ロシアによるウクライナへの侵攻を背景に、日本経済の先行きに、不透明感が増しています。
最新の日銀短観によると、大企業の景況感は7期ぶりに悪化。
資源や食料価格の高騰に、世界経済の減速、と企業を取り巻く環境が、激しい変化をみせているからです。
物価はどこまで上がるのか?
日本は新たな試練をどう乗り越えていけばよいのか?
今後の見通しや課題について考えます。
【コロナ禍からの回復 腰折れか】
まずは全国の企業9300社あまりに「景気をどうみているか?」をきいた「日銀短観」の結果についてです。
「大企業の製造業」の景況判断は3か月前の調査から3ポイント悪化。
また「大企業の非製造業」の景況感も、1ポイント悪化しました。
いずれも、新型コロナウイルスの感染拡大で初めての緊急事態宣言が出された2020年6月の調査以来、7期ぶりの悪化となりました。
また「大手製造業」では
▼3か月先の見通しも、5ポイントのさらなる悪化を予想。
▼2022年度の事業計画については、経常利益が前年度比で3パーセント近いマイナスになると見込んでいます。
今回の調査期間は、2月下旬から3月いっぱいまで。
大半の企業が、ロシアの軍事攻撃開始から2週間前後にあたる時期に回答を寄せたとみられています。
侵攻の影響が調査に十分に織り込まれていたわけではありませんが、企業が景気と収益の悪化の「兆し」を、感じ取っていたことがわかります。
【三重苦に悩む日本】
さて、本来であれば、コロナ禍からの回復も期待されるはずなのに、企業の景況感が冷え込んでいるのは日本が三つの課題に直面しているからです。
まずはウクライナ情勢を背景とした資源・食糧価格の高騰です。
▼原油価格は依然として1バレル100ドル前後で高止まりし
▼小麦やトウモロコシの値段も平時の1.5倍から2倍程度まで上がっています。
▼さらに自動車や電子部品に使われるアルミニウムやパラジウムなどの資源も軒並み、価格が上がっています。
資源大国のロシア、穀物の生産大国ウクライナからの出荷が滞る心配があり、企業の収益を圧迫しそうです。
また私たちの暮らしにも大きな影響が出ています。
電気・ガス代や食料品といった、必需品の値上げが相次ぎ、特に、所得の低い家庭へのしわ寄せが厳しくなっています。
専門家の試算では、年間収入300万円未満の世帯は一年で四万円以上、消費税を2%から3%上げるのに等しい負担が、のしかかる恐れがあるということです。
こうした中で注目されるのは、今回の日銀短観の中で、企業が「1年後の販売価格の見通し」をプラス2.1パーセントと予想していることです。
前回の調査では1.2パーセントとしていたのにくらべ、過去最高の数字となり、企業が原材料価格の高騰を背景に「販売価格を上げよう」と考えている様子がみてとれます。
仕入れ価格が上がりすぎて、企業努力だけではどうにもならない。
価格を転嫁せざるをえない、ということですが、消費への影響も心配されます。
次に世界経済の減速による輸出への影響です。
ロシアのウクライナ侵攻で、ヨーロッパ経済は大幅な悪化が見込まれるほか、中国ではコロナの感染再拡大で個人消費も鈍っています。
またアメリカでは、物価の上昇に対応するための利上げを加速させる見通しで、金融の引き締めで、景気も減速するとみられています。
OECD・経済協力開発機構によれば、ことしの世界経済の成長は、1パーセント以上、押し下げられる見込みで、輸出による収益拡大はなかなか見込めない状況です。
そして3つ目は円安と、日本の「稼ぐ力」の低下です。
先週、円はドルに対し一時125円台をつけ、2015年8月以来の円安水準となりました。
これはアメリカが物価を抑えるため金利を上げるのに対し、日本は超低金利政策を続けていることを反映したもので、投資家がより利回りのよいドルを買い、円を売る動きが強まっています。
その結果、3週間で十円も円安がすすみました。
これまでは、円安を活かせば輸出を増やせるというメリットもありましたが、今は輸出で大きく稼げないのに、日本の購買力だけは、低下する、という問題が生じています。
このため経済界からは懸念の声が相次いでいます。
また日本はこのところ、貿易だけでなく、投資やサービスなどからも得られる海外からの収益を示す経常収支も赤字となっています。
専門家からは、日本の「稼ぐ力」の低下、国際競争力や成長力の弱さも、円安の要因になっている、という指摘があります。
日本経済の活力をどう取り戻すかが大きな課題となります。
では日本は、こうした試練をどう乗り越えていけばよいのでしょうか。
それを考える上で、2つの重要なカギがあると思います。
【物価上昇は長期化も】
一つは、今回の事態はロシアの軍事攻撃による「供給不足ショック」が大きな要因である、ということ。
つまり物価が上がるのは一時的ではなく、より長期にわたる可能性があるということです。
通常であれば、景気が減速すれば、モノを買おうという需要も減って、物価も下がります。
物価が下がれば、モノを買おうという人も増え、景気はやがて回復していきます。
しかし今回は戦争が景気減速の大きな要因となっていて、食料品やエネルギーといった必需品が供給不足になるため、物価は上がり続ける。つまり、少なくともロシアが軍事攻撃をやめない限り、物価を抑えるのは難しい、とみられています。
事態が長期化する可能性もある中、たとえば一時的なガソリン価格の抑制策や1回限りの給付金では、結果として、対応が不十分になるおそれがあります。
政府は今月中にも、予備費を使った物価高対策をとりまとめる予定ですが、その先も考えると、物価そのものを抑えるというより、物価があがり続けることも前提に、より長期的な視点にたった対応策も考える。
たとえば省エネ技術や商品の普及。低所得者への継続的な支援。
そして、中間層を支える税制の期限つきの導入、といった選択肢も、状況に応じ、検討すべきではないでしょうか。
【物価上がるのに金融緩和?の難しさ】
もう一つのカギは政府と日銀の連携強化です。
日銀は今のところ、デフレ脱却のために、金利を低く抑えて物価を上げる努力をする、これまでの政策を続ける方針です。
その一環で、先週は「指値オペ」と呼ばれる、金利を抑えるための異例の措置にも乗り出しました。
ただ、その結果、「日銀は日米の金利差が開いたままでも構わない」つまり円安を容認しているとも受け取られ、ドルより利回りの低い円が、一段と売られる結果となりました。
これに対し、経済界からは日銀の対応を心配する声があがっています。
円安がすすめば、その分、輸入価格が上がる。
つまりインフレになる、という懸念が強まっており、こうした声も受けて、政府は、物価高対策を急いでいます。
一方で物価をあげるような対策をとりながら、もう一方で物価を抑えるような対策をとる。
政府と日銀は何を目指しているのか、わかりにくい、という指摘も出ています。
デフレからインフレ局面へと経済の潮目が変わる中、政府・日銀はこれまで以上に連携し、理解を得やすいメッセージを出す。
そして状況にあわせて柔軟に、政策目標や対応策の点検を行なう必要があるのではないでしょうか。
先行きの視界不良は当面、続きそうです。
日本経済の腰折れを防ぐことはできるのか。
難局を乗り切る対応力が問われています。
(櫻井 玲子 解説委員)
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