今回は人生設計を大きく左右する年金についてです。
年金制度が今月から大きく変わりました。
今や年金は、決まった額を
決まった時期からもらえばいい、というものではありません。
いつまで働き、いつからもらうのか、という本人の選択しだいで、
毎月の年金額が大きく変わってきます。
年金制度をよく知り、うまく使いこなせるかどうかで
老後の暮らしが変わってくるわけです。
そこできょうは、
「いつからもらう? 人生100年時代の年金改正」と題しまして、
① さらば、年金手帳
②“繰り下げ”の拡大の意味
③年金差別の解消を急げ
この三点を考えてみます。
【 さらば年金手帳 】
まず、最初に、長らく年金制度の象徴的な存在だった、年金手帳。
この年金手帳が今月から廃止されました。
年金手帳は、新たに20歳になる人や、
20歳未満でも就職し、厚生年金の加入者となる人に交付されてきましたが、
もう新たに発行されることはありません。
なぜ廃止なのかといいますと、手帳の本来の役割は、
年金の納付記録と基礎年金番号の通知です。
しかし、納付記録はすでにシステム上で管理されていて
手帳に記載されることはありません。
そこで今月からは、年金手帳にかわって、
基礎年金番号通知書というものを新たに二十歳になった人に送っています。
これが、その通知書です。
A4の大きさのお知らせと一体になっていまして、
下の黄色い部分を切り離すと、クレジットカードほどの大きさになります。
年金については、今やほとんどの手続きがマイナンバーでできますが、
一部の手続きでは、まだ基礎年金番号が必要です。
政府としては新しい通知書と同時に、
発行済みの年金手帳についても、基礎年金番号の控えとして
大事に保管しておいてほしいと呼び掛けています。
【 近づく人生100年 】
そして次は、年金制度の改正です。
今回の改正の狙いを一言でいえば
「人生100年時代の長い老後に備える」、ということになります。
なぜなら、人生100年が決してオーバーな表現ではなく、
しだいに現実味を帯びているからです。
どういうことかといいますと、
まず現在の平均寿命は、男性が81.64歳、女性が87.74歳。
これだと100歳とは、まだ開きがあるように見えます。
しかし、平均寿命というのは、
今、ゼロ歳児の赤ちゃんが何歳まで生きるかを示すものです。
年金を考える際に重要なのは、
すでに高齢者となっている人が
これからどれだけ生きるか、という「平均余命」です。
死亡率が高い幼年期のリスクを乗り越えていますので、
平均寿命よりも長くなります。
この平均余命でみると、たとえば、今、65歳の場合で
男性は85.05歳、女性は89.91歳となります。
ただ、これもあくまで平均で、もっと長生きする人が増えます。
厚生労働省の推計によると、65歳の人が、90歳まで生きる確率は
2040年の時点で男性では42%、女性では68%。
つまり、年金をもらい始める人のうち、
男性の4割、女性の7割が、90歳まで生きる。
さらに男性は6%、女性は20%が100歳まで生きる、ということになります。
まさに人生100年が、現実になりつつあるわけです。
この長い老後を支えるために、
政府は、去年、70歳就業法をスタートさせて
希望する人は70歳まで働けるようにすることを
企業の努力義務として定めました。
今回の年金改正は、それとセットで、長く働くことを支援しようというわけです。
その大きな柱が
① “繰り下げ”を最大75歳まで拡大
そして
② 厚生年金に入れる人を増やす、
この二つです。
【 繰り下げの拡大とは? 】
まず、繰り下げの拡大ですが、
年金の受給開始、つまり、もらいはじめは65歳が標準ですが、
実際にいつからもらい始めるかは、一定の期間内で本人が選択できます。
65歳より前からもらうことを“繰り上げ”、
後でもらうことを“繰り下げ”といいます。
従来は、60歳から70歳までの間の選択でしたが、
今月からは繰り下げの期間が伸びて、
最大75歳まで繰り下げできるようになりました。
違ってくるのは、年金の額です。
繰り上げの場合は、年金が減額されます。
一ヶ月早めるごとに0.4%減額され、
最も早く、60歳からもらう場合には、
65歳の標準と比べて76%に減ります。
逆に、繰り下げの場合は、
一ヶ月遅らせるごとに0.7%増額されます。
70歳まで遅らせると142%
さらに最大、75歳まで遅らせると184%になります。
注意が必要なのは
・繰り上げでも、繰り下げでも、いったん選んだら、
もうその選択は変更できません。
・その額が一生、続くことになります。
では、いつからもらえばいいのか?
気になるのは、標準でもらう場合と、ずらしてもらう場合とで
何年たてば、年金の総額が釣り合うのか、ということです。
厚生労働省は、この点についての積極的な説明は控えています。
しかし、多くの専門家が、様々な前提で試算し、
公表している結果を見ると、大体、こういう傾向に落ち着くようです。
たとえば、70歳からもらいはじめた場合は
82歳で、65歳の標準に追いつき、追い越すことになります。
また、75歳からもらい始めた場合は、
87歳で、65歳の標準に追いつき、追い越す。
つまり、繰り下げの場合は、何歳からもらおうと、
ほぼ12年たつと、65歳の標準に追いつき、追い抜くことになります。
ちなみに、ではこの75歳と、70歳の場合を比較してみますと、
92歳の時点で、
75歳が、70歳の場合を追い抜く、ということになりそうです。
一方、繰り上げの場合でみますと
60歳からもらいはじめる場合の総額は
81歳で、65歳の標準に抜かれます。
このように、いつからもらえば、どれだけになるのか、ということは
結局はその人の寿命しだい、ということになります。
もう一つ、気になるのは、時期をずらす場合、
その判断を、いつすればいいのか?という点です。
実は、年金の繰り下げについては、
いつまで遅らせるか、ということを最初から決めておく必要はありません。
65歳になる3か月ほど前に日本年金機構から書類が届きます。
ここで手続きをしなければ、自動的に繰り下げとなります。
その後、68歳でも、73歳でも、
仕事をやめたくなったら、その時点で、手続きをすれば、
そこから、増額分の年金をもらいはじめる、ということが可能です。
【 年金差別の解消を急げ! 】
そして最後は
▼厚生年金に入れる人を増やす。
これは、年金差別とでもいうべき、深刻な問題を解消するための取り組みです。
日本の年金制度では
雇われて働いている人は厚生年金に入ることになっているのに、
入れてもらえない人達がいます。
それがパート労働者の人たちです。
具体的には、週20時間以上働いているパート労働者の場合、
今は、従業員501人以上の会社でないと、
その人を厚生年金に加入させる義務がありません。
これが、今年10月からは、
従業員101人以上に制限を引き下げて、企業の対象を広げます。
そして、2024年10月からは、
従業員51人以上にさらに制限を下げて、企業の対象を拡大します。
これによって厚生年金に入れる人は、
最終的に今より86万人増えることになります。
人生100年を支える頼みの綱は、
年金や医療などのセーフティネットです。
なのに、働いている会社が大きいか、小さいかで、
なぜ、差別されないといけないのでしょうか?
岸田総理大臣は、
すべての勤労者を、会社員と同じような社会保険に加入させる、
「勤労者皆保険」を実現させたいと意欲を語っています。
個人事業主やフリーランスの人たちを含めて
人生100年を支える社会保険を、どうすれば広げていけるのか?
今回の年金改正を、そのスタートラインにしてほしいと思います。
(竹田 忠 解説委員)
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