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帰還困難区域 "選択"迫られる住民は

松本 浩司  解説委員

東京電力福島第一原子力発電所の事故から11年が経ちましたが、原発周辺には広大な帰還困難区域が残されています。その一部ではこの春以降の避難指示が解除されますが、残りの9割を占める地域の住民たちは厳しい選択を迫られています。

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▼どのような選択を迫られているのか
▼揺れる住民の思い
▼除染をどう進めるべきなのか、を考えます。

【迫られる選択とは】

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福島の帰還困難区域はいまも331平方キロに及んでいますが、このうち濃い緑色で示した「特定復興再生拠点」では除染が進み、この春以降、順次避難指示が解除されることになっています。

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一方、面積で9割を占め8300人が住民登録している「拠点外」の地域について国は去年8月、ようやく方針を示しました。
しかし住民が待ち望んでいた「全域除染」ではなく「住民の意向を確認し2020年代までに必要な箇所を除染する」というものでした。

必要な箇所、具体的には「帰還の意向のある人の家と宅地、生活道路などを中心に除染をする」としていて、地区の中で帰還しない人がいれば除染されない土地がまだらに残るおそれがあります。同じ帰還困難区域でも先行して除染をした「復興拠点」は住民の意向に関わらず全域の除染が行われていて「拠点」と「拠点外」とで大きな違いが生じました。

なぜ全域でないのでしょうか。

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国は
▼希望する人が早く帰還できるようにするためと説明しています。除染作業には時間がかかるため、帰還をしない土地までまんべんなく除染をしていると結果的に帰還を希望する人の除染が遅くなってしまうというというのです。

▼そして費用の問題があります。
帰還困難区域の除染費用は国が負担することになっていて「復興拠点」の除染に1800億円かかっています。帰還困難区域以外の除染費用は東電に請求することになっていますが、3兆2000億円が投入されています。

帰還困難区域では東電から賠償を受け避難先で家を再建した人が多く、方針が示される前の調査では帰還を希望する人は1割ほどでした。政府内には「多額の税金をかけて除染をしても帰還する人がいなければ国民の理解を得られない」という考えもあります。

【揺れる住民の思い】

しかし住民は反発しています。

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今月2日、双葉町の住民の代表である行政区長たちが要望書を提出し「この方法では点での除染にしかならない」としてあらためて全域の除染を強く求めました。

反発の根底には、10年間、何の方針も示されずにふるさとでの生活再建を検討することもできなかった不信感があります。

さらに
▼除染されない場所が残れば帰還しても安心して生活できない
▼どこまで除染されるかわからないのに「帰還するか」判断できない
▼一番後回しにされた挙句に、ほかと違って一部だけ除染というのはあまりにも不公平
▼帰還を選択しなければ家と土地は除染されないことになり、家と代々受け継いできた土地がさらに荒廃するのを見るのは耐え難い、などの思いがあります。

双葉町の各行政区は要望をまとめるにあたり住民に帰還の意向を聞きました。
このうち最も広い山田地区のアンケートを見ていきます。

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山田地区は130世帯が暮らし、郷土芸能がさかんで住民のつながりがとても強い農村でした。しかし全域が「拠点外」で、今では家や農地に草や樹木が生い茂り、荒れ果てた状態になっています。

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アンケートには87世帯から回答があり、「戻りたい」、「戻らない」など答えが分かれましたが、ほぼ全員が除染を求めました。
最も多かったのは「判断がつかない」で40世帯ありました。

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埼玉県加須市に避難をしている菊地浩美さんも「判断がつかない」と答えました。
菊地さんは山田地区に江戸時代から伝わる「山田じゃんがら念仏踊り」の中心メンバーです。毎年、お盆に新盆を迎えた家をまわって踊り、亡くなった人を供養しました。故人を悼み、家族の悲しみに寄り添う地区の伝統芸能です。

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菊地さんの母道子さんは地元の主婦たちと食品を製造・販売する企業組合を運営していました。地元の食材を使った手作りの総菜や餅菓子などは評判を呼び、東京のデパートなど各地の催しに呼ばれて販売。国や県などの賞も受賞し、仲間たちの生きがいでした。

しかし、じゃんがらも企業組合も仲間はちりぢりになって活動を続けることができなくなりました。道子さんは加須市に再建した家に閉じこもりがちになりました。

菊地さんは時間がかかっても地元でじゃんがらを復活させたいと考えていて、そのために地区全体を除染してほしいと訴えています。

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アンケートでは「戻りたい」と答えた人が20世帯いました。

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茨城県つくば市に避難している岡田勝秀さんもその1人です。
岡田さんは山田地区でバラ園を経営していました。6ヘクタールの敷地に750種類、7000株の花が咲き誇り、権威あるバラの国際会議で日本を代表するバラ園に選ばれるなど町の誇りでした。しかし半世紀近くかけて築き上げたバラ園は原発事故で放棄を余儀なくされ、いまは荒れ果ててしまっています。
それでも岡田さんはふたりの息子とふるさとでの再起を目指したいと考えています。

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岡田さんは「バラ園の復活は困難だが、事業を再開し地区の復興に協力したい。そのために全域を除染してほしい」と話しています。

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アンケートで「戻らない」を選択した人もほとんどが「ときどき戻って家や農地の保全をしたい」、「家屋を解体してほしい」と除染を求めています。
いわき市で避難生活をしている志賀義直さんは「戻りたい気持ちは本当に大きいが高齢になって家や農地を再建するのは難しい。せめて除染をして代々受け継いできた農地が荒れないよう保全をしていきたい」と話します。

【除染をどう進めるべきか】

国には何が求められるのでしょうか?

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国は、すぐに判断ができない住民に配慮して複数回にわたって意向確認をするとしています。また、例えば3軒が並んでいて真ん中の家だけが帰還しない場合は3軒とも除染するなど自治体と協議をしながら除染の範囲を柔軟に決めていくとしています。

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国が示した方針は帰還困難区域全域の避難指示の解除を目指しながら費用と効果を考えた国としては合理的なスキームと言えるでしょう。しかし住民の側に身を置けば「帰還するなら除染する」という方針は「帰還するのか」「ふるさとを捨てるのか」二者択一を迫る冷たいスキームとも映るのではないでしょうか。

きのうNHKの日曜討論で西銘復興大臣は「将来的には拠点外の地域もしっかりと除染をして取り組んでいく考え方に全く揺らぎはない」と話しました。

国は住民ひとりひとりの意向をていねいに聞いて、帰還する人が安心して生活や農業ができるように、また迷っている人や帰還しないという人も悔いのない選択ができるように除染と地域復興の道筋を示してほしいと思います。

(松本 浩司 解説委員)

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