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韓国はどう変わるのか 政権交代へ

出石 直  解説委員

ロシアによるウクライナ侵攻で国際情勢が緊迫する中で行われた韓国大統領選挙は9日投票が行われ、政権交代を訴えた保守系の最大野党「国民の力」のユン・ソギョル氏(尹錫悦)氏が大激戦を制して当選を果たしました。政権与党のイジェミョン(李在明)氏との差は、得票率にしてわずか零点73ポイントでした。5年ぶりの政権交代、新しい大統領の誕生で、韓国はどう変わっていくのでしょうか? 

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【解説のポイント】
韓国の政治を取材していていつも思うのは、この国は大統領が代わると別の国になったのかと思うくらい大きな変化があることです。今回もまた大きな変化が予想されます。
▽ 韓国の次期大統領に選ばれたユン・ソギョル氏とはどんな人物なのか?
▽ そして、ユン氏が掲げる政策を見たうえで、
▽ 新しい大統領のもとで日韓関係はどうなるのか考えていきたいと思います。

【ユン氏とは】

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ユン・ソギョル氏は61歳。日本に留学経験のある大学教授の家に生まれ、名門ソウル大学を出て何度も司法試験に挑戦した末、30歳を過ぎて検察官となりました。司法試験に何度も失敗したのは軍事政権を批判した言動が原因だったとされています。検察官としても、捜査方針をめぐって上層部と対立し地方に左遷されるなど波乱に富んだ人生を歩みました。パク・クネ前大統領やイ・ミョンバク元大統領をめぐる捜査がムン・ジェイン大統領に評価され、検察トップの検事総長に抜擢されましたが、ムン大統領の側近の疑惑追及や検察改革をめぐってムン大統領と対立し、袂を分かつ形で去年3月に検事総長を辞任、最大野党「国民の力」に入党して政治の世界に転じました。信念を曲げず権力に媚びないという評価がある一方、政治経験がなく政策に弱いという指摘もあります。

【ユン氏の勝因】

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選挙戦を通じてユン氏はムン・ジェインムン政権を厳しく批判し「公正と正義を取り戻す」と政権交代の必要を訴えてきました。60代以上の保守の岩盤支持層に加えて、就職難や不動産価格の高騰に不満を募らせる若者層にも支持を広げました。先週になって同じく政権交代を訴えていたアン・チョルス(安哲秀)氏が選挙戦からの撤退を表明しユン氏の支持に回ったことも追い風になりました。
革新政権の継続を訴えたイ・ジェミョン氏は、ムン政権を支えてきた40代、50代の民主化運動世代から高い支持を得たものの、知事時代の土地開発をめぐる疑惑などを払拭できず、わずかに及びませんでした。北京オリンピックをはさんで北朝鮮が弾道ミサイルを相次いで発射したことも、南北の融和を訴えたイ・ジェミョン氏にとっては逆風になったと思われます。

【選挙戦と公約】
ここからはユン氏が掲げている政策についてみていきます。

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内政面では、▽コロナ禍で経済的に困窮している自営業者などに補償を行う、▽不動産価格の高騰を抑えるため、住宅建設の規制を緩和し、▽250万戸以上の住宅を新規に建設するなどとしています。

【外交・日韓関係は】
次に外交政策です。

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こちらはムン政権とは対照的で、
▽米韓同盟の重視、▽米韓合同軍事演習の復活、▽日米韓3国の安保協力、▽さらに弾道ミサイル迎撃システム(THAAD)の追加配備によって、北朝鮮の核・ミサイルの脅威に対する抑止力を強化するとしています。
特に注目されるのが、THAADの追加配備です。これについては保守のパク・クネ政権時代に導入を決めたものの、中国の一部も射程に収めているため中国から猛反発を受け、ムン政権になって追加配備はしないと約束した経緯があります。中国からの反発を覚悟の上でTHAADを追加配備するとなれば、これはかなり大きな政策変更です。ムン・ジェイン政権で中国とも北朝鮮とも融和的な立場をとってきた韓国外交の方向性が大きく変わる可能性があるように思います。

次に気になる日韓関係はどうなっていくでしょうか。

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当選が決まった後の記者会見でユン氏は「未来志向の韓日関係を築く」と述べました。岸田総理大臣も「関係改善のために緊密に協力したい」と歓迎の意向を示しています。
ユン氏は、首脳どうしが相互に行き来するシャトル外交を復活するとしており、テレビ討論では「大統領になったらどの順番で首脳会談を行うか」という問いに対し「アメリカ、日本、中国、北朝鮮」と日本を2番目にあげています。
一方で、不安も少なくありません。現職の大統領として初めて竹島を訪問し日韓関係が悪化するきっかけを作ったイ・ミョンバク(李明博)元大統領、慰安婦問題で進展がないことを理由に日本との首脳会談を拒み続けたパク・クネ(朴槿惠)前大統領。この2人はユン氏と同じ保守の大統領でした。もうひとつの不安材料は、国会では革新系が議席の6割と圧倒的多数を占めていることです。韓国の国会は解散がありませんので、次の選挙まであと2年あまりは革新優位の状況が続くことになります。徴用をめぐる裁判では日本企業の資産を売却する手続きが進められています。福島第1原発からの処理水の放出や佐渡金山の世界遺産登録をめぐっても強い反対の声が上がっており、懸案が解決されないうちに次々と新たな問題が生じてきています。政権交代によって日韓関係が改善することを期待したいところですが、過度な期待は失望を招くことにもなりかねません。

【転換期にある韓国】
ここまで韓国の次の大統領に選出されたユン・ソギョル氏の人となりと、その政策についてみてきました。最後に歴史的な文脈で今回の選挙を考えてみたいと思います。

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戦後、分断国家としてスタートした韓国には、「経済発展」と「民主化」という2つの大きな目標がありました。しかし今や韓国は世界で10番目の経済力を誇り、購買力で換算したひとり当たりのGDPや平均賃金では日本を上回るまでになりました。
民主主義も定着し、ユン氏は、民主化宣言以降、民主的な選挙で選ばれた8人目の大統領になります。「経済発展」と「民主化」という2つの目標をなし遂げた韓国は今、次なる目標を設定しそれに向かって進んでいく重要な時期を迎えています。
地政学的にも、北朝鮮の核・ミサイルの脅威にさらされながら、ウクライナをめぐる欧米とロシアの対立や米中の対立など、緊迫の度を増す国際環境の中で、難しい舵取りをしていかねばなりません。日本との関係もこうした大きな文脈の中で位置づけられていくのではないでしょうか。

【まとめ】
5月の新政権発足に向けて、ユン氏は近く政権引継ぎ委員会を発足させ、新しい政権を担っていく幹部人事や具体的な政策づくりを進めていくことになります。
選挙戦を通じて過熱した保守と革新の根深い対立や社会の分断を解消していくことができるのか。日本と手を携えてアジアの平和と繁栄を築いていけるような国づくりができるのか。
ユン・ソギョル新大統領の政治家としての手腕を見守っていきたいと思います。

(出石 直 解説委員)


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