ここ数日ウクライナ情勢に新たな展開がありました。ロシアは、ウクライナとの国境周辺から一部の部隊撤収を始めると発表。バイデン政権は、その真偽を慎重に見極めながら、なおロシアの軍事侵攻に警戒を緩めず、外交を通じた解決を模索しています。
緊張緩和の糸口はつかめるか?アメリカ側の視点から考えてみます。
ポイントは3つ。
▼まず米ロ交渉の焦点
▼ロシアの軍事侵攻の阻止に、なぜバイデン政権は懸命なのか?
▼このウクライナ情勢に台湾問題との関連はあるかです。
(列車に積まれる戦車 15日/映像:ロシア国防省)
ロシアのウクライナ侵攻はいつ起きてもおかしくない。そうアメリカと同盟国が、警戒を一段と強め、大使館の移転や国外退避を呼びかけた直後、ロシアは、まるでタイミングをねらいすましていたかのように、戦車を列車に積み込むこの映像を公開しました。
ウクライナとの国境近くに展開していた一部の部隊が軍事演習を終え、駐屯地へと撤収を始めたと言うのです。
去年秋からロシアが現地で増強してきた部隊は尋常な規模ではありません。アメリカ側の推定によると、15万人規模に達し、北隣のベラルーシでも、今月20日までの日程で、合同軍事演習を行っています。
バイデン大統領は、ロシアの部隊撤収が事実なら「良いことだ」としながらも、実際に、ロシアが部隊を引き揚げるかどうかは「検証が必要だ」と指摘。「外交と緊張緩和の余地は十分残されている」として、ロシアに対話を呼びかけました。
一方プーチン大統領は、そもそもロシアはウクライナに軍事侵攻する計画など存在しないとしています。部隊のさらなる撤収は現地の「状況次第」としながらも、アメリカとは「交渉継続の用意がある」と述べました。ウクライナに軍事的圧力をかけながら、戦端を開くかと思わせるギリギリのところで対話に舵を切り、交渉の主導権を握る。そんなプーチン流の瀬戸際戦術をアメリカ側に印象づけました。
(ブリンケン国務長官 16日/ABCテレビ)
ロシア軍の撤収について、アメリカ側は懐疑的な見方を隠しません。
ブリンケン国務長官の発言「残念ながらロシアの発言と行動は食い違っている/撤収は見られない/むしろウクライナ侵攻に向けて部隊が国境に集結し続けている」
これまで米ロ交渉で、ロシア側は主に3つの項目を要求してきました。
▼まずNATO=北大西洋条約機構の加盟国をこれ以上、東に拡大しないこと。
▼相手国を攻撃可能な中短距離ミサイルを互いに配備しないこと。
▼NATOの軍備を1997年当時の水準に制限すること。
冷戦終結当時の口約束はアメリカに反故にされたとして、この3つを法的文書で保証せよと言うのです。
これに対して、バイデン政権は、上下ふたつの項目は、ロシアに他国のNATO加盟を阻止する権利はないと拒否する一方、ヨーロッパのミサイル配備については、議論が可能だと提案しています。
米ロ両外相は協議のスケジュールを調整しています。アメリカ側の提案に対して、ロシアは10ページに及ぶ書面で回答し、内容も公開するということで、そこでどのような対応を示し、緊張緩和の糸口を見出せるが焦点です。
アメリカは、ロシアの軍事侵攻はプーチン大統領の決断次第でいつ起きてもおかしくないと警戒を緩めません。
バイデン大統領は▼ウクライナの主権と領土の一体性にアメリカは責任を果たすと明言。
▼ロシアがウクライナに侵攻するなら、同盟国や友好国とともに強力な経済制裁を科すと警告しています。制裁措置の規模や範囲は、議会上院で法案審議が進められ、ヨーロッパの主要な同盟国とも調整しています。国際金融のドル決済の仕組みからロシアを排除することや、ロシアからドイツに天然ガスを送るパイプライン「ノルドストリーム2」の稼働停止なども議論されています。
さらに▼ウクライナに最大10億ドルの債務保証を新たに供与するなど、経済面からも手厚く支援するとしています。
アメリカが指導力を発揮して、各国と足並みを揃え、一致した対応を示せるか?バイデン大統領が就任以来掲げてきた国際協調の真価が試されます。
バイデン政権はウクライナにアメリカ軍を派遣する本格的な軍事介入は早々と選択肢から外しています。アメリカの国内世論はこの紛争に深く関わることには否定的だからです。
現に、こちらの世論調査では、ロシアとウクライナの問題にアメリカは関わるべきではないと答えた人が過半数を占めています。党派別にみると関わるべきではないという人は、とりわけ無党派層に目立ちます。
かつて巨大な軍事力で世界の隅々までにらみを利かせたアメリカの抑止力は、近年はこうした内向きの世論にいわば手を縛られる傾向がうかがえます。
では、なぜバイデン大統領は、ロシアが否定しているにもかかわらず、ウクライナへの軍事侵攻を断固阻止すると懸命なのでしょうか?
