冬の北京オリンピックが2月4日に開幕します。選手の活躍が楽しみな一方で、コロナ禍や、いわゆる外交的ボイコットといった国際政治の動きが大会に影を落としています。揺れる「平和の祭典」について、中国担当の石井委員と考えます。
▼ピョンチャン大会並みの活躍も
(小澤)
史上最多の109種目が行われる冬の北京オリンピック。北京は2008年に夏のオリンピックを開催していて、同じ都市で夏と冬のオリンピックが開催されるのは史上初めてです。日本からはおよそ120人の選手が参加します。
オリンピック3連覇と世界初の4回転半ジャンプの成功を目指す羽生結弦選手、1500メートルの世界記録を持つ高木美帆選手、ワールドカップ日本男子の最多勝記録を更新している小林陵侑選手ら有力候補がそろい、冬のオリンピック最多となる13個のメダルを獲得した前回ピョンチャン大会に並ぶ成績が期待されています。一方で、北京大会は去年夏の東京大会と同様に、コロナ禍での開催となります。特にオミクロン株の感染が広がって以降、国際大会が中止となったり、カーリング女子の日本代表が、カナダでの合宿から帰国せず、そのまま本番にのぞむ日程に変更したりするなど、影響も出ています。石井さん、中国の現状はどうなのでしょうか?
▼中国のコロナの現状は
(石井)
北京大会では、東京大会に続き、新型コロナウイルスの感染対策が大きな課題です。ことしの秋にも開催される共産党大会で、習近平国家主席が、党のトップを続投し、異例の3期目入りを目指すといわれる中、中国としては、オリンピックの成功が絶対に必要です。中国では、欧米などに比べれば、けた違いに少ないものの、北京で、1月、感染力の強いオミクロン株の感染も確認されるなど、国内での感染が再び拡大しています。中国政府が警戒を強めるなか、チケットは、一般向けに販売されないことになり、会場で実際に競技などを見ることができるのは、招待されたグループに限定されます。
感染対策は、「閉環管理」、「クローズド・ループ」と呼ばれ、選手や関係者と外部との接触を遮断するいわゆる「バブル方式」がとられ、東京大会よりも厳しい措置となります。東京で接種が義務でなかった「ワクチン」は、北京では、原則接種が求められます。また、「マスク」も、高性能な「N95マスク」などの着用が義務づけられます。開幕を前にIOC・国際オリピック委員会のバッハ会長と会談した習近平国家主席は、東京大会が、1年延期されたことを念頭に、今回の大会について「新型コロナウイルスが発生して以降、初めて予定通りに開催される世界的な総合スポーツイベントだ」と強調しました。
習近平指導部は、大規模な検査と、IT技術を利用し、人々に行動制限も強いて続けている「ゼロコロナ」政策を、内外に誇ろうとしているのかもしれません。
▼国際政治の動きも影落とす
(小澤)
石井さん、今回は、中国の人権状況への批判が高まり、国際政治の動きを大きく反映する大会にもなってしまっています。
(石井)
米中の政治的な対立を象徴したともいえるのが、「外交的ボイコット」です。アメリカのバイデン政権は、去年年12月、中国の新疆ウイグル自治区で人権の抑圧が続いているなどと批判し、大会に政府関係者を派遣しない「外交的ボイコット」を表明。これにオーストラリア、イギリス、カナダなども同調しました。日本は、「外交的ボイコット」という名称は使わないものの、閣僚など政府関係者の派遣を見送ります。これに対して、中国は、内政干渉だとしたうえで、「スポーツの政治化に反対する」などと強く反発しました。そして、中国は、開幕直前の1月下旬、開会式と習近平国家主席が行う歓迎レセプションに参加するため、25の国と7つの国際機関の代表が中国を訪れると発表しました。
発表では、ロシアのプーチン大統領を筆頭に、カザフスタンのトカエフ大統領など旧ソビエトの中央アジアの5つの国の大統領、またサウジアラビアといった国々の代表、さらに国連の事務総長に加えて、WHO=世界保健機関のテドロス事務局長などが、名を連ねます。しかし、そもそもロシアは、過去の組織的なドーピング問題を受けて、選手は国の代表としての参加は認められておらず、発表された国などからは、ウインタースポーツよりも、中国との関係の強さが伺えます。
また、台湾をめぐっては、選手ら代表団を派遣する台湾側が、「中国台北」という呼称などで「中国の一部だ」と扱われ、中国側の政治的宣伝に利用されると懸念しています。対立する中台関係も影を落とした形です。「政治化に反対する」という中国の主張とは裏腹に、今回の大会は、国際政治を色濃く反映したものとなっています。北京では、オリンピックのあと、3月4日に開幕するパラリンピックと重なるような日程で、中国の重要な政治イベント、全人代=全国人民代表大会も開かれます。新型コロナウイルスの感染拡大に対し、WHOが緊急事態宣言を出してから2年。最初に感染拡大が確認された中国武漢では、医師が発した貴重な警告も、当局に握りつぶされたとも指摘されています。こうした中国の姿勢は、アスリートにも影響しそうですね。
▼選手の情報発信にも懸念
(小澤)
大会組織委員会の責任者は「オリンピック精神に反した行動や発言、特に中国の法律や規制に違反するものは特定の処罰の対象となる」と外国のメディアに述べています。国際的な人権団体、ヒューマン・ライツ・ウォッチは「アスリートは監視されている」と警鐘を鳴らしました。選手がSNSなどで人権問題や人種差別への考えを主張した場合、選手はどうなるのか懸念されているのです。
(石井)
人権や表現の自由といった普遍的価値を軽視していると批判されている中国は、大会を通じて、大国として責任ある姿を示そうとするのか、それとも共産党統治の正しさを主張しようとするだけなのか、国際社会は、その姿勢を見ていく必要があると思います。
▼オリンピックの意義は何か
(小澤)
人権を巡る問題について、IOCは今のところ積極的な対応はとっていません。背景には開催への影響を避けるための配慮だけではなく、オリンピックが、これまでも独裁政権の国威発揚やテロ、ボイコットにほんろうされてきたこともあって「スポーツと政治は別で、互いに介入すべきでない」とする考えが根強いこともあると思います。ただ、オリンピック憲章の根本原則には「人間の尊厳の保持に重きを置く、平和な社会の推進を目指す」と明記されています。北京大会に向けて国連で採択された、オリンピック休戦決議でも、直接の紛争停止だけではなく、人権の尊重や、スポーツを平和の推進に活用することも求めています。オリンピックがほかの国際大会と異なるのは、こうした理念の存在があるからで、それが、120年以上オリンピックが支持されてきた大きな理由のひとつだとも言えます。アスリートが純粋に技と力を競い合えるように、原則スポーツと政治は、距離を保つ必要があります。それでもIOCはオリンピックの根幹をなす本質を守ることについては、明確な姿勢を見せるべきではないかと思います。
今大会は、オリンピックとはなにか、より一層問われているように感じます。IOCだけでなく、我々ひとりひとりにとっても、オリンピックの意義を見つめ直す機会になれば、と思います。
(小澤正修 解説委員 / 石井一利 解説委員)
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