トランプ前政権時代は蜜月の関係でしたが、ムハンマド皇太子とバイデン政権との関係はぎくしゃくしています。4年前、自らを批判するジャーナリストがトルコで殺害された事件や、隣国イエメンの内戦への軍事介入をめぐって、強く批判されているのが理由です。
ムハンマド皇太子は、ロシアのウクライナ侵攻後、バイデン大統領との電話会談を拒み、さらに、「石油の供給が不足しても、責任を負わない」と述べたと伝えられます。
一方、サウジアラビアは、近年、ロシアとの関係を深めてきました。ムハンマド皇太子とプーチン大統領は、先月と今月の2度、電話会談を行い、プーチン大統領は、「OPECプラス」の合意を守るよう、ムハンマド皇太子に要請したもようです。
「OPECプラス」は、OPEC・石油輸出国機構に、非加盟のロシアなど10か国を加えた新たな枠組みで、原油価格を維持するため、小規模な増産を続ける方針で合意していました。
サウジアラビアは、「OPECプラス」の枠組みを重視し、大幅な増産には消極的です。ただし、今後、原油価格がさらに高騰し、供給不足が顕著になった場合には、追加の増産を行う用意もあるのではないかと、多くの専門家は見ています。

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■深刻なエネルギー危機を回避するには、一刻も早く戦争を終わらせることが不可欠で、戦争が長引くほど、経済へのダメージも大きくなります。そして、今回の危機をきっかけに、各国はそれぞれ、エネルギー戦略の見直しを迫られるでしょう。
ヨーロッパ諸国は、天然ガスの40%、原油の30%を依存してきたロシアに変わるエネルギーの調達先を探しています。
日本にとっても、対岸の火事ではありません。エネルギー自給率が非常に低く、石油の90%を中東からの輸入に頼ってきました。ひとたび、中東地域で軍事的な紛争が起きれば、たちまちエネルギー不足に見舞われますので、エネルギーの調達先の分散化を急ぐ必要があります。
そして、ヨーロッパ諸国も日本も、省エネを促進し、新たなエネルギーミックスの戦略をつくる必要があります。両者に共通する切実、かつ、先送りの許されない課題です。

(出川 展恒 解説委員)

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