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2022春闘 賃上げの流れ 作れるか 問われる経営者の覚悟

今井 純子  解説委員

経団連は、18日、春闘に向けた経営側の指針となる報告書を発表しました。去年、十倉会長が就任してから、初めてとなる今回の報告書は、「ヒト」が最も重要な経営資源だと位置づけ、「賃金の引き上げ」。そして、「人への投資」を強く呼びかけているのが大きな特徴です。ただ、これで本当に、賃金引き上げの流れをつくることができるのでしょうか。この問題について考えてみたいと思います。

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【賃上げが焦点】
働き方や格差の是正など様々なテーマがある中、今年の春闘では、例年以上に賃金引き上げが大きな焦点となっています。

(賃上げの要求)
まず、連合は、年齢や勤務年数に応じた「定期昇給分」と、基本給を引き上げる「ベースアップ」。あわせて、4%程度の賃金引き上げを求めています。去年の要求と同じ水準ですが、働く側の切実さは増しています。エネルギーや原材料などの価格が上がっていること、そして円安の流れを受けて、国内でも物価が上がっているからです。日銀は、18日、来年度の消費者物価の見通しについて、+1.1%に引き上げました。特に、生活必需品の値上げがめだっています。それ以上に賃金が上がらなければ、家計にとっては、負担が増すことになります。

(政府の期待)
そして、賃金引き上げに追い風を送っているのが、「成長と分配の好循環」を掲げる岸田総理大臣です。業績が回復している企業に3%を超える賃金引き上げの期待を示し、
▼ 賃金を上げた企業について「賃上げ税制を拡充」したり、「政府調達での優遇」の仕組みを導入するなど、後押しする政策を次々、打ち出しています。

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(業績の回復)
企業の業績にも回復が見られます。運輸や飲食など、コロナの影響で依然、厳しい業績の企業もありますが、世界的な経済回復、そして、国内の消費にも回復傾向がみられることから、全体として、上場企業の今年度の業績は、過去最高益となる勢いです。企業が抱える現金・預金も321兆円と、一段と積み上がっています。

【経団連の報告書】
こうした中、経団連が発表した報告書は、「賃金の引き上げ」「人への投資」を、強く呼びかける内容となっています。

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(賃上げ)
まず、賃金の引き上げについては、「企業の責務」だとしています。
ただ、業績のばらつきが拡大している中、あくまでも各社の実情に沿って、企業が主体的に決めることが重要だとし、
▼ 収益が好調な企業については「ベースアップの実施を含め、新しい資本主義の起動にふさわしい賃金引き上げが望まれる」として、積極的な賃金引き上げを呼び掛けています。ここ数年、前向きな時でも、ベースアップについては「選択肢」あるいは「ベースアップにこだわらず」といった表現にとどまっていたのと比べて、一歩踏み込んだ形です。
▼ 一方、収益が厳しい企業については、雇用の維持が最優先だとした上で、複数年度にわたる方向性の検討をすること。つまり、今年難しくても、今後どのように事業を立て直し、どう賃金を上げていくのか。労使で話し合うことも一案だとしています。先行きへの明るい展望を示すべきという、これまでにはない呼びかけです。

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(人への投資)
また、報告書は「ヒト」が最も重要な経営資源だと明確に位置づけました。そして、「成長と分配の好循環」を創り出すため。つまり、賃金引き上げを、一年限りではなく、長く続けていくためには、「企業の稼ぐ力」を増す必要がある。そして、そのためには、人への投資が大きなカギを握るという考えを示しています。具体的には、
▼ 事業の見直しや効率化に必要な、デジタルや環境などの技術や知識について、非正規社員を含めた社員が学び、能力、意欲を高めることができるよう、企業主導で、研修や勉強会、大学との連携など、様々なプログラムを提供すること
▼ 外で自主的に学びたいという社員を支援するために、柔軟な勤務制度や休暇の拡充、副業の推進など、多様な働き方を整えること
▼ また、職を失った人を含め、希望する多くの人が、成長する分野でより高い賃金を得ることができるよう、国や自治体と連携して、企業が求める技術や知識を職業訓練に反映させるよう見直していくことが大事だという考えも盛り込んでいます。

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(中小企業への協力)
さらに、報告書は、中小企業への協力も、柱のひとつとして掲げました。
もともと、中小企業の間からは、仕入れ価格が上がっても、取引先の大企業が適切に価格に転嫁させてくれない。そのため、賃金を上げる余裕がないという声が上がっています。政府も、大企業に対し、いわゆる買いたたきをしないよう強く求めています。これに対して、報告書も、「働く人の70%近くを占める中小企業の活性化が日本経済全体の最重要課題だと言っても過言ではない」と指摘。中小企業が、賃金を上げて、必要な人材を確保できるよう。そして、社会の格差の拡大を食い止めるためにも、経団連の会員企業に、中小企業との取引価格を適正な価格にするよう、呼びかけました。

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【評価・背景・課題】
(評価)
経営側は、長年、人件費を「コスト」とみなし、いかに、減らすかに力を入れてきました。その結果、日本の平均賃金は、「安いニッポン」と揶揄されるほど、低い水準になっています。その一方、年功序列の賃金体系を見直して、ITやAIなど最先端の技術や知識を持っている優秀な人材については、高い賃金で採用したりつなぎとめたりする動きを進めていました。

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それを、今回、経団連が、企業、そして社会全体で働く人への投資に力を入れ、長期的に日本の賃金水準を引き上げていくことが大事だという考えを打ち出したことは、率直に評価したいと思います。

(背景)
経団連が、ここまで人への投資を訴えた。その背景には、コロナの影響もあって「デジタル化」「グリーン化」に向けた、世界的な競争が、一段と加速していることへの危機感があります。安くて良いものを大量生産していた時代とは違い、企業には、顧客などのデータを分析し、課題やニーズを解決するサービスを提供することが求められています。社員に求められる能力も大きく違ってきます。ところが、ITなどの分野では、人材が圧倒的に不足しています。
▼ 企業が生き残るには、社外から、優秀な人材を採りあうだけでなく、社内の人材を再教育し、また、広く社会の人材を底上げする。その上で、新しい分野で働き続けてもらうためには賃金の引き上げが欠かせない。報告書からは、経団連の、こうした危機感が浮かび上がってきます。

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【課題】
ただ、問題は、実際に、どの程度、賃金引上げにつながるのか。という実効性です。
経団連の報告書は、加盟企業の幅広い意向を含めながら作ったもので、一定の影響力はありますが、強制力はありません。
オミクロン株の登場でコロナの感染が、急拡大しています。政府は、まん延防止等重点措置を適用する地域に13の都県を追加することを決めました。逆風は増していますが、コロナ後も見据え、競争力を高めるために、どう思い切った賃金引き上げ。そして、社員の育成に取り組むのか。経営者の覚悟が問われることになります。

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【まとめ】
今年の春闘は、来週から事実上、労使の交渉が始まります。今度こそ、多くの人が、賃金は上がっていくと希望を持つことができるよう。経営者のリーダーシップ、決断に期待したいと思います。

(今井 純子 解説委員)

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