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プーチン大統領がどう動く 揺れるユーラシア

石川 一洋  解説委員

ロシアのプーチン大統領がユーラシアを揺らし続けています。
年明け早々の中央アジア、カザフスタンの動乱ではロシア中心の平和維持軍を派遣しました。西のウクライナ国境では10万人のロシア軍が展開し、ロシアはアメリカにNATO不拡大の要求を突き付けています。ウクライナ侵攻はあるのでしょうか。そしてロシア、中国というユーラシアの大陸国家の連携はどこまで深まるのでしょうか。プーチン大統領がどう動くのか、考えてみます。

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ロシアを中心としたユーラシアの地図を見てみましょう。

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中国との間にあるカザフスタン、そしてヨーロッパとの間にあるウクライナ。ロシアにとって両国は安全保障上極めて重要な隣国です。

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まず新年早々、中央アジアのカザフスタンで国の体制を大きく揺るがす動乱が起きました。
カザフスタンは、ロシアにとっては、ロシア中心の集団安全保障条約機構CSTOと経済同盟ユーラシア経済連合にともに参加する同盟国です。
中国にとっては一帯一路の実現にはカザフスタンの協力が欠かせません。鉄道、道路、ガス石油のパイプラインなどカザフスタンが新シルクロードの玄関口となっています。またアメリカもカスピ海の巨大油田を中心に巨額の投資を続け権益を握っています。この30年間で外国からカザフスタンへの直接投資は1664億ドルを超え、そのうち380億ドルがアメリカからの投資です。

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米中ロの国益が交差するカザフスタン、巧みにバランスを取ってきたのがソビエト時代以来の指導者ナザルバーエフ初代大統領でした。2019年後継者として外交官出身のトカエフ氏に大統領職を譲った後も治安機関や軍の実権を握っていました。しかし1月の動乱はナザルバーエフ体制に突然の終焉をもたらしました。
燃料価格の値上げをきっかけとした抗議活動は、全土に広がり、南部では治安機関や政府庁舎が占拠され、商店が焼き討ちされる暴動となりました。この中で現大統領と前大統領が並び立つ二重権力の対立が明るみに出て、トカエフ大統領が、ナザルバーエフ氏の側近の治安機関トップを国家反逆罪で解任逮捕、ナザルバーエフ氏を事実上の引退に追い込んだのです。
この事態の中でプーチン大統領はトカエフ大統領を力で支えました。集団安全保障条約を拡大解釈して、ロシア中心の平和維持軍を派遣、混乱の収束とともに素早く撤退しました。権力移行の中でプーチン大統領は、トカエフ氏を支えることでカザフスタンへの影響力を大きく強めたといえるでしょう。プーチン大統領にとっては、ウクライナをめぐりアメリカと対立する中で、南のカザフスタンの混乱を一刻も早く収束したい、との思惑があったのでしょう。

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さてウクライナ国境には10万人のロシア軍が集結し、緊張が続いています。アメリカやイギリスは、大使館職員と家族の一部が退避を始めました。またベラルーシにもロシア軍が来月の合同演習に備えて展開を始めました。アメリカのブリンケン国務長官は、「ロシアはいつ侵攻してもおかしくない」と述べています。ただウクライナのゼレンスキー大統領は国民に平静を保つよう訴えています。一方ロシアはウクライナに侵攻するつもりはない、欧米こそ緊張を煽っているとしています。
プーチン大統領は何を狙っているのでしょうか。

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▼ロシアは、NATOの不拡大やロシア国境近くへのNATO軍事力の制限などロシアの安全をNATOの側が法的拘束力のある文書で保障するよう要求しています。

