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ウクライナの危機、国連の試練

鴨志田 郷  解説委員

「国連も安保理もまったく機能しなかった」。ウクライナのゼレンスキー大統領は、日本の国会を前にした演説で、こう訴えました。2度の世界大戦の反省の上につくられたはずの国連は、「国際秩序の番人」であるはずの安全保障理事会の常任理事国による暴挙を、止めることはできませんでした。▼ロシアによる軍事侵攻が始まってから繰り広げられてきた熾烈な国連外交、▼かねてから国連を機能不全に陥れてきた大国主導の構造、▼さらにこの危機を経て国連が問われていく課題について、考えてみます。

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【国連を舞台にした攻防】
ロシア軍が侵攻を始めた2月24日、ニューヨークの国連本部では、ウクライナ情勢をめぐる緊急の安全保障理事会が開かれていました。グテーレス事務総長や欧米各国が強く自制を求める中、議長国を務めていたロシアのネベンジャ国連大使は中央の議長席から、国際社会に向けて「軍事作戦の開始」を宣言しました。2日後には、アメリカなどが異例の速さでロシア軍の即時撤退を求める決議案を出しますが、ロシアは拒否権を行使し採択を阻止してしまいます。

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国連本部には、15の理事国で構成され、強制力をもつ決議を採択できる、安全保障李理事会と、193のすべての国連加盟国が参加する総会があります。今回、安保理で撤退決議がロシアの拒否権によって否決されると、アメリカなどはすかさず総会の緊急特別会合の開催を要請しました。国際社会が深刻な危機に直面しながら安保理が機能しない場合、緊急に開かれる総会は「平和のための結集」と呼ばれ、開催されるのは11回目です。総会では、撤退決議は141か国の賛成で採択され、強制力はないものの、ロシアに強く抗議する国際世論が示されました。さらに、戦闘が激化し市民が巻き込まれ人道危機が深まると、今度はフランスなどが人道状況の改善を求める決議案をまとめ、ロシアの拒否権を避けようと再び総会に提出、賛成多数で採択されました。これに対抗してロシアは自国の責任に一切言及しない独自の人道決議案を安保理に提出しますが、中国を除く各国がそろって採決を棄権し廃案に追い込みました。

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安保理と総会を舞台にした激しい攻防が続く中、グテーレス事務総長は、停戦に向けた仲介に乗り出すと表明しますが、ロシアは直ちに事務総長を批判する声明を出しました。
さらにもうひとつの国連の主要機関であるオランダの国際司法裁判所も、軍事作戦の停止を命じる暫定命令を出しましたが、ロシアはこれも拒絶します。この1か月あまりの間、国連の様々な場面で事態を収拾する取り組みが行われてきましたが、ロシアの暴走を止めることはできなかったのです。

【国連の「大国主導」の構造】
ロシアの暴挙を許した背景には、国連の「大国主導」という構造的な問題があります。

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そもそも「United Nations」という国連の名称は、第2次世界大戦に勝利した「連合国」を意味し、国連憲章もそれらの国の手で作られました。アメリカ・イギリス・フランス・ロシア・中国は、国際社会の平和と安全に特別な責任を負う安保理の常任理事国とされ、1国でも反対すれば決議が採択されない強力な「拒否権」が認められました。そしてこの5カ国だけが、国際法上、「核兵器保有国」として認められてきたのも事実です。こうした「大国主導の構造」とその後の「大国間の対立」が、長年、国際社会を翻弄することになりました。

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冷戦終結後の一時期、5カ国は安保理で共同歩調をとることが増えましたが、次第に足並みが乱れていきます。その大きな転機となった3つの紛争がありました。▼1999年のコソボ紛争の際のNATO軍による空爆、▼2003年のアメリカとイギリスが主導したイラク戦争、▼そして2011年のイギリスとフランスなどによるリビアへの軍事介入でした。いずれも欧米各国が、人道上の目的や「テロとの戦い」を理由に介入に踏み切り、結果としてその国の政権が崩壊し、指導者たちは地位を追われました。これにロシアと中国は強く反発し、「体制の維持」や「内政不干渉」を掲げて、
国際社会による介入や制裁を許さない姿勢を強めていったのです。