それは、過去の苦い経験と関係しています。
バイデン氏は、2009年にオバマ政権の副大統領に就任して以来、ウクライナの親欧米派の民主運動と深く関わり、“脱ロシア”の動きを後押ししました。
しかし2014年の政変で、ウクライナのクリミアをロシアが併合した当時、アメリカの情報機関は、ロシア軍とみられる武装集団による秘密工作を事前に察知できず、「情報戦で敗北を喫した」と批判されました。
またその頃、次男のハンター・バイデン氏がウクライナのガス会社役員に就任して多額の報酬を受け、後にトランプ前大統領が職権を乱用してウクライナのゼレンスキー大統領にバイデン氏親子の捜査を求めたとされる、いわゆるウクライナ疑惑の発端になりました。
そのため、バイデン氏は大統領就任当初は、ゼレンスキー大統領と敢えて距離を置いた節もうかがえます。
バイデン政権は、去年アメリカ軍のアフガニスタンからの撤退でも、タリバンによる首都制圧への急展開を読み切れず、また同盟国との連携不足も批判されました。
今回のウクライナ情勢でも、ロシアの軍事侵攻を許せば、秋の中間選挙に向けて致命的な失態になりかねない。そうした危惧があるからこそ、バイデン政権はいまロシア軍の動きに関してつかんだインテリジェンスを敢えて公開し、ロシアをけん制、同盟国との連携に力を入れているのでしょう。
最後に、台湾問題との関連です。
中ロ両首脳は、北京オリンピック開幕に合わせた会談後の共同声明で、中国はNATOの東方拡大に反対するロシアの立場を支持、ロシアは台湾問題で中国の立場を支持することを盛り込みました。民主主義国と専制主義国との対立図式を描くアメリカを念頭に、中ロは共闘関係を誇示してみせました。
一方、バイデン政権は先週、外交・安全保障政策の柱となるインド太平洋戦略を発表し、その中で、中国が将来的な統一をめざす台湾について、「アメリカは関係を強化する」と明記。日本をはじめとする地域の同盟国や友好国と幅広い分野で連携を深め、中国に対抗していく姿勢を鮮明にしています。
もっとも、ロシアが仮にウクライナに侵攻したら、中国が支持するとは限りません。
中国はウクライナとの関係も良好で「一帯一路構想」でも重要と位置づけているからです。ロシアによるクリミア併合も中国は認めていません。少なくともウクライナ情勢で、中ロは一枚岩ではないようです。
ウクライナ情勢でも、台湾問題でも、力による一方的な現状変更は断じて許されません。その点を、中ロ両国に明確に釘をさすことが重要です。
戦争は、誰も望んでいなくても、互いの意図を読み誤ったり判断を間違ったりすることで偶発的に起きやすいと言われます。いずれの関係国も、さまざまなレベルで意思疎通を密にして、衝突を回避し、外交を通じた解決への道を拓くよう求めたいと思います。
(髙橋祐介 解説委員)
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