アフガニスタンで、イスラム主義勢力「タリバン」が権力を握って、ちょうど半年となります。しかし、国際社会からの支援が途絶え、深刻な食料不足のため、子どもたちを中心に多くの人々の命が失われようとしています。タリバンが支配するアフガニスタンに国際社会がどう向き合えば良いのかを考えます。
解説のポイントは、▼深刻さを増す人道危機。▼タリバンによる統治の実態。▼国際社会はどう向き合うべきか。以上3点です。
■最初のポイントから見てゆきます。真冬のアフガニスタンは、マイナス10度を下回る厳しい寒さです。ここ西部のヘラート州にある避難民のキャンプには、大勢の人々が身を寄せていますが、食料などの支援物資がほとんど届いていません。病院には、栄養失調でやせ細った子どもを抱いた親が集まっていますが、十分な治療も受けられないまま、命を失う乳幼児が相次いでいます。
この地域では、幼い娘を嫁がせる家庭が増えているということです。この男性は、3歳の娘を裕福な親戚に嫁がせる約束をして、「結納金」を前払いで受け取り、生活費にあてざるを得ないと話しています。
国連は、今年、アフガニスタンの国民の6割にあたるおよそ2440万人が、食料などの人道支援を必要とし、およそ390万人の子どもたちが栄養失調に陥り、うち13万人が命を落とすおそれがあると警告しています。そのうえで、食料、医療、保健分野などの人道支援として、今年1年間で、総額50億ドル、日本円でおよそ5800億円が必要だとして、各国に資金の拠出を呼び掛けています。一国に対する支援額としては、国連が創設されて以来、最大の金額です。
なぜ、これほどまでに、人道危機が深刻になったのでしょうか。そもそもアフガニスタンは、国家予算の8割を国際社会からの支援に頼ってきましたが、タリバンが去年8月、20年ぶりに権力を握って以来、支援が届かなくなったからです。とくに欧米各国は、かつてのタリバン政権が国際テロ組織アルカイダを匿い、女性や少数派を抑圧したことや、その後も、駐留部隊やアフガニスタン政府に対するテロを行ったことなどを問題視し、タリバンに資金が渡らないよう、支援を停止したり、制裁を行ったりしているのです。
■タリバンは、数々の公約を発表し、変化をアピールしたものの、国際社会の承認を獲得するには至っていません。
▼すべての者に恩赦を与え、▼国内すべての勢力が参加した政権をつくる。▼イスラムの教えの範囲内で、女性の権利を保障する。▼外国の脅威とはならない。などと約束しましたが、これらの公約は、事実上、反故にされた形です。
▼国連によりますと、タリバンの復権後、前の政権の関係者や兵士、外国部隊の協力者など100人以上が殺害され、うち3分の2以上は、タリバンによって報復として殺された疑いがあると見られています。
▼タリバンが発足させた暫定政権は、閣僚ポストをタリバンの幹部らが独占しました。民族的にも、タリバンの母体であるパシュトゥン人で占められ、タジク人やハザラ人など少数派の民族はごくわずかです。女性は1人も含まれていません。
▼女性の権利も十分に守られているとは言えません。タリバンの暫定政権は、「勧善懲悪省」を復活させました。男性優位の規範に基づき、女性の行動や服装を監視し、違反者を処罰する悪名高い政府機関です。女性だけで遠出するのを禁止する命令や、女性の頭髪や顔を覆い隠すことを義務づける命令を出しています。
今月、国立大学が再開しましたが、男女の学生が別々のクラスで授業を受けるよう定められ、日本の中学・高校にあたる中等学校では、女子生徒の登校がまだ認められていません。職場を追われる女性教員も数多くいます。
▼さらに、国際社会が最も懸念しているタリバンと国際テロ組織アルカイダとの関係も断ち切れていません。
▼このほか、タリバンへの抗議・批判は許されず、言論や報道の自由もありません。選挙管理委員会も廃止され、選挙や投票は行われなくなると見られます。場当たり的な命令と、武力による脅しによって、人々を従わせるのがタリバンの統治の実態であり、国民の命と生活を守ることは期待できません。
■こうした現実に対し、国際社会は、どう向き合おうとしているのでしょうか。
タリバン側は、各国に対し、政権の承認と支援の拡大を強く求めていますが、タリバンの暫定政権を承認した国は、これまで1つもなく、対話を続けながらも、政権承認は当面視野に入れていません。多くの国が支援を見合わせているほか、アメリカは、タリバンへの制裁を続けています。アフガニスタン政府が、アメリカ国内の金融機関に保有していた日本円でおよそ8000億円の資産を凍結する措置をとったため、暫定政権は著しい資金不足に陥っています。公務員の給料は、この半年、ほとんど払われていません。物価は軒並み高騰し、ひどい干ばつの影響もあって、未曾有の食料不足と人道危機が起きているのです。
一方で、こうした状況を打開するため、政権承認とは切り離した形で、人道支援を促進しようとする動きも始まっています。
▼国連安全保障理事会は、去年12月、人道支援はタリバンに対する制裁の対象とはならないとした決議案を採択しました。
▼これに連動する形で、アメリカ政府も、人道支援目的に限って、アフガニスタンへの銀行送金を認める措置をとりました。さらにバイデン大統領は、11日、国内で凍結されていたアフガニスタン政府の資産のうち、半分にあたる日本円でおよそ4000億円分について、基金を設けて、アフガニスタンの人道支援に充てると発表しました。
▼世界銀行は、凍結されていたアフガニスタン復興基金の一部を国連の機関に移管して、運用を任せています。
▼また、ノルウェー政府は、先月下旬、欧米各国とタリバン暫定政権の代表を集め、人道危機への対応を話し合いました。欧米各国は、共同声明を発表し、アフガニスタンの市民の命を守り、破綻した経済を立て直すため、支援を拡大する方針を明らかにしました。その一方で、タリバンに対しては、女性の権利を保護するよう強く求めました。
タリバンの指導部としては、国際社会から人道支援を受けられない状態が続けば、国民の不満や怒りを抑えられなくなり、再び権力の座から追われることを危惧していると見られます。国際社会からの要求には、ある程度までは、譲歩せざるを得ないと考えている様子です。実現できるかどうかわかりませんが、来月下旬の新学年の開始までに、女子の中等教育の全面的な再開を目指すと表明したのは、その一例です。
■国際社会にとって、タリバン側との複雑な駆け引きが、当分続くことになりそうですが、今、最も重要なのは、アフガニスタンの一般市民の命と暮らしを守ることです。関係するすべての国が、そのことを肝に銘じ、タリバンに譲歩を促し、協力関係を築き、国際機関や支援団体の活動を前面に立てるやり方で、人道支援を推し進めるしかありません。アフガニスタン難民の問題に取り組んだ緒方貞子さんや、農業支援に命をささげた中村哲さんの業績で、現地の人々から信頼の眼差しを向けられてきた日本も、はたしうる役割は小さくないと考えます。
(出川 展恒 解説委員)
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