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2022年 東証市場再編 企業の改革につなげるには

関口 博之  解説委員

東京証券取引所は4月、新たな3市場へ再編されます。
今年の経済界の大きなイベントの一つです。
おととい11日には、東証が各企業の移行先を発表しました。
市場の再編を日本企業の改革にどうつなげるかを考えます。

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東証の市場はこれまで、東証1部、2部、ジャスダック、マザーズの4つでした。

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例えば、新興企業はジャスダックとマザーズに分かれているなどそれぞれの市場のコンセプトが明確でない上、最も上位の東証1部が上場企業全体の6割と圧倒的に数が多く、いびつな構成です。

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最上位といいながら中身は「玉石混淆」なのも実態で、東証の時価総額はニューヨークやナスダックに遠く及ばず、ユーロネクストや上海にも抜かれ、5位に甘んじています。
日本の株式市場の魅力を高め、投資資金をもっと呼び込むこと、これが今回の市場再編の狙いです。

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新市場は、事実上の最上位になる「プライム市場」と、「スタンダード市場」「グロース市場」の3つになります。
それぞれの市場のコンセプトもはっきり決められました。

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「プライム市場」はグローバルな投資家との対話を中心に据え経営する企業。つまりグローバル企業を想定しています。
このため、上場基準も厳しく設定されました。
流通株式の時価総額は100億円以上、流通株式の比率も全株式の35%以上必要です。
コーポレートガバナンス・企業統治の面でも、独立社外取締役が全体の3分の1以上必要など、高い水準を求められています。

「スタンダード市場」は一定の株の流通量があって、一般投資家が円滑に売り買いできる企業向け。実績のある中堅企業・安定企業というイメージです。

「グロース市場」は高い成長可能性を有する企業向けです。
新興企業やベンチャーなど、リスクもあるけれど、成長も期待できる企業を想定しています。

この区分に従い、各企業は昨年末までに、どの市場を希望するか、申請を行い、それを踏まえた移行先を、東証が発表しました。
その結果がこちら。

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「プライム市場」に移るのは1841社。
今の東証1部・2185社のおよそ84%です。
当初、「プライム市場」はもっと数を絞り込むという考え方もあったのですが、結果的には大半が「横滑り」「平行移動」を望んだ形です。
「スタンダード市場」を選んだのは1477社、このうち、東証1部から移るのは344社でした。
「グロース市場」は459社となりました。
全体的にほぼ大方の予想通りで、あまり変わり映えがしないと、冷ややかな見方もあります。

ただ私は、市場再編に意味がないとは思いません。
企業の選択からは、それぞれ戦略や、将来像が伺えるからです。

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中には「プライム市場」を選ばず、「スタンダード市場」への移行を決めた会社があります。
焼き肉のたれで知られる「エバラ食品工業」や、北九州が地盤の老舗デパート「井筒屋」などがその例です。

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エバラ食品工業は、プライム市場への上場基準はクリアしていましたが、中には将来、満たせなくなる恐れのある基準もあり、株主には安心して投資を続けてもらえるようスタンダードにしようと考えました。
さらに、限られた経営資源をプライム維持のための実務に費やすよりは、新商品やサービスの開発、人材育成に振り向けることが自分達らしいやり方だと判断したとしています。

井筒屋の場合は、プライム市場の基準との乖離が大きかったことも理由でした。
ただ、それ以上に、自らのビジネスは「地元に根ざした百貨店」、それが存在意義であり、株主も国内中心なので、スタンダードが自社の現状に合うと考えたとしています。
どちらも自らの「身の丈」、つまり特性にあわせて最適な市場を選んだ点で、筋の通った戦略的判断といえます。

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一方、今のマザーズから2段階アップで「プライム市場」を目指すと宣言したのが、フリマアプリの「メルカリ」とオンライン診療システムなどを手がける「メドレー」です。
どちらも、まずは「グロース市場」に移った上で、時期は未定ながら、「プライム市場」への申請を準備するとしています。
ベンチャーが将来を見据え、社員の士気を高めるためにも「挑戦する姿勢」を示したものといえます。

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また今回の移行では「経過措置」も設けられました。
例えば東証1部の企業がプライム市場の基準を今は満たしていなくても、達成に向けた計画書を出せば、移行が認められるのです。
東証1部から経過措置を使ってプライム市場へ移るのは296社にも上りました。

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計画書では多くの企業が、業績の改善や企業価値向上の努力、さらには自社株買い等の株主還元策を掲げています。
いずれも、投資家が望む株価上昇を狙ったものです。
ただ経過措置には「何年以内」という期限が今のところありません。
中には、達成は2030年末という企業もあり、実現可能性には疑問符もつきます。
プライム市場を選んだ企業には、最上位のステータスが信用力や人材の採用といった面でやはり有利なので残りたい、こんな本音があったのかもしれません。

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東証の新市場は4月4日にスタートしますが、「これで終わりではなく、むしろ再編後のこれからが大事」市場再編にむけ、企業への支援などを行ってきたみずほ信託銀行の企業戦略開発部では、こうアドバイスしています。

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まず、経過措置の計画書を出した企業は、この先毎年度、進捗状況を東証に報告しなければなりません。
未達成が続けば、株主総会でも追及されるでしょう。

さらにスタート時点では基準を達成したものの、その後に脱落してしまう企業もあるかもしれません。

また基準自体が今後、引き上げられる可能性もあります。
最上位というには、時価総額のハードルなどがまだまだ低い、という海外からの指摘もあり、東証もいずれ見直す考えを示唆しています。
企業に一層の規律を求めるなら、市場改革もさらに進めていく必要があるのです。

そうなると、企業は常に気を抜けないことになります。
企業価値を高め、株価を上げるため、いわば「尻を叩かれ続け」今までのように「黙っていても東証1部」と安穏としていられない、そんな時代に入るわけです。

最後に、こうした時代に企業が取り組むべきことを改めて整理しておきたいと思います。

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グローバル企業のためのプライム市場では、企業に「株主・投資家との建設的な対話」が求められます。
そもそも、これが市場活性化の理念でもあるからです。

「成長戦略のさらなる練り直し」も必要でしょう。その上で、人材や設備投資、研究開発など成長に必要な投資を行うことです。

また今やグルーバル企業に欠かせないものになっている脱炭素化への取り組みとその情報開示も必要になります。

重視すべきは株主だけではありません。従業員や取引先、地域社会などを大切にする基本姿勢も不可欠です。
こうした経営改革を幅広く、かつ高い次元で行っていくべきです。

東証の再編は株式市場だけでなく、企業にとっても大きな転機です。
これを日本企業の成長力の強化に繋げるきっかけにしたいものです。
それこそが、岸田内閣が掲げる「成長と分配の好循環」や「新しい資本主義」実現への一歩にもなるのだと思います。

(関口 博之 解説委員)


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