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北京五輪閉幕 大会から見えたものは

小澤 正修  解説委員

20日、冬の北京オリンピックが終わりました。憧れの舞台で力を出し切る選手の姿が数多く見られた一方、スポーツのありかたを考えさせられる場面も目立ったように思います。フィギュアスケートでのドーピング問題を軸にしながら、スポーツの未来に向けて今大会で見えたことはなにか、考えたいと思います。

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▼大舞台で輝いた日本選手

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去年の東京大会に続いてコロナ禍での開催となった北京大会。日本選手は調整の難しさを感じさせない活躍をみせました。日本ジャンプ界24年ぶりとなる金メダルに輝いた小林陵侑選手。過去2大会銀メダルだった平野歩夢選手は、この競技で日本選手初の金メダリストになりました。また高木美帆選手は、金メダルを含めて4つのメダルを獲得し、異次元の「オールラウンダー」ぶりを披露。そして羽生結弦選手。3連覇はなりませんでしたが、世界初の4回転半ジャンプに果敢に挑戦し、王者のプライドを感じさせました。今大会で日本が獲得したメダルは史上最多の18個。しかしメダルの数以上に、大舞台で自分自身に挑戦し、力のすべてを出し切る選手の姿に、スポーツのすばらしさを感じた人は多かったのではないかと思います。

▼衝撃のドーピング問題

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一方で今大会は、ショートトラックでの判定やジャンプのスーツ規定を巡る騒動など、もやもやとした気持ちになってしまう場面も目立ったように思います。中でも大きな関心を集めたのが、フィギュアスケートの15歳、カミラ・ワリエワ選手のドーピング問題でした。金メダル候補にもあげられていたワリエワ選手は、団体で、ROC・ロシアオリンピック委員会の金メダル獲得に貢献。しかしその翌日、去年12月に行われたロシア選手権でのドーピング検査で、持久力を高める効果があるとされる禁止薬物のトリメタジジンが検出されたことが明らかになりました。ロシア国内の大会を管轄するRUSADA・ロシアアンチドーピング機構は、ワリエワ選手をいったん資格停止処分にしましたが、不服申し立てを受けて1日で解除。CAS・スポーツ仲裁裁判所もその決定を支持しました。しかし女子シングルに出場したワリエワ選手は、後半のフリーでミスが相次ぎ、順位は暫定の4位に終わり、その涙を含めて、後味の悪さを残したまま、大会は閉幕したのです。

▼問題を複雑にした背景は
今回は金メダル候補からの禁止薬物の検出、だけではなく、その選手がオリンピックに出場するという前代未聞の事態となりました。問題を複雑にした背景にはなにがあったのか。

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まず、検体の採取から検査結果の通知まで1か月以上かかり、すでにオリンピックが開幕していたことがあります。検体が検査機関に届いたのは年末で、新型コロナウイルスのため業務に影響が出ていました。また、ロシア側からの検体に、検査を優先することを示すフラッグがついていなかったことも指摘されています。通知が開幕後になったのは、選手の責任ではないことが判断に影響しました。もうひとつの理由は、ワリエワ選手が規定に定められている「16歳未満の要保護者」に該当することでした。要保護者は本来、若い選手が本人の意図しないドーピングに巻き込まれないように設けられたもので、処分には柔軟な対応がとられ、重大な過誤や過失がない最も軽い場合は、資格停止を伴わない「けん責」となる可能性もあります。処分が確定していない時点で判断を迫られたCASは、このため「出場できなければ著しい損害与える可能性がある」とドーピングそのものには言及せずに選手の権利を優先する結論を出すことになりました。

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ただ、もともとロシアは過去の国家的なドーピングを受けて、国としては選手団を派遣できず、選手にはドーピングへの厳しい条件が設定された上で、ROCとして、いわば特例措置で参加していたはずです。ドーピング自体の確定は今後となりますが、その考え方からすれば、オリンピック前の検体から禁止薬物が検出された選手の出場が認められたことに、疑問の声が出てしまうのは当然ではないかと思います。

▼アンチドーピングの観点では

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次にこの問題をアンチドーピングの観点から考えてみたいと思います。ワリエワ選手側は「薬を服用している祖父と食器などを共有したことで混入した」と主張しています。しかし本来、世界共通のアンチドーピングの規定には、選手が口に入れたものに責任をとる「厳格責任」という原則があります。過失の程度は、処分の軽減に考慮されることがありますが、基本的に「うっかり」や「しらなかった」という主張は通らず、禁止薬物が検出された結果で判断されます。このため、選手のほとんどは風邪薬を使用する時ですら、医師や薬剤師に相談しながら服用するなど、非常に神経を使って日常生活を送っています。ワリエワ選手側の主張が正しかったとしても、すでにトップアスリートとして国際大会に出場し、アンチドーピングへの知識はあったはずだと思われますし、そうでないならば本来は、指導者ら周囲がしっかり監督しなければなりません。15歳でも同じ舞台に立つ以上は、ほかのアスリートと同じ条件でなければ、スポーツの根幹をなす、競技の公平と公正が保てなくなってしまいます。年齢は考慮されるべきですが、この問題の影響で団体でのメダルが大会中に授与されず、銅メダルを獲得した日本を含めて、選手の栄誉を称えられる舞台が失われてしまったことは忘れてはならないと思います。この問題については「15歳が1人でできることではない」と、周囲の関与への疑念も根強くあります。

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今後、コーチなど周囲を含めた調査で真相を究明していくとともに、要保護者の考え方が「抜け道」ではなく、本来の趣旨がいかされるような仕組みを作ることも検討しなければならないと思います。

▼スポーツの今後を考えるヒント
ドーピングだけではなく、様々な問題が相次いだ北京大会ですが、私はそうした中でもカーリングが目指す競技のあり方に、スポーツの今後を考えるヒントがあったように思います。カーリングはゲームに審判が介入することは基本的になく、選手の「セルフジャッジ」で進行します。逆転ののぞみがなくなった試合の打ち切りには「あきらめる」のではなく「相手の勝利を認める」という意味をこめて「コンシード」という言葉を使います。その根底にあるのが、ルールの冒頭に定められている「カーリング精神」です。

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「勝つためにプレーするが決して相手を見下さない。ルールを破らず、不注意による違反に気づいた場合、真っ先に自ら申し出る」とした上で、スポーツマンシップや思いやり、尊敬すべき行為を、選手に限らず参加者全員に求めています。日本は、今大会で銀メダル獲得の快挙を果たしました。多くの人が心を動かされたのは、その快挙とともに、ロコ・ソラーレのメンバーが、ほかの競技の選手と同じ極限のプレッシャーの中でありながらも、相手を称え、仲間と励まし合いながら、笑顔でプレーする姿に、スポーツが忘れかけた精神を思い出したからではないでしょうか。

▼スポーツの価値を高めるもの
競技スポーツはもちろん勝利を目指すのが大前提です。しかし、競技の専門化と高度化が進んでも、スポーツに関わる全員が、選手やルール、審判といったスポーツを成り立たせる要素すべてを、互いに尊重する姿勢は持ち続けていて欲しい。それこそが、スポーツの価値を高め、さらなる発展につながるということに、今大会は改めて気づかされたのではないかと思います。

(小澤 正修 解説委員)


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