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ソビエト連邦崩壊30年  変わるユーラシアの地政学

石川 一洋  解説委員

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ソビエト連邦が崩壊し、CIS独立国家共同体が創設されてから30年となりました。ウクライナをめぐるロシアとアメリカの対立、一方中国が一帯一路を進め、ロシアの裏庭ともいえる中央アジアへの影響力を強めています。旧ソビエトというユーラシアの地平がどのように変化しているのか、考えてみます。

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▼28日、ロシアのプーチン大統領は故郷のサンクトペテルブルクでCIS独立国家共同体の首脳会議を開催、8か国の首脳が招きに応じました。しかしそこには創設のメンバーだったウクライナ、さらにジョージアやモルドバの姿はありません。
そもそもCISは、何のために設立されたのでしょうか。
私はソビエト連邦の崩壊に至る過程をロシア、ウクライナ、中央アジア、コーカサスなどの現場で取材しました。
独立を求めるバルト三国。そしてウクライナ西部ではソビエトを内部から破壊しようという強烈な民族意識を感じました。ただ崩壊は、当時の中央と共和国の政治指導部の対立の結果という側面も強く、多くの国で市民革命のような下からのうねりは感じられませんでした。クレムリンから赤旗が降ろされた時、まるで諦めに似た静けさが印象的でした。市民にとっては突然国が勝手に消えてしまったともいえるのです。
CISは当初、共通の経済圏や自由な人の往来、核兵器を含む軍の統一の維持を掲げました。中央集権的な体制が崩壊したショックを少しでも和らげることが目的でした。時間をかけてそれぞれの国が自立していくための“協議離婚”の機関だったともいえるのです。
様々な民族間の対立、領土問題が存在し、核兵器を抱えた新たな国の間の紛争が起こる可能性がありました。確かに内戦や民族紛争はありました。しかしソビエトという巨大な帝国の崩壊に伴う大きな戦争が防げたという点で、私は、独立国家共同体CISは一定の役目は果たせたと評価します。その歴史的な役割はすでに終わったのではないでしょうか。

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▼さて連邦崩壊から30年、今のユーラシア・旧ソビエトの地政学を俯瞰してみてみましょう。