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ウクライナ危機とフランス大統領選挙

鴨志田 郷  解説委員

5年に一度のフランス大統領選挙の決選投票が、4月24日に迫っています。現職のマクロン大統領と極右政党のルペン前党首という前回と同じ2人の対決ですが、マクロン大統領が圧勝した前回とは状況が大きく異なり、激しい争いが繰り広げられています。何より今回の選挙は、国内の事情に加え、緊迫するウクライナ情勢にヨーロッパの指導者がどう臨むのかが問われていて、結果によっては国際社会とロシアとの向き合い方にも、影響を及ぼすものと見られているのです。

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【宿命の2人の対決】
マクロン大統領とルペン氏は、実は前回の選挙の直後から、「5年後もきっと2人の対決になる」とささやかれてきた、宿命のライバルです。2人は一体どんな人物なのでしょうか。

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エマニュエル・マクロン大統領は、かつてエリート教育を受け政府機関や投資銀行に勤めたあと、中道左派の社会党政権で経済相を務めました。5年前、伝統的な右派と左派の政党とは違う中道の政治団体を立ち上げ、史上最年少の39歳で大統領に就任。国際政治や経済に明るく、EU・ヨーロッパ連合との関係を重視し、国内においては労働市場改革に取り組んで、失業率の改善などに取り組んできました。また、新型コロナウイルスの感染対策においては、厳しい外出制限などを課す傍ら、休業を余儀なくされた商店や飲食店に手厚い支援も行い、「感染対策と経済の両立」を目指してきました。一方で、気候変動対策をリードする立場から燃料税を引き上げたのをきっかけに、格差に苦しむ市民が全国で激しく抗議する「黄色いベスト運動」に直面します。また、感染対策においても、ワクチンの接種に応じない人々を侮蔑するような発言をして、多くの国民の怒りを買ったこともありました。

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対するマリーヌ・ルペン氏は弁護士の出身で、11年前フランス政界の重鎮だった父親から、極右政党「国民戦線」の党首の座を受け継ぎました。そして「フランスの主権をEUから奪い返す」として、一時はEUからの離脱も主張し、移民政策、とりわけイスラム系移民の受け入れは社会や治安を混乱させるとして、厳しい姿勢をとってきました。そんな極端な主張も、グローバル化の競争にさらされ移民に仕事を奪われると不安を感じてきた地方の低所得者などから熱烈に支持され、前回初めて臨んだ決選投票では全有権者の5分の1以上の1000万票を獲得しました。そのルペン氏がこの5年間、より幅広い支持を得ようと進めてきたのが、その名も「脱悪魔化」と呼ばれる方針転換です。党名を「国民連合」と穏やかなものに改めて党内急進派と決別、さらに反移民のような過激な言動は控え、「EU離脱」も国民の同意を得られるまで行わないと穏健路線に転じたのです。マクロン大統領に「有能だが庶民感覚に欠ける」という批判がつきまとう中、ルペン氏は右派だけでなく左派の一部の支持も取り込み、去年は一時、大統領をしのぐ支持率を記録したこともありました。

【ウクライナ危機の波乱】
そんな「逃げるマクロン、追うルペン」という構図で迎えた大統領選挙は、最終盤、ウクライナ危機という想定外の事態に揺さぶられることになり、第1回の投票までの2人の支持率は大きく揺れ動きました。

