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コロナ禍で広がるワクチン不平等と経済の格差

河野 憲治  解説委員長

世界は、新型コロナウイルスの変異株の脅威とともに、新しい年を迎えました。世界は再び不安感に覆われています。さらにコロナ禍で浮かび上がった「不平等」という傷口が広がり、国際社会にとって大きな不安定要素となっています。

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ことし世界でなにが大きなリスクとなるのか。
国際情勢の分析で知られるアメリカの調査会社が3日発表したリストです。
トップは、新型コロナをめぐる動きです。とくに「ゼロ・コロナ」を掲げて強硬な措置をとってきた中国が封じ込めに失敗する可能性を指摘。その経済的な影響が世界に及びかねないと警告しました。
調査会社の代表で国際政治学者のイアン・ブレマー氏は、コロナの感染拡大が続く世界のリスクについて、「ワクチン普及の格差などのため、経済の回復で世界的な不平等が生じている。途上国では、政府への不満が高まり、政情不安が広がりかねない」と指摘しています。

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ワクチンをめぐる不平等は深刻です。
オミクロン株の急速な拡大で、新たな感染者数は各国で過去最多を更新し、世界で一日に報告される感染者の数は150万人を超えました。
世界でのワクチンの普及率をみますと、少なくとも1回ワクチンを接種した人は、世界平均でおよそ60%。しかし中東やアフリカでは接種が遅れていて、アフリカでは人口の13%にとどまっています。
ワクチンを調達できない貧しい国に対しては、国際的な枠組み「COVAXファシリティ」を通して調達・供給が行われていますが、先進国からの寄付が滞ったことなども背景に、分配できたのは目標の4割程度にとどまっています。
今後各国で3回目のブースター接種が加速すれば、その分、貧しい国への供給はさらにしわ寄せをうけかねません。
WHOのテドロス事務局長は「ワクチンが行き渡らなければ感染が続き、新たな変異株が発生してパンデミックは収束しなくなる」と警告。国際社会の協力を強く訴えています。

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また国連によりますと、貧しい国々では、いわゆる「極度の貧困」、日本円で一日200円以下の生活を送る人たちが数十年ぶりに増加に転じました。
日本は先月も貧しい国々への援助として、世界銀行を通して、これまでで最大の3700億円余りの拠出を表明しましたが、ひきつづきワクチン普及、貧困解消にむけたリーダーシップが期待されています。

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富の不平等も、世界中で拡大しています。
最新の調査では、世界で保有資産が上位10%に入る人たちが、富の4分の3を独占しています。
各国の国内でも、格差の拡大が目立っています。
各国で上位1%の超富裕層が占めている富の割合は、コロナの感染が広がり始めた2020年には多くの国で増加に転じました。資産家はますます豊かになり、一般市民との差はさらに広がっているのです。
コロナ禍での財政出動や金融緩和によるマネーが市場に流れ込んだ結果、株価の上昇で資産家の富はますます膨らむかたちになっています。
富の不平等の拡大は、厳しい生活を強いられている人たちの不満を高め、政治的な不安定化につながると指摘されています。

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このため各国は、国民への再分配政策に相次いで乗り出しています。
アメリカではバイデン政権が、子育て支援などを盛り込んだ大型の「より良き再建」法案の成立をめざしています。しかし与党内の反対を抑えきれず、法案の成立は不透明なままです。
中国では、習近平国家主席が「共同富裕」を唱え、社会への還元だとして、大手企業に巨額の寄付を促しています。高額の報酬を手にする人気俳優を脱税で摘発し、巨額の罰金を払わせたりもしています。
日本でも岸田政権が「成長と分配の好循環」を掲げ、介護や保育に従事する人たちへの賃上げなどを進めています。しかし歳入の不足を補うためには新規の国債発行に頼らざるを得ず、国債発行残高が1000兆円を超えるなど、借金頼みの体質への懸念も強まっています。
財政基盤の弱い国々のなかには、コロナの感染収束が長引けば、国家財政が破綻するところも出てきかねません。
格差是正に向けた政策の成否は、その国の安定にかかわる課題となっています。

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こうした地球規模の課題解決のうえで望ましいのは、影響力のある国家による協調した取り組みです。
しかし、世界の大国、アメリカと中国は、気候変動対策では一定の協調姿勢を示したものの、そのほかの国際問題では対立が際立っています。
国連安全保障理事会では、アメリカと対立する中国にロシアも加勢することで、何も決められない、事実上の機能不全といえる状況が続いています。

アメリカのバイデン政権は、中国を「最大の競合国」と位置づけ、対決姿勢を強めています。台湾周辺や南シナ海での軍事活動の活発化、ウイグルの人たちに対する人権侵害などに加え、とくに懸念するのが、中国による極超音速ミサイルの開発です。
核弾頭の搭載が可能で、核戦力のバランスを崩すものだと強く警戒しています。
アメリカはインド太平洋地域で、日本・オーストラリア・インドの3か国を加えた「クアッド」、そしてイギリスとオーストラリアとの軍事同盟「オーカス」という新たな枠組みをつくり、中国の影響力拡大を抑え込んでいこうとしています。
アメリカは、近く中国を念頭に「国家安全保障戦略」や「インド太平洋戦略」を発表する見通しで、日本など同盟国との協力強化が改めて打ち出されるものとみられます。

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いっぽう、中国は、2月と3月に冬のオリンピックとパラリンピックを控えています。
アメリカが「外交的ボイコット」を表明するなか、習近平主席としては大会を成功させ、国威発揚につなげたいところです。
また習近平主席は、秋に予定される5年に一度の共産党大会で党のトップを続投し、異例の3期目を目指しています。それにむけて、着々と権力基盤を固めています。

アメリカの外交専門家のなかには、「習近平主席は秋の共産党大会が終わるまでは、外交上の失点を避けるため、対外的に慎重になるのではないか」という見方があります。
ただ、台湾周辺で米中の軍事的な活動が活発になれば、偶発的な衝突も起きかねません。

日本はことし中国との間で、国交正常化50年の節目を迎えます。アメリカとの同盟に軸足を置きながら、日本の平和と安全のために何が必要か。米中の対立が高まりすぎることがないようどんな仲介ができるのか。主体的な外交が求められています。

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世界は、コロナ変異株が再び猛威を振るい、不平等なワクチンの普及や貧富の格差によって、より不確実性を増しています。日本には、朝鮮半島情勢や核軍縮など外交課題が山積しているとはいえ、貧しい国々への支援など、世界の安定に向けた地道な取り組みも国際社会から期待される責務であることを指摘しておきたいと思います。

(河野 憲治 解説委員長)


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