日本政府は新型コロナウイルスの感染拡大を防ぐための水際対策を緩和し、ビジネスや留学目的の外国人の入国制限を来月以降、段階的に緩和します。経済界からはビジネスの再開につながると期待が高まる一方で、もっと多くの外国人を受け入れるべきだといった声もあれば時期尚早だと慎重な声も聞かれ、国民の間でも意見は割れています。
各国と比べて厳しい日本の入国制限の現状と何が変わるのか、企業や留学生の受け止めと今後の課題を考えます。
まず、日本への外国人の入国者数の推移です。
出入国在留管理庁によれば、去年日本に入国した外国人は35万人で、3年前の90分の1に激減しました。このうち新規に入国した留学生は1万1千人にとどまりました。
日本は新型コロナウイルスの感染拡大を受けておととし以降外国人の入国を制限し、オミクロン株の感染が広がった去年11月末には新規入国を原則停止しました。留学生は今年1月以降卒業に必要な単位取得など特段の事情がある人に限り例外的に入国を認めてきましたがその数はわずかです。1日の入国者数の上限が日本人と外国人あわせて3500人に引き下げられて以降、入国できた外国人は1日に1000人にも満たない数です。
日本ではこれまでは海外と比べて新規感染者が少なく厳しい水際対策が効果をあげて
きました。しかし、1日の新規感染者は今ではイギリスを上回り、アメリカとほぼ同じ
数となっており、入国制限の効果より経済活動の停滞など弊害の方が多いといった指摘
もあります。
WHO・世界保健機関の幹部は去年12月、「ウイルスは国籍を見ない」と述べ外国人の
入国を認めない日本に苦言を呈しました。
先月にはドイツやスペイン、バングラデシュなど8か国で、日本への留学を希望する学
生たちが現地の日本大使館などの前に集まり入国制限を緩和するよう訴えました。
国内でも経済界などから入国制限の緩和を求める声が強まり、経団連の十倉雅和会長は「日本は鎖国状態だ」と指摘、楽天グループの三木谷浩史会長兼社長は、「日本が排他的な国だと認識され、忘れられた存在になってしまう」などと危機感をあらわにしてきました。
与党自民党からも緩和を求める声が上がり、岸田総理大臣は17日、新たな水際対策を
打ち出しました。
来月以降、▼1日あたりの入国者の上限を日本人も含めて3500人から5000人に引き上げ、▼その枠内で外国人の新規入国の停止措置を解除し、一定の条件を満たせばビジネスや留学、技能実習など観光目的以外の外国人の入国を認めます。▼これまで複雑だった手続きを簡略化して受け入れる企業や団体はオンラインで申請手続きをすますことができるようになります。発表にあたって総理は、「引き続きG7で最も厳しい水準は維持しつつ、水際対策の骨格を段階的に緩和していく」と述べました。入国制限の緩和に慎重な声がいぜん根強いことに配慮した発言です。
14日発表されたNHKの世論調査では、57%が外国人の新規入国の原則停止を続けるべきだと答えており、感染防止のため厳しい水際対策を望む人が多いのも事実です。一方で経済への影響は深刻で、これ以上ビジネスを停滞させることができないという事情があります。
経済界は制限の緩和がビジネスの正常化につながると歓迎し、教育関係者にも安どの表情がうかがえます。すでに日本への渡航の問い合わせも増え始めているということです。
とはいえ在留資格の事前認定を受けながら入国できない外国人は40万人に上ると言われこのうち留学生は15万人余り、技能実習生が13万人近くとなっており、日本人も含めた1日の上限が5000人では外国人にはいぜん狭き門で、企業は受け入れ枠の拡大を求めています。
およそ3000の企業と個人のメンバーを抱える在日アメリカ商工会議所によれば、
アメリカ企業の従業員数百人、家族も含まれば千人以上が入国できない状態が続いています。幹部を含めて欠員を補充できず、新製品の紹介や十分な顧客サービスができないなど様々な影響が出ており、「パートナーとしての日本の信頼の低下」を懸念する声が聞かれます。
在日ドイツ商工会議所も、入国制限のさらなる緩和を求めています。日本で活動するドイツ企業を対象に先月行った調査では、回答した100社のうち73%が入国停止によって事業が危機にさらされ、全体の損失額は1億ユーロ、130億円以上に上ると見られます。さらに企業の13%が地域拠点を日本以外に移転したか移転する予定だと答えています。シュールマン専務理事は、「入国がどうなるのか不透明で今後の道筋を示してほしい」としたうえで、「誰が入国できるのか、ワクチン接種証明は必要なのかなど透明性と明確な情報が重要だ」と話しています。
留学生を受け入れてきた大学や日本語学校も入国停止の影響は深刻です。
すでに日本への留学を断念したり、韓国など他の国へ行き先を変えたりした学生も少なくありません。日本で最も多くの留学生を受け入れている早稲田大学では、おととし以降およそ2000人がいまだに入国できないということです。オンライン授業を受ける学生の中には日本の生活を経験せずに修士課程を終えて卒業する人もいるということで、学生同士の交流もなく日本の良さを知ってもらえないのは残念だと大学関係者は話しています。
日本(にほん)私立大学連盟は、日本の国際交流と教育研究の高度化のために留学生や研究者の受け入れを最優先するよう求めています。そのうえで、留学生の8割が私費留学で、今チャンスを逃せば留学をあきらめる人が相当数出るのではないかとして、4月の入学に間に合うよう配慮を求めています。
留学生は卒業後日本で就職する人もいれば、将来祖国で知日派として活躍し、日本との架け橋になる人も出てくるでしょう。日本を留学先やビジネスパートナーに選ぶ人が減れば日本の信頼が低下し、国益をも損ないかねません。それだけに感染防止策を優先させながらも経済活動や人的交流をいかにバランスをとりながら活発化させるか政府は難しい対応を迫られています。より多くの外国人を受け入れるためには空港での検疫体制の拡充が不可欠で、企業や大学の感染対策の強化も必要です。1日に受け入れる入国者についても、日本人と外国人の比率や、外国人の中でもビジネスと留学、技能実習をどう選別するのか丁寧な説明と透明性が求められます。
優秀な人材や企業をつなぎとめ、知日派を育てるためにも、安全な国づくりとともに外国人が来たいと思うような国づくりに向けて5年先、10年先を見据えた戦略を打ち出すとともに入国後のサポート体制を整え、日本の魅力を海外に積極的に発信していくことが今こそ必要ではないかと思います。
(二村 伸 解説委員)
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