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IPCC最新報告書 気候変動対策の道筋は?

土屋 敏之  解説委員

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ロシアのウクライナ侵攻は天然ガスの供給を不安定化し、原子力発電所が攻撃されるリスクをも突きつけました。
こうした中で日本時間の昨日(4月5日)国連の機関IPCC・気候変動に関する政府間パネルが、このままでは今世紀末の気温は3.2℃上昇するとして、2025年までに世界の温室効果ガスの排出量を減少に転じさせる必要があると指摘しました。
安定的なエネルギーの確保と共にどう気候変動対策を進めればいいのか、報告書を読み解きながら考えます。
IPCCが数年ごとにまとめる報告書は、世界中の科学論文などをもとに各国の代表が議論し1行1行承認するプロセスをとることから信頼性が高く、これまでも国際交渉や政策の根拠になってきました。

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8年ぶりとなる今回の第6次報告書は三部構成で、去年8月に発表された第1部、今年2月の第2部では、人間活動による温暖化が既に災害や健康被害などの悪影響や損害を引き起こしていると指摘してきました。そしてこれを緩和する対策を扱うのが、今回の第3部です。
報告書ではまず、現在の各国の政策のままでは産業革命前からの気温の上昇を1.5℃までに抑えるという目標の達成には遠く、今世紀末の平均気温は3.2℃上昇すると指摘しています。

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中でも既存の火力発電所や計画中の施設などが今後耐用年数までに排出するCO2の量だけで、1.5℃目標どころか2℃に抑えることも難しくなると見積もられました。つまり、目標達成には、火力発電所の新設を行わないことに加えて既存の施設もいつ止めるかを問われる段階だと言うことになります。
現在はロシアのウクライナ侵攻でエネルギーの安定供給が大きく揺らいだ状況ですが、去年、IEA・国際エネルギー機関は、2050年脱炭素社会を実現するには先進国は2030年まで、途上国も2040年までに石炭火力を廃止するというシナリオを発表しています。
そしてIPCCの報告書では、1.5℃目標の達成には3年後の2025年までに世界全体の温室効果ガス排出量を減少に転じ、2030年には2019年と比べ43%削減する必要があるとしています。
コロナ禍で世界経済は一時停滞したものの、その排出量は既に元の水準に戻っています。気温の上昇はこれまでに排出された累積の量に左右されるため、世界の排出量がゼロに 向かうのが遅れれば遅れただけ目標達成はより困難になっていくのです。そのため報告書では、ただちに排出削減を進める必要があるとしています。

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では、どうすればこうした大幅削減が可能になるのでしょう?
報告書では、化石燃料から再生可能エネルギーなどへの転換を加速すると共に、畜産や農業からも出るメタンをはじめCO2以外の温室効果ガスも削減し、省エネなどエネルギー消費を効率化、さらに今後は大気中のCO2を除去する技術を導入することも必要になるとしています。

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大気中のCO2の除去、とはどういうことでしょう?ひとつには、植林を行ってCO2を吸収させ、成長した植物をバイオ燃料として利用した上で新たに出るCO2は地下などに封じこめてしまう、という方法があります。また、人工的に大気からCO2を直接回収するDACと呼ばれる技術の開発も各国で進んでいます。
ただし、こうした方法には技術に加え回収したCO2を封じ込めるため広大で安定した地下空間が必要ですし、当然コストの問題もあります。

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また、太陽光や風力と言った再エネには発電量の変動という問題があります。
報告書では、電気自動車の普及や水素やバイオ燃料などの導入拡大も挙げています。EVのバッテリーは変動する再エネの蓄電池としても働きますし、再エネから作る水素やアンモニアは化石燃料に替わる「貯蔵できる燃料」になります。そして、現在は化石燃料のボイラーやエンジンを使っている産業や運輸などの分野で、こうして脱炭素化した電気や燃料にエネルギーを転換することが求められます。
現在の社会や経済のシステム全体を脱炭素と両立できるものへと変革していく必要があるとされるのです。
そして、ここでやはり大きいのは費用の問題です。報告書では脱炭素化に向けた資金・投資がまだ大幅に不足しているとして、投資を拡大する必要に加え、国による政策や法律の整備、炭素税や排出量取引と言ったカーボンプライシングの重要性も挙げています。既にヨーロッパや中国などでもカーボンプライシングの導入が進む中、日本では今年に入って企業が自主的に排出量取引を行う「GXリーグ」という構想を打ち出しましたが、これはあくまでやりたい企業だけが参加するもので、実効性には疑問もあります。

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対策の難しさを浮き彫りにしたIPCCの報告書ですが、わずかに明るい材料もあります。まず、2010年から2019年にかけての世界の温室効果ガス排出量は、依然増加し続けてはいるものの、その増加率は以前より低下しています。
背景には、太陽光パネルや電気自動車のバッテリーなど対策のコストが世界的に大幅に低下し、それに伴って急速に普及拡大していることや、各国の対策が効果をあげ始めたことがあるとも見られています。
そして、気候変動対策にかかるコストよりも、世界全体では対策がもたらす経済効果の方が上回るとも見積もられています。だからこそ、公平なコスト負担と経済的メリットを分配するルール作りが求められます。
EUは先月、気候変動対策が不十分な国からの輸入品に事実上の関税をかける「炭素国境調整措置」を今後導入する方針で合意しました。日本がこうした動きにどう対応し公平な国際競争を維持できるのか、注目されます。

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では、報告書が示したような対策を進めた先には、どのような社会があるのでしょう?
それぞれの国や地域によっても異なる複数のシナリオが考えられますが、例えばガソリン車のマイカーから電車や水素を燃料とするバスなど公共交通が中心になったコンパクトシティー。例えばリモートやテレワークの拡大で輸送などのエネルギーが大幅に減った働き方。化石燃料の輸入から再エネの地産地消へと転換できれば、国際情勢の変化や災害時にもエネルギーを確保できる可能性は広がるでしょう。
IPCCは、気候変動対策をうまく進めれば、SDGsで掲げているような持続可能な社会の実現に寄与し他の社会的課題の解決にも相乗効果があると指摘。ただしそのためには、政策だけでなく市民社会や地域コミュニティー、若者や企業など様々な人が積極的に参加することが必要だともしています。

ロシアのウクライナ侵攻は世界のエネルギー安全保障を脅かし、気候変動対策にも大きく影を落としています。一方で、脱炭素化をもはや先送りできない状況も今回、明らかになりました。こうした今だからこそ、今後のエネルギーや社会のあり方を真剣に考える必要があると思います。

(土屋 敏之 解説委員)


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