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一般教書演説 ウクライナ危機とアメリカ

髙橋 祐介  解説委員

アメリカのバイデン大統領が、向こう1年の施政方針を示す一般教書演説を行いました。ロシアによるウクライナへの侵攻を厳しく非難し、民主主義国の結束を呼びかけました。東西冷戦の終結以来もっとも深刻と言われる今回のウクライナ危機は、アメリカと世界にどのような影響をもたらすか、演説を通して考えてみます。

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もともとバイデン大統領は、この一般教書演説で、これまで政権が挙げた内政での成果を有権者にアピールし、政権浮揚への足がかりにするつもりでした。ところが、ロシアの軍事侵攻によってウクライナ各地で戦闘が続く中、そうした演説の草稿を急きょ書き直し、この外交・安全保障問題に冒頭から10数分間を割きました。

(バイデン大統領の発言)「6日前ロシアのプーチンは自由世界を威嚇して揺さぶろうとした/しかし大誤算だった/ウクライナ侵攻で世界は屈すると考えた/それどころか強固な壁にぶつかった/ウクライナの人々だ」

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ウクライナ危機に関する大統領の発言の骨子を4つにまとめてみました。

▼まず“ウクライナとの連帯”
バイデン大統領はウクライナ市民が祖国防衛のため身を挺してロシア軍をくい止めている姿を称賛し、アメリカは、武器供与などの軍事支援、債務保証などの経済支援、人道支援を続けていくと語りました。

観覧席に、ウクライナのマルカロワ駐米大使を招き、議場が総立ちで、拍手を送る場面もありました。党派対立が激しい近年のアメリカ議会では、あまり見られなかった光景でした。

▼次に“同盟国の防衛”
ウクライナはアメリカの同盟国ではないため、バイデン大統領は「アメリカ軍を派遣して直接ロシアと戦うことはない」としながらも、「近隣のNATO加盟国にロシアが1インチたりとも侵攻するなら、アメリカは集団的自衛権を発動する」とロシア側をけん制しました。

▼そして“対ロシア制裁”
バイデン大統領は、日本も含めた同盟国や友好国とともに、ロシア中央銀行との取引制限によって通貨ルーブルの為替介入のための外貨準備を事実上使えなくすること、ロシアの主要な銀行を国際金融システムから締め出すこと、先端技術の輸出制限やプーチン政権周辺の在外資産凍結、それにEUやカナダに続いてアメリカも、ロシアの航空機が領空を飛行することを禁じる措置を打ち出しました。

▼一方で“原油高対策”
ロシアへの制裁でアメリカ経済に悪い影響が広がらないよう、バイデン大統領は「出来得る限り手を尽くす」として、IEA=国際エネルギー機関を通じて、6,000万バレルの石油備蓄を協調放出し、その半分をアメリカが分担し、原油市場の動向次第で、必要なら関係国とともに追加措置を講じる用意もあるとしています。

バイデン大統領は、「この予め計画された理不尽な戦争は、プーチン大統領が引き起こしたものだ」として責任を厳しく追及、民主主義国の結束を呼びかけました。

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バイデン大統領の支持率はいま、就任以来最低の水準で低迷しています。
世論調査各社の平均値で、支持率は、1日現在で40.6%。ロシアがウクライナに侵攻した6日前より1.1ポイント下がり、逆に不支持率は、54.4%に上っています。

分野別で、とくに評価が低いのが、このウクライナ危機への対応です。
こちらの最新の世論調査で、バイデン大統領のウクライナ情勢への対応を「評価する」と答えたのは33%にとどまり、「評価しない」と答えたのは47%と、厳しい評価が上まわっています。

一方アメリカやヨーロッパ各国が相次いで発表したロシアに対する制裁措置については、「支持する」が67%、「反対する」が20%となっています。

つまり、アメリカ国民の多くはバイデン政権の対応にもろ手をあげて評価はできないが、ロシアへの制裁は支持する。なぜ、そうした開きが生じたのでしょうか?

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それは、バイデン政権が置かれた難しい立場とも関係しています。

今回の危機で、バイデン大統領は、アメリカはウクライナに軍事介入はしないという方針を早々と打ち出しました。去年8月のアフガニスタンからの米軍撤退が悲惨な結果に終わって以降、核保有国同士の米ロ衝突のリスクなど、断じて抱えたくなかったからでした。
しかし、自らの手の内をさらしたことで、アメリカの力による紛争の抑止効果が損なわれてしまうという批判もありました。野党・共和党には、予測不能と言われたトランプ前大統領だったら、ロシアは軍事侵攻には踏み切らなかったはずだという見方もあるのです。

軍事介入を選択肢から外したバイデン政権がとったのは、いわば“メガフォン戦略”とも言うべき異例の情報戦略でした。
ロシア軍の動きやプーチン政権中枢の動向について、アメリカがつかんだインテリジェンス=機密情報を敢えて開示し、ロシア側の機先を制し、その行動を抑止するためでした。実際ロシアは「侵攻の計画などない」「アメリカ側のヒステリーだ」と反論しましたが、結果として、アメリカ側の情報は、きわめて精度が高かったことが裏付けられています。しかし、そうした情報戦でも、ロシアのウクライナ侵攻は止められませんでした。

切り札として残された経済制裁をいつ、どのように発動するかについても、議論は分かれました。ロシアが実際に侵攻に踏み切る以前に、制裁を科すよう主張する保守系の共和党議員らは「バイデン政権は弱腰だ」と批判しました。その結果、バイデン大統領は、対応が後手にまわった印象を与えてしまいました。

では、バイデン政権は、このウクライナ危機に事態収拾への糸口を見出せるでしょうか?

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アメリカ側が今後の焦点のひとつと見るのは、中国の出方です。
孤立を深めるロシアにとって、中国は得難い“戦略パートナー”であり、これからロシアは、欧米からの締め付けを逃れるためにも、中国への依存度を高めることになるでしょう。その中国は、ウクライナ危機では、ロシアを非難する国連安保理決議案をインドなどとともに棄権し、ロシアの行動を支持も批判もせず、表面上は静観の構えです。

一方で、中国がロシアとともに、アメリカに対する共闘関係をあらゆる場面で維持するかと言えば、そうとも限りません。現に、G7=主要7か国が去年提案した、世界に質の高い公共財を提供する「より良い世界の再建構想」について、中国の王毅外相は、アメリカとの協力に前向きな姿勢を表明しています。

ただ、米中の間には、台湾問題があります。
中国は、台湾の独立を支援することのないようアメリカに強く釘を刺しますが、アメリカ側もまた台湾に非公式な代表団を派遣して、台湾との関係強化を進めています。そうした台湾問題をめぐる米中の駆け引きは、今回のウクライナ危機をきっかけに、ますます激しくなりそうです。

ウクライナ危機でも台湾問題でも、力による一方的な現状変更は断じて認められません。
ロシアによるウクライナへの軍事侵攻は、主権の侵害であり、明白な国際法違反です。
しかし、きょうの一般教書演説で、バイデン大統領は、ロシア軍のウクライナからの即時撤退といった具体的な要求や、この紛争の解決のために何が条件になるかという点には、まったく触れませんでした。それは、ウクライナとロシアによる停戦交渉への配慮という面もあるでしょう。その一方で、このウクライナ危機の行き着く先に、どこが落としどころになりそうか?まだ関係国の間で誰にも見えていない現実を反映しているのかも知れません。

(髙橋 祐介 解説委員)

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