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中国の人権 日本の経済安全保障推進法案もわかりやすく解説

神子田 章博  解説委員 石井 一利  解説委員

(石井)
北京オリンピックを開催している中国は、ことし、日本との間で、国交正常化50年の節目を迎えます。しかし、両国の間には、人権や経済安全保障など、新たな対立点もあり、関係改善への道筋は不透明なままです。中国の抱える問題が日本の経済面まで影響を及ぼす状況と、今後の対応について、経済担当の神子田解説委員とともに考えていきたいと思います。

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まず、中国の人権状況についてみていきます。

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中国の人権状況をめぐって批判を強めるアメリカのバイデン政権は、北京オリンピックを前に「外交的ボイコット」を表明し、これにオーストラリアなども同調しました。こうした批判に対し、中国は、「内政干渉だ」などと強く反発しています。
中国は、去年、人権に関する白書も発表し、共産党は、貧しく食べることもままならなかった人々の生活を向上させ生存権は保障しているなどとして、外国からの批判に反論しました。
また、北京オリンピックでは、ウイグル族の女性選手が聖火リレーの最終ランナーを務めたほか、中国の前の副首相から性的関係を迫られたことなどをSNS上に告白したとされる女子テニス選手が、IOC=国際オリンピック委員会のバッハ会長とともに競技を観戦しました。中国は、国際的な批判が強まる中、オリンピックの場を通じて、人権への配慮をアピールしたのかもしれません。
ただ、表現や宗教の自由などは、中国共産党の管理のもと許されている状況で、ある中国の専門家は、「中国には人間らしく生きるために必要な自由を確保する権利はない」とも指摘します。
神子田さん、中国の人権をめぐる問題は、日本の企業にも大きな影響を及ぼしていますよね。

(神子田)
中国での人権問題は、米中対立の構図の中で、日本企業にも大きな影響を及ぼしています。

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アメリカでは、去年12月、中国の新疆ウイグル自治区で強制労働が広く行われているとし、自治区で生産された製品などの輸入を原則禁止する法律が成立。輸入する場合には、強制労働によるものではないという証拠を企業側が提出することを求めるなど、中国の人権問題に対し一段と厳しい姿勢を打ち出しています。日本企業の活動の中で人権が侵害されることは、それ自体が問題であることはもちろん、巨大市場アメリカとのビジネスにも影響を与えかねない問題となっているのです。こうした中で、日本の大手アパレルなどの間で、新疆ウイグル自治区で生産された綿製品の使用を中止する動きが相次いでいるほか、JETRO日本(にほん)貿易振興機構の調査でも、「人権尊重のためのルールを策定している」とした企業が38%、「策定の予定・検討中」とする企業が36%にのぼるなど、企業の間で人権問題への取り組みがひろがっています。ただ直接の取引先だけでなく、その先の原材料の調達先まで人権侵害が行われていないことを一企業としてどこまで徹底して調べることができるか、課題も残っています。また中国ではウイグル製品の使用をやめると表明した企業の製品の不買運動も起きており、中国でのビジネスをある程度犠牲にするリスクも覚悟しておく必要がありそうです。

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(石井)
日中両国の溝を広げているのが、政治体制の違い、自由や民主といった価値観の違いで、それを浮き彫りにする出来事も相次いで起きています。

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中国は、外国の組織や個人が、国家の秘密や情報を探ったり盗んだりすることへの監視を強め、2015年以降、スパイ行為に関わったなどとして、これまでに少なくとも16人の日本人が中国当局に拘束され、このうちこれまでに帰国したのは8人にとどまります。有罪判決を受けた人もいますが何が罪なのか詳しいことは確認できないのが実情です。
共産党が一党支配する中国は、日本や欧米のように三権分立はありません。共産党による統治に都合の良い法律を相次いで制定する中国式の法治を打ち出し、社会の統制を強めています。
こうしたなか、中国の当局は、ウイグルやチベットの人たちだけでなく日本にいる中国の人たちへの関与も強めています。▼北海道教育大学の中国人の教授は、3年前、中国に一時帰国した後、スパイの疑いで拘束され、その後、起訴されました。▼山梨学院大学の香港出身の教授は、香港当局の取り締まりを受けたインターネットメディアの設立に関わり指名手配されたと伝えられています。▼また、留学先の日本で、病に倒れ重体となった娘に会うことすらかなわない人もいます。人権活動に携わってきた中国人の男性は、当局に出国を止められ訪日できず、拘束されたとみられています。何が罪に問われるか分からないとして、最近では、国籍を問わず、中国や香港への訪問をためらう研究者も少なくありません。
神子田さん、中国が、自由や民主主義といわば対極の価値観を打ち出す中で、日本政府も新たな対応をせまられているようですね

(神子田)
自由主義陣営の一角として経済活動を守るために、いま政府が力を入れているのが経済安全保障です。

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今月中にも国会に提出される法案では、日常生活を維持するために必要不可欠な重要物資を安定的に確保したり基幹インフラを守るなど、経済活動の安全を確保すること。そして安全保障につながる軍事関連技術の流出を防ぐという二つの大きな狙いがあります。
具体的に見てゆきます。
まず重要物資として、半導体や電池、鉱物資源、医薬品などをあげ、それぞれの製品や原材料がどのようなルートで調達されているかについて国に権限をもたせて調査したうえで、調達先が特定の国に依存しすぎている場合には、多様化がはかられるよう支援する。 電力や鉄道、金融といった国民の生活に不可欠な14の基幹インフラ業種について、サイバー攻撃につながる恐れのある機器を導入しないよう国が事前の審査を行えるようにする。また技術の流出防止をめぐっては、核技術や武器の開発・製造につながる特許の出願内容を非公開とし、技術の国外流出を防ぐことなどが盛り込まれています。

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これに対し企業側からは、▽サプライチェーンの調査では対象となる製品をできる限り絞り込むことや▽基幹インフラの機器の事前審査の際には、審査の考え方をあらかじめ明確に示すなど、事業の予見可能性の確保=つまりビジネスの環境が急激に変わらないよう求める声がでています。そもそも異なる政治体制をもつ国に対峙する中で自由という価値観を守るための政策だけに、自由な経済活動を過度にゆがめることのないよう配慮が求められます。
こうした経済安全保障をめぐっては、アメリカが日本やオーストラリア・インドも巻き込む形で、半導体などのサプライチェーン=供給網の強化に向け協力をはかろうとするなど、いわば中国包囲網を形成しようとしています。
そして、日本がその一角に立つことを鮮明にしていることも、中国との新たな緊張を生みかねない要因となっています。

(石井)
中国は、強く反発しています。

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中国は、「地域の安全保障を強化すると主張しているが、実際には、地域の平和と安定を破壊するものだ」などとしています。
中国は、このところ対立するアメリカへの対抗姿勢をいっそう鮮明にしています。
日中国交正常化50年の節目となることし9月は、中国共産党大会の直前になる可能性も指摘されていて、日本は、そのタイミングを生かして、主体的に米中の仲立ちとなるような役割を担う必要があると思います。
日本が、中国、アメリカそれぞれと意思疎通をしっかり図ることで、地域の安定だけでなく、国際社会の利益にもつながると考えます。

(神子田 章博 解説委員 / 石井 一利 解説委員)


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