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▼一方欧米には、プーチン大統領がウクライナのドニエプル川の東側をロシアの歴史的な領土であると考え、ロシア帝国のような大ロシアの復活を目指しているのではとの懸念があります。
もっとも緊迫しているのはウクライナ東部のこの地域、ドネツク州とルガンスク州の一部で、親ロシアの分離派が独立を宣言、紛争となりました。今は停戦協定ミンスク合意が結ばれています。ウクライナ軍と分離派武装勢力が対峙し、緊張が続いています。26日にはパリで紛争の政治解決に向けたロシア、ウクライナ、フランス、ドイツの高官協議が行われ、無条件で停戦を維持することでは一致し、二週間後に再び会談することになりました。
今懸念されているのは、分離派支配地域への限定的な介入よりも、ロシアの本格的なウクライナ侵攻です。
私は、今の危機の中でプーチン大統領の目的が、ロシアの安全保障なのか、それとも大ロシアの復活なのかで、状況は大きく異なるとみています。
もしも大ロシアの領土的な復活を目指しているのなら、危険な状況です。プーチン大統領自身もこ去年夏のウクライナに関する論文の中でウクライナ人とロシア人は一つの民族と書いています。孤立をしても良いから大ロシアの復活を目指すべきだとの考えをもつグループも存在しています。きわめて危険な考え方です。

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もしも本格的な侵攻をした場合、軍事力ではロシア軍はウクライナ軍をはるかに上回っています。ただウクライナ軍もヨーロッパ3位の兵力を持ち、ロシアとつながりの深い東部であってもロシア軍は激しい抵抗を受けるでしょう。加えて欧米はロシアへの厳しい経済政策をとるでしょう。中国もロシアの侵攻を明確に支持するとは思いません。侵攻は、ロシアの国際的孤立を深め、アフガニスタンのような長期的な泥沼の戦争になる可能性もあるのです。それでも大ロシア主義に基づく考え方でプーチン大統領が動く場合、本格侵攻する恐れは、残念ながら排除できません。

しかし現段階でロシアが要求しているのは、安全保障の要求です。

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私はプーチン大統領が大ロシア主義ではなく、欧米との対立が厳しくなる中で、いわば冷戦終結後の関係を清算し、ロシアと欧米の対立の時代における安全保障の枠組みを求めているのではないかという見方に傾いています。そうであれば侵攻の可能性はかなり低くなります。何故ならウクライナに侵攻することはロシアの安全保障をむしろ危うくするからです。

ロシアが公表した欧米への要求です。
▼NATOのさらなる東方拡大の停止、
つまりNATO加入の門を閉めるよう要求しているのです。
▼相手国を攻撃可能な中短距離のミサイルをお互いに配備しない。
▼NATOの軍備を1997年当時のレベルに制限する。
26日アメリカはロシアに文書での回答を渡しました。「加入の門を閉ざせ」という要求はNATOの基本原則に反するとして拒否しました。短中距離のミサイル配備や軍備管理については、交渉する姿勢を見せています。ラブロフ外相は「真剣な対話の始まりを期待させる内容がある」とする一方「NATO不拡大という主要な課題に前向きな反応がない」としています。困難な交渉が予想され、決裂もあり得ます。

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その場合、私は、ロシアは二つの行動をとる可能性があるとみています。一つは、核兵器搭載可能な中距離ミサイルを同盟国ベラルーシや、ポーランド国境にあるカリーニングラードなどに配備することです。アメリカからの対抗措置は想定済みで、お互いに仮想敵国と認めたうえで、リスクを高めた中で均衡をはかり、共存を図ることです。
もう一つは中国との軍事面での協力をさらに進めることです。
ロシアと中国は去年6月、2001年に締結された中ロ善隣友好協力条約を延長しました。中ロは軍事協力を含めた戦略的なパートナーではあるものの当面同盟関係にはならないということを意味します。また中ロには中央アジアで影響力を競うなど同床異夢の面があります。しかしアメリカとの新たな冷戦が固定化する中で、一気に同盟とはいかないものの、それに向けて一歩踏み出す可能性はあるとみています。中ロが軍事同盟に近づくことはアメリカが最も恐れているからです。

今回の危機は、ロシアと中国というユーラシアの大陸国家が連携を深め、自由と民主主義を掲げるアメリカという海洋国家を中心とした陣営と対立する構図がますます明確になったといえるでしょう。
戦争か、平和か。様々な形での外交が今行われています。ウクライナでの戦争は、ウクライナはもちろんロシアにとっても悲劇的な結果となります。外交努力によって緊張緩和に向かうことを望みます。

(石川一洋 解説委員)

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