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フランスがことし1月からEUの議長国を務めていたこともあり、マクロン大統領は「欧州の指導者」として事態の外交的な解決に奔走します。当初はロシアのプーチン大統領やウクライナのゼレンスキー大統領と会談を重ね、アメリカとロシアの首脳会談をお膳立てしたなどと、外交努力をアピールしました。そしてロシアがひとたび軍事侵攻に踏み切ると、今度はEUの中でロシアに対する制裁の議論を主導し、ウクライナへの全面支援を打ち出します。各種の世論調査ではこの頃、大統領の支持率は大きく上向きました。専門家は、「有事の指導者」の元に国民が結束するいわゆる「旗の効果」や、「危機を前にした外交努力への評価」が、背景にあったと分析しています。ところが、危機が長期化する中で、次第に国民の緊張感が緩み、ロシアに対する経済制裁が国内経済にも跳ね返って燃料価格などが高騰するようになると、支持率は萎んでいったのです。
これに対してルペン氏は、すかさず政府の無策を批判し、燃料などにかかる付加価値税を引き下げると公約、逆に支持を急速に伸ばしてきたのです。「脱悪魔化」が功を奏し、「低所得者層に寄り添う姿勢」が、人々の不安の受け皿になったと見られています。一方で、ルペン氏が掲げる独自の外交方針は、警戒感を持って受け止められています。防衛や安全保障はあくまでもフランスを第一に考えるべきだとして、かつてのドゴール大統領のように、NATO=北大西洋条約機構の軍事部門から脱退する姿勢を示しています。さらに当初はロシアの軍事侵攻を批判していたものの、決選投票を前に「危機が過ぎればロシアと平和条約を結び共存を目指すべきだ」と述べ、ロシア寄りの姿勢を鮮明にしたのです。実はルペン氏はかねてからプーチン大統領を「偉大な愛国主義者」と称え、8年前のロシアによるクリミア半島の一方的な併合についても「ロシアの正当な権利だ」と認めていたことで知られています。プーチン大統領の強行姿勢やロシア軍の残虐行為への国際的な批判が日増しに高まる中、そんなロシアとの「蜜月関係」はルペン氏を失速させる要因になるとも、指摘されています。

【決選投票前夜の情勢】

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決選投票を前にした世論調査では、誰に投票するかを決めている人のうち、55パーセントがマクロン大統領に、45%がルペン氏に投票するとしていて、マクロン大統領が一歩リードを保っています。ただ、1回目の投票で敗北した急進左派や中道右派の候補に投票した有権者の中には、「庶民の痛みのわからないマクロン大統領も、脱悪魔化は名ばかりのルペン氏も、支持したくない」として、棄権したり白票を投じたりする人もかなりの割合に上ると見られています。また、一部の調査では、投票に行くという有権者の中でも、どちらに投票するか決めていない人が全体の15%にのぼるという結果もあります。このあと行われる2人のテレビ討論で、どちらが有権者の信頼を勝ち取ることができるかが、選挙の最終的な流れを決めることになりそうです。

【国際社会への影響は】
最後に、この選挙が国際社会にどのような影響を及ぼすのかを、考えたいと思います。

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マクロン大統領が再選を果たせば、EUの結束は維持され、大統領はより果敢にウクライナ情勢の仲介にも乗り出すかも知れません。ただ、前回以上にルペン氏が善戦すれば、国内で大統領の求心力は次第に低下し、その後の外交に影響を及ぼす可能性も否定できません。

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一方で、もしルペン氏が当選すれば、「フランスの共和国史上初の極右政権の誕生」が引き起こす衝撃は計り知れません。安易な比較は出来ませんが、国際社会には、アメリカにトランプ政権が発足したときを思い起こさせるような、激震が走るでしょう。フランスとドイツが牽引してきたEUの足並みが乱れることも避けられません。EUの中でも強権的なハンガリーのオルバン政権などを勢いづかせ、欧州各地に「右派勢力」の台頭を誘発する可能性もあります。そして何より、ロシアを前に国際社会の結束が試されている中で、欧州の大国がロシア寄りの単独行動をとるようになれば、結果としてプーチン大統領を利することになるかも知れません。
ウクライナ情勢を色濃く反映したフランスの大統領選挙は、その結果次第では、逆にウクライナ情勢そのものの行方に影響を及ぼす可能性もあり、この先の世界の流れを占う「試金石」として、注目しなければならないのです。

(鴨志田 郷 解説委員)


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