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プーチンの戦争とロシア世論

石川 一洋  解説委員

「プーチンの戦争」。ロシア軍の目を覆いたくなるような戦争犯罪が明らかになる中、プーチン大統領は東部で大規模な攻撃を始めようとしています。国際的な非難が強まる中、ロシアでは80%以上がプーチン大統領を支持しています。なぜでしょうか。一方、厳しい統制の中、ロシア国内から異を唱える声も聞こえてきます。プーチンの戦争とロシアの世論について考えてみます。

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ウクライナ東部ドンバスで戦争の帰趨を大きく左右する戦闘が始まっています。ロシア軍はこの二つの州を5月9日の対ドイツ戦勝記念日までに制圧しようという思惑とみられます。プーチン大統領は南部の要衝マリオポリを制圧したと一方的に発表、しかしすでに多くの人命が失われる人道的な悲劇が起きています。そして今ドネツク正面で防御を固める数万人のウクライナ軍に対して北と東と南から全面的な攻撃を始めようとしているのです。精この地域にはクラマトルスクなど10万人規模の中都市が多く、人道的な悲劇がさらに深まることが、非常に懸念されます。

今回の戦争を主導したのはプーチン大統領です。では「プーチンの戦争」に対してロシア国民はどのような立場を取っているのでしょうか。
信頼できる独立系の世論調査機関レバタセンターが面接方式で行った調査で、先月31日に発表されました。

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ウクライナにおけるロシア軍の軍事行動を支持しますか?という質問に対して、全体では、81%が支持すると答え、反対は14%となっています。
年代別に見てみますと、若い人でも支持するが70%を超えていて、年齢が高くなるほどに支持する割合が増えています。
なぜこれだけ国際的な非難を浴びているのに、ロシア国内では支持するという人が80%を超えているのでしょうか? 
ロシアは戦時統制下での世論調査という限界はあります。軍の行動について「偽の情報」を流したり、ロシア軍を侮辱したりすれば禁錮最長で15年という法律が施行されています。リベラルな新聞社が法によって処罰される可能性があるとして、活動を停止する中で、一般の市民が世論調査とはいえ自らの立場を明らかにすることは慎重になるでしょう。

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その上で80%の支持についてプロパガンダの影響を指摘しなければなりません。今回の戦争は紛れもなくロシアによる侵略戦争です。しかし国営テレビを中心としたプロパガンダでは「ウクライナをネオナチから解放する」「ロシアの安全保障のための戦いだ」といったロシア側の主張のみが流され、ウクライナでのロシア軍の残虐行為についてはウクライナよる偽情報だと伝えられています。戦争の真実が伝えられていないことが、世論に影響しているでしょう。
次に欧米の厳しい制裁がむしろロシア世論を反欧米に向けている側面があります。欧米の経済制裁でロシア国民も都市部の中間層を中心に生活レベルが低下しました。しかしこのことが今のところは反プーチンには向かわずに逆にプーチン大統領しか頼る柱はいないとして、大統領の支持率も上昇させる結果となっています。北風に対しては固まるというロシアの防衛本能が示されています。
戦時の愛国心の高揚もやはり起きています。これはウクライナに向かうロシア軍を見送るロシア市民の映像です。ウクライナを支援する欧米との戦争になったという意識が影響しています。

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今回の軍事侵攻についてどのような感情を抱くのかという質問に対して、51%の人が国への誇りと回答しています。こうした愛国心の高揚の中で、戦争に反対することは「売国奴」だとの雰囲気を社会に強め、ますます戦争に反対しにくい雰囲気にしています。
 ただ私は、戦時統制のもと戦争反対は法律によって処罰される可能性がある中で、世論調査で14%の人が反対を表明し、特に39歳以下ではおよそ20%の人が反対を表明している点が重要だと思います。今後の変化の核となりうる数字で、決して少ない数字とは思いません。
 世論調査では選択式で戦争に反対する理由を質問したところ、人が死ぬこと、一般市民が苦しむことなど人道的な理由を挙げた人が43%で、続いて他国に干渉すべきでないという人が19%となっています。このことは戦争の真実を伝えることの重要性を示しています。
 また世論調査からは支持すると答えた人も含めてロシア人の心が揺れていることが分かります。今回の軍事侵攻について、誇りを感じたという人が51%と先ほど述べましたが、次に多いのが不安や恐怖で31%、ショックが12%となっており、24歳以下の若い人では不安や恐怖が37%ともっとも多くなっています。
 私はここに今回の戦争がロシア国民の心を実は大きく揺さぶっていて、不安に襲われていることを示していると思います。
 今、欧米を中心に国際社会ではロシアへの反発が強まり、ロシア人やロシア文化への敵意さえ強まっています。ロシアの世論を変えるためにもそれは全く逆効果です。「今回の戦争はプーチンの戦争だ。一般のロシア人とロシア文化は敵ではない。戦争の真実に目を向けてくれ」と粘り強く伝え続けていく必要があると私は考えます。
 ロシアでは、国内にとどまりながら戦争に静かに異を唱える芸術家や歌手などアーティスト、そして知識人がいることも忘れてはなりません。
 ロシアの人気ロックグループDDTとそのリーダーユーリー・シェフチュークは、ロシア国内のツアーを続け、4月10日、ウクライナとの国境を接するボロネジで行われたコンサートで、冒頭から歌ったのは代表作「撃つな」など1980年代、ソビエトのアフガニスタン侵攻の泥沼の中で生まれた反戦の歌の数々でした。そして聴衆に語り掛けました。

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シェフチューク
「領土を拡大する、領主様は満足だ。でもそれは17世紀の考え方だ。今大切なのは、頭脳だ。一人一人が幸せに暮らせる素晴らしい祖国を作りたいという願いだ。ここまでだ。政治集会ではなくコンサートだ、私は多くのことを語る権利はない 分かってくれ」

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 日本とも関わりの深い画家のレオニード・チシコフが、戦争が始まった当日自らのフェースブックに掲げた絵です。
 
絵の題は「わが子を救うもの」、赤い戦火の中の赤子の姿でしょうか、「悲しみが幸せに勝とうとしている」と書いています。

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チシコフは今開催されている瀬戸内国際芸術祭に作品を出品しています。月を題材とした連作で人々を対立ではなく結びつけようとしています。

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展覧会に寄せたメッセージで小林一茶の俳句「花の陰 あかの他人は なかりけり」という俳句を紹介した上で、「やがて開花する桜が、私たちに平和をもたらしてくれることを、私は痛む胸で心から願っています」と書いています。
 ロシアとウクライナの現代のアーティストと交流のある早稲田大学の鴻野わか菜さんは、戦争の中でのロシアのアーティストについて「刑事罰の危険がありながら反戦的な作品を発表するアーティストが数多くいる。ロシアを含めていろいろな国のアーティストと手を携えることによって新たな対話の基盤が築かれるのではないか」と話しています。

私もロシアの中での声に耳を傾け、話しかけることが重要だと思っています。
 
 ただロシアでは戦争に異を唱える声は少数派なのも事実です。戦意を高揚する歌が歌われ、兵士がウクライナに送られていくのもロシアの現実です。ウクライナへの支援を続け、侵略を続けるロシアに対して対峙するとともに、一人一人のロシア国民にどのようなメッセージを届けていくのか、国際社会の大きな課題です。

(石川 一洋 解説委員)

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