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その後、5か国は、自国や同盟国が関わる紛争をめぐって、盛んに安保理で拒否権を行使していきます。冷戦終結後の過去20年間で最も多く拒否権を行使したのはロシアで、大半がシリアの内戦や人道危機をめぐり欧米に対抗してシリアの政権を擁護するものでした。中国もシリアをめぐってしばしばロシアに同調し、アジアやアフリカの紛争などへの介入にも神経を尖らせ、拒否権を行使してきました。一方で、アメリカも、パレスチナ情勢が緊迫しアラブ諸国がイスラエルを非難する決議案を出すたびに、拒否権を使ってあからさまにイスラルを擁護してきたのです。世界でどれほど深刻で悲惨な事態が起きても、ひとたび安保理で拒否権が行使されると、もはや国連が一致した行動をとることは難しくなり、人道支援や平和維持活動なども行き詰まります。私も長く国連の取材をしてきましたが、拒否権が使われた日は、決まって国連本部全体が重苦しい空気に包まれた記憶があります。

【国連に問われていく課題】
最後に、ウクライナの危機を受け、この先国連が問われていく課題を、考えたいと思います。

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「国際秩序の番人」であるはずの安保理の常任理事国が、その強大な権限や軍事力を使ってみずから秩序を破壊したことは、国連に計り知れない打撃を与えました。これによって、ただでさえ揺らぎがちな国連の権威や信用が失墜してしまうのではないかとも言われます。さらに、市民への無差別攻撃など国際人道法に反する戦争犯罪のような行為が繰り返され、国際法秩序が崩れてしまうのではないかという懸念も聞かれます。一方で、ロシアが拒否権をもつ安保理常任理事国である以上、現状の国連ではロシアを処罰することも、ましてや排除することも、難しいのが実情です。また、総会決議の採択にあたって50以上の国が欧米に同調せず、ロシアへの配慮を示したことも無視できません。

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国連関係者は、ロシアが国際社会で孤立する事態になったとしても、アメリカとロシアの首脳が顔も合わせない冷戦期のような時代に逆戻りしたとしても、国連はロシアの存在を否定することなく、対立する国々の接点の場であり続けることに存在意義を見いだすべきだと、話していました。そのうえで、ひとたびこうした事態が起きると取り返しがつかないという教訓を踏まえ、紛争を防ぐ予防外交の場としての機能を、改めて見直さなければなりません。そして何より、安易に拒否権が行使されないよう大国を厳しく監視し、必要とあらば果敢に「平和のための結集」の総会を開いて国際社会の総意を示し、各国が行動する指針を打ち出していくことが、重要なのではないでしょうか。

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そんな大荒れの国連で、日本は来年1月から12回目の安保理の非常任理事国になる見通しです。国連への拠出金がアメリカと中国に続いて多く、加盟国の中でも最も長く安保理の非常任理事国を務める日本には、まさに国連の権威と信用の回復に向けた貢献が求められるのだと思います。

【「理想」と「現実」の狭間で】

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安保理の議場の入り口には、ピカソの「ゲルニカ」の複製のタペストリーが掲げられています。「ゲルニカ」は、第2次世界大戦前夜のスペイン内戦で行われた、史上最初ともいわれる都市への無差別爆撃の惨状を描いた、ピカソの代表作です。タペストリーは、「戦争の惨禍を繰り返してはならない」という願いを込めて、所有者のロックフェラー家から国連に貸し出されたものです。かつてイラク戦争に突き進もうとしていたアメリカの国務長官がここで記者会見をした際、このタペストリーは幕で覆われていたという逸話もあります。今回、各国の外交官たちは敢えてこの「ゲルニカ」の前に集まり、ロシアの軍事侵攻に抗議の意思を示しました。
国連憲章にうたわれた「平和と反戦」という理想と、あまりにかけ離れたウクライナの現実の狭間で、国連はその存在意義を改めて問われていくことになります。

(鴨志田 郷 解説委員)


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