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コインハイブ 最高裁で無罪 判決の意味をわかりやすく解説

三輪 誠司  解説委員 山形 晶  解説委員

あるコンピューターのプログラムを使うことがネット犯罪にあたるのか、司法の判断が注目された刑事裁判で、20日、最高裁は無罪という判断を示しました。
注目されたのは、被害というほどの大きな影響はなく、犯罪とはいえないのではないかという声が上がっていたためで、最高裁は、技術の進歩が目覚ましいインターネットの可能性を考慮し、社会的に許容される範囲だと判断しました。
社会的な議論よりも捜査が先行したことに対して警鐘を鳴らすものとも言えます。
判決の意味や影響について考えます。

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【コインハイブとは?】

コインハイブは、ウェブサイトの管理者が暗号資産で利益を得るサービスの名前です。
2017年から2年間提供されていました。

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コインハイブを利用する人は、自分のサイトに特殊なプログラムを組み込みます。
サイトは、不特定多数の人が閲覧しますが、このプログラムは、閲覧した人のコンピューターにコピーされます。
そしてそのコンピューターの上で動き、暗号資産を獲得するマイニングという動作をします。
獲得された暗号資産は、サイトを設置した人のものとなります。
サイトを訪れる人が増えるほど、マイニングをするコンピューターが増え、多くの暗号資産が、サイトの管理者のものになるという仕組みです。

【コインハイブのモラル】

このコインハイブは、サイトの運営費を稼ぐ新たな手法となるという人もいます。
サイトの運営費は、バナー広告などで賄うケースが一般的ですが、広告が多いとページが雑然とします。
コインハイブは画面に何も表示しないため、デザインを崩すことが無く、見やすくなるという意見です。
しかし、コンピューターウイルスと同じではないかという意見もあります。

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利用するプログラムは、コンピューターから情報を盗み取ることはありませんし、サイト閲覧ソフトを閉じれば、プログラムも消えます。
しかしサイトを閲覧した人のコンピューターの上で、無断で実行されるからです。
これに対して、ITの専門家からは、技術的にはネット広告と同じだという意見が出ています。
特に動画を使った広告は、閲覧した人のコンピューター上で動き、広告掲載料がページの設置者に支払われます。
このため、閲覧する人に無断でコインハイブを動かすのはモラル違反ではあるものの、犯罪には当たらないという意見です。

【刑事裁判に】

こうして意見が分かれ、社会的な評価が定まらない中で、捜査機関は、コインハイブを違法なコンピューターウイルスだとみなし、使っていた人たちの摘発に乗り出しました。

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今回、裁判で争われたケースでは、5年前、コインハイブを自分のサイトに組み込んだウェブデザイナーの男性が起訴されました。
コインハイブがサイトの運営資金の獲得につながるのか試してみたということですが、この行為によって刑事裁判の被告の立場に置かれました。
適用されたのは、サイバー犯罪対策として2011年に設けられた、刑法の「不正指令電磁的記録」に関する罪、いわゆる「コンピューターウイルスに関する罪」です。
正当な理由なくウイルスを作成したり、提供したり、保管したりすると処罰の対象になります。
今回のケースでは、コインハイブをサイトに組み込んだことが、ウイルスを保管する罪にあたるとされました。
しかし、何がウイルスにあたるのか、条文には解釈の余地があり、立法の段階から、捜査機関の解釈しだいで、処罰すべきではないものまで摘発の対象になってしまうのではないかという懸念の声が上がっていました。
そして被告となった男性が無罪だと訴えたため、この議論は刑事裁判に持ち込まれることになりました。

【裁判の争点は】

違法なウイルスにあたるかどうかは、条文に書かれている2つの要件を満たすかどうかで判断されます。
「利用者の意図に反しているか?」「社会的に許容されないような不正か?」
裁判はこの2つが争点になりました。

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1つ目に関しては、1審の横浜地裁も、2審の東京高裁も、利用者の意図に反するものだと認めました。
サイト上には、コインハイブについては何も表示されず、閲覧した利用者には、自分のコンピューターが使われていることがわからないからです。
しかし、2つ目の、社会的に許容されないような不正かどうかは、判断が分かれました。
1審は社会的に許容されないものではないとして、無罪を言い渡しました。
これに対して2審は、社会的に許容されないとして、罰金10万円の有罪判決を言い渡しました。

【最高裁の判断は】

最高裁はどう判断したのか。
結論は、1審と同じく無罪でした。

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意図に反しているという点は認めましたが、社会的に許容されるとして、違法なウイルスではないと判断しました。
最高裁がまず注目したのは、他人のコンピューターに与える影響です。
コインハイブが組み込まれたサイトを閲覧すると、その人のコンピューターは処理速度が遅くなったり消費電力がやや増えたりしますが、最高裁は、「閲覧者がその変化に気付くほどのものではなかった」と指摘しました。
そして、最も重視したのは、コインハイブの利用法です。
今や、ウェブサイトを通じた情報の流れは、社会に欠かせません。
最高裁は、サイトの運営者が利益を得る仕組みは社会にとって重要だという判断を示し、コインハイブはまさにそのために使われた仕組みだと指摘しました。
そして、同じ仕組みとして広く普及しているネット広告と比較して、コンピューターに与える影響の程度に差はないことなどから、社会的に許容できると認めました。

今回の判決が意味するものは何でしょうか。
最高裁も、利用者の意図に反するものだったことは認めました。
コインハイブに対して批判的な意見が出ていたのも、まさに「勝手にコンピューターが使われる」という点に問題がありました。
ただ、最高裁は、「社会的に許容されるかどうか」というもう1つの要件を重視し、慎重に検討すべきだという姿勢を示しました。
仮にコインハイブが、誰もが不正なウイルスだと考えるようなものであれば、結論は違ったものになったはずです。
今回の判決は、社会的な議論よりも捜査が先行することに対して、警鐘を鳴らすものになったとも言えます。

【ソフトウェアは悪用も有効活用も】

新しい技術と捜査の関係をどう考えればいいのか。
ポイントとなるのは、ソフトウェアは、使い方によっては、悪用もでき、有効利用もできるというものが多いということです。

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例えば、コンピューターを遠隔操作する技術、または、通信内容を暗号化するソフトウェアです。
これらは、企業などのコンピューターに不正アクセスして情報を盗み出したり、犯罪グループが身元を隠したりするために悪用できます。
しかし、遠隔操作ソフトは、リモートワークをするために利用できますし、暗号化ソフトはプライバシーの保護には欠かせません。
悪用することが可能だからといって、そのソフトを開発・利用することを安易に犯罪と認定してしまうと、時代のニーズに応じた技術を生み出すことはできません。
もし、今回のコインハイブのように、モラル違反のプログラムを防ぐには、いきなり犯罪と認定しなくても、セキュリティーソフトを入れて、自分のコンピューターでは動かないようにすることもできます。
違法かどうか議論となっている技術に関しては、まずは技術的な防止方法を示し、その後、必要があれば、社会が納得できる法解釈や、法律の改正をしたあとで取り締まるべきだと思います。

現代社会にとって、サイバー犯罪は重大な脅威です。
明らかに不正なウイルスは摘発すべきですが、どこまで広げるのかは慎重に判断すべきで、今回の最高裁の判決は、重要な目安となります。
捜査機関には、新しい技術に与える影響を自覚した上で捜査にあたってもらいたいと思います。

(三輪誠司 解説委員 / 山形晶 解説委員)

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