はるか8000キロ離れた南太平洋で起きた海底火山の噴火で津波が日本まで押し寄せました。気象庁が観測したことのない津波で、地震を前提にしたシステムは機能せずに警報の発表が遅れました。なぜ予測よりも高い津波が、予測より早く来たのか。そのヒントは56年前に書かれた論文にありました。
▼噴火と警報発表の経緯を振り返ったうえで
▼予測より「早く」、「高った」津波の謎
▼火山噴火に伴う津波への備えを考えます。
【噴火と警報発表の経緯】
日本時間の15日午後1時ごろ、南太平洋のトンガ沖にある海底火山が大噴火しました。
衛星画像で噴煙が300キロ以上に広がっていく様子が捉えられました。
その前日にトンガから撮影された映像です。15日の噴火はこれをはるかに上回る規模で専門家は1991年のフィリピンのピナツボ山の噴火に匹敵するか、ひとまわり小さい規模の噴火だったと見ています。
噴火のあと津波が発生し、日本にも到達して高知県などで30隻を超える船が沈没・転覆するなど各地で被害が出ました。
津波はアメリカや南米の海岸にも押し寄せ、ペルーでは女性ふたりが高波にさらわれ死亡しました。
今回、気象庁の対応は後手、後手にまわり、津波警報の発表は津波が到達した後でした。
噴火6時間後の午後7時過ぎに「多少の海面変動はあるかも知れないが被害の心配はない」と発表しました。
午後8時ごろから潮位の変化が観測され始めましたが、到達予想時刻より大幅に早かったため津波の第一波とは判断しませんでした。
ところが午前0時前になって鹿児島県の奄美大島で津波警報の基準である1メートルを超える津波が観測されため急遽、津波警報と津波注意報を発表しました。その後、岩手県も津波警報に切り替えましたが、それも実際に1メートルを超える津波が観測されたあとのことでした。
なぜ警報は遅れたのか。気象庁は「通常の地震に伴う津波とは異なる潮位の変化だったため判断が難しかった」と説明しています。
【予測より「早く」「高かった」津波の謎】
判断が難しかったのは、今回の津波には、普通の、つまり地震による津波とは大きく異なる2つの特徴、いわば「謎」があるからです。
▼ひとつめは津波が早く来たことです。
地震による津波が伝わる速度は海の深さによって変わりますが、どの津波でもほぼ同じです。噴火があった場所を起点に計算すると日本には10時間あまりで到達するはずでした。
しかし今回の津波はそれより2時間前後も早くやってきました。
▼もうひとつは日本付近で津波が高くなったことです。
地震による津波は発生場所に近い海岸ほど高くなるのが一般的です。しかし今回、トンガに近いミクロネシアの島々では潮位変化が10センチから30センチだったのに日本では1メートル前後に達しました。
では、それぞれ、どういう理由が考えられえるのでしょうか。
専門家が注目するのは日本付近で急激な気圧の変化が観測されたことです。
各地で噴火から7時間ほどあと、30分ほどの間に2ヘクトパスカル上昇していました。
これは爆発的な噴火で強い空気の振動「大気波動」が起こり、それが日本まで達したものと見られています。
2ヘクトパスカルというのは海面を2センチ押し下げるくらいの気圧変化で、津波の第一波が観測された前後に起きていました。こうしたことから今回の津波は地震による津波とは全く違い、空気の振動「大気波動」によって引き起こされたため、早く到達した可能性が指摘されています。
では日本付近で津波が高くなったのはなぜなのでしょうか。
専門家は昔の大噴火とそれに関する論文に注目しています。
今から140年ほど前の1883年にインドネシアの島で大噴火がありました。このとき太平洋をはさんだアメリカ西海岸で数十センチの津波が観測され、その詳細な記録が残されていました。
その80年後の1966年、アメリカなどの科学者がその記録を詳しく解析し直し、新たな理論を提唱しました。爆発的噴火が起こると強い空気の振動「大気波動」が起こり、それと海面が共鳴することで、離れたところで津波が高くなる、というものです。
この論文は一部の専門家の間では知られていましたが、実際にそうした現象が起こることがなかったため、これまで注目されることはありませんでした。
地震波や津波に詳しい東京大学地震研究所の綿田辰吾准教授は今回も同様のことが起きたのではないかと考えています。
メカニズムは次のようなものです。
爆発的噴火によって強い空気の振動「大気波動」が起こり広がります。それが日本付近に達して津波の第一波を引き起こします。第一波が早かったのはこのためです。
一方、大気波動でもそれより遅れて、あとから伝わるものがあります。
あとから伝わる波動と津波の、「波長」と「移動速度」それぞれが一致。
空気の振動と海の振動が「共鳴」したことで津波が高くなり、長い距離を移動するほど、つまり遠くなるほど津波が高くなったと分析しています。
今回は南米のチリでも1メートルを超える津波が観測されています。
綿田准教授は現段階での仮設だとしたうえで「こうした現象は理論的に起こりうることは知られていたが、実際に観測されたことに驚いている。さらに詳しく解析をしたい」と話しています。
多くの専門家が同様の見方を強めていますが、謎の多い今回の津波について調査や分析を進め、火山噴火に伴う津波の把握と情報の出し方を見直す必要があります。
【火山噴火津波にどう備えるのか】
では火山活動に伴う津波に今後、どう備えればよいのでしょうか。
今回は強い空気の振動によって引き起こされた可能性が指摘されていますが、
ほかにも噴火などで大津波が起こることがあります。
▼噴火に伴って地上や海中で山体が崩壊した場合
▼火山活動に伴って地震が発生して津波を引き起こす場合
▼吹き上がった噴出物が海面に落下したり、横方向に噴出したりして津波を起こす場合、
▼さらに噴火後にカルデラが陥没して津波を引き起こすこともあります。
こうした大津波は過去、日本でも起きていています。
▼長崎県の雲仙岳では1792年に火山活動に伴う地震で山が崩壊して海に流れ込み、対岸を津波が襲って1万5000人が死亡しました。
▼同じころ北海道南西にある渡島大島でも噴火で山体が崩壊し、大津波が発生して対岸で1500人近い死者が出たと記録されています。
火山活動に伴う津波はまれなうえ予測がきわめて難しいため特段の監視体制はありません。しかし「想定外」の事態を避けるために、少しでも早く事象をつかむ監視や情報伝達の仕組みを考えておく必要があるでしょう。
噴火した火山に近いトンガの現状について航空機からの写真で広い範囲に津波が押し寄せ、火山灰が積もっている様子が伝えられましたが、通信手段がいまだに回復しておらず詳しい状況はわかっていません。各国が協力をして被害の確認と救助、救援を急いでもらいたいと思います。
(松本 浩司 解説委員)
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