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ロシアとウクライナ 市民の殺害で対立激化

安間 英夫  解説委員

ロシアが軍事侵攻しているウクライナでは、ロシア軍の撤退した町で多くの市民が殺害されているのが見つかり、残虐な行為だとして世界に衝撃が広がっています。
ウクライナ政府は戦争犯罪だとしてロシアを厳しく非難し、対立が激しくなっています。
両国の間では停戦に向けた交渉でようやく前向きな動きが見え始めていましたが、交渉の行方が危ぶまれる事態となっています。この問題について考えていきます。

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●許されない市民の殺害
大勢の市民の遺体が見つかったのは、首都キーウ近郊にある人口3万7000の町ブチャです。
キーウ中心部から北西に25キロ。首都で働く人たちが自宅や別荘を構える静かなベッドタウンでした。
この町は、ロシア軍の軍事侵攻が2月24日に始まったあと、3月上旬ごろからロシア軍の支配下に置かれ、3月末にロシア軍が撤退したあと、路上などで多くの市民の遺体が見つかりました。
ウクライナの検察当局によりますと、ブチャなどキーウ近郊で遺体で見つかった市民の数は410人。被害はさらに広がるおそれがあります。
後ろ手に縛られたまま殺害されたと見られる遺体、撃たれて自転車ごと倒れたままになっている遺体も見つかりました。
戦時であっても武器を持たない市民を殺害することは、国際法で許されない犯罪行為です。
ウクライナのゼレンスキー大統領は現地を訪れたうえで、国連安全保障理事会で演説し、「第2次世界大戦後、最も恐ろしい戦争犯罪だ」と述べ、ロシアの戦争責任を追及する構えを示し、国際社会の支持を訴えました。

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●強まる国際的な非難
欧米をはじめ国際社会は一斉に非難を強め、ロシアに対する制裁をさらに強化する動きに出ています。
アメリカのバイデン大統領は、プーチン大統領を改めて「戦争犯罪人だ」と強く非難し、制裁を強化する方針を発表。
アメリカ政府は「計画的な作戦によって殺害と拷問、性的暴行が実行された」として、「ロシア軍による組織的な残虐行為だ」としています。
フランスのマクロン大統領も「戦争犯罪が行われた明白な形跡がある」と非難。
フランスやドイツなどヨーロッパの7か国は、あらたにロシアの外交官など140人以上を追放することを決めました。
日本政府も「非人道的で国際法違反であり戦争犯罪だ」として、対応を検討していくことにしています。

こうした批判に、ロシアのプーチン大統領は「ウクライナ側による挑発行為だ」と主張。
大統領報道官は「ロシア軍を誹謗中傷するためのねつ造だ。うまく演出された悲劇的なショーだ」として、対決姿勢を鮮明にしています。

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●ロシア側の主張 信ぴょう性は・・・
ではこうしたロシア側の主張は、信ぴょう性があるのでしょうか。
ロシア国防省は、写真や動画はねつ造であり、ロシア軍が町から撤退した3月30日まで、暴力の被害にあった人は1人もいないと主張しています。
しかし、アメリカの有力紙ニューヨークタイムズは、衛星写真や動画を分析した結果として、ブチャの大通りでは、3月11日の時点で少なくとも11人の遺体が映っていること、その後3週間にわたってそのままとなってきたことが分かるとして、ロシア側の主張には矛盾があるとしています。
さらにウクライナ軍が1か月前に公開した映像では、自転車に乗っていた男性が、ロシア軍の戦車から銃撃された様子が映っていました。
ブチャの現場では多くの内外の報道陣が取材しているほか、生き残った現地住民の具体的な証言もあります。
ロシア側の説明は無理があり、やはり信用できないプロパガンダと言えるのではないでしょうか。

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●停戦交渉への影響は・・・
ではここからは、今回の事態が停戦交渉に与える影響について考えていきます。
ロシアとウクライナの間では、トルコの仲介によって、軍事侵攻開始から1か月以上たった3月29日になってようやく、双方が初めて一定の譲歩を示す動きを見せていました。
ゼレンスキー大統領は、今回の事態で交渉がいっそう難しくなったという認識を示したほか、ロシア側も交渉が難航しているという認識を示し、交渉の行方が危ぶまれています。
ロシア側は交渉のなかで、軍の一部が首都キーウ近郊から撤退することを「善意の意思表示」と主張してきました。
しかしその結果は、けっして「善意」ではなく、悲惨な状況を露呈させるものとなりました。
そもそも侵略した側が「善意の意思表示」と言うこと自体が、おかしいことも指摘しておかなければならないでしょう。
ではなぜこうしたことが起きたのか。ロシア軍の規律や統率が保たれていないのではないか、また住民に恐怖を与えるためなりふり構わず攻撃したのではないかという見方が出ています。
さらに問題は、こうした非人道的な被害はブチャだけにとどまらないとみられることです。
ロシア軍が撤退したほかの町でも、同じような被害が報告されています。
ロシア軍が掌握したとみられる各地でこうした市民の殺害が行われているのではないかと疑わざるを得ません。

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●停戦交渉 市民の殺害が新たな争点
難航してきた停戦交渉が,
それでも前向きな動きを見せていたのは、双方が地道に妥協点を模索してきた結果と言えます。
ロシアがウクライナに求めてきたウクライナの「中立化」については、ウクライナ側がNATO==北大西洋条約機構への加盟にこだわらず、それに代わる枠組みを提案し、ロシア側も検討する構えを見せていました。
また最大の対立点、南部クリミア、そして東部の領土・主権の問題についても、ウクライナ側はクリミアについては15年間協議を継続、東部については首脳どうしで話し合うことを提示し、当面、あまり深入りしない方向でした。
しかし今後は、人道問題が新たな争点とならざるを得ず、交渉をいっそう複雑にすることになりかねません。

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●どう対処すべきか
ではこうした状況にロシアとウクライナ、国際社会はどう対処していけばいいのでしょうか。
私は、2つのことが重要だと考えます。
①まずは、戦闘の停止に向けた交渉を継続することです。
どんなに対立や戦闘が激しくなっても、結局、それを解決できるのは武力ではなく、交渉という外交の場しかありません。
ゼレンスキー大統領もロシアに対する非難は強めながらも、交渉を続ける意向は崩していません。むしろ、これ以上の流血の事態、非人道的な行為を止めるためにも、無条件で戦闘を停止することがいっそう重要になっていると考えます。
日本を含むG7やNATO、トルコなど仲介にあたる国は、ロシアに対する非難、制裁とともに、双方に交渉を促す努力を続けるべきではないでしょうか。
②次の段階として重要なのが、国際司法の場で徹底した捜査を行い、責任を追及することです。
これについては、ICC=国際刑事裁判所がオランダのハーグにあります。
世界各地の戦争などで戦争犯罪や非人道的な行為を捜査して裁くために設けられました。
ICCはすでに3月、ウクライナ国内で行われた戦争犯罪について捜査を始めると発表しています。
ただ、ロシアはこの裁判所の規程の締約国ではないため、ロシアの協力は期待できず、立証は難しいという見方もあります。
それでも国際社会は、この裁判所の捜査を協力して支援していく必要があります。

●終わりに
大勢の市民の殺害が明らかになった今回の事態。
現地からの映像を見ますと、人々の命が軽んじられていることのおそろしさを改めて感じざるを得ません。
戦争犯罪をうやむやにしないためにも、国際機関による透明で徹底した捜査と責任の追及を求めたいと思います。


(安間 英夫 解説委員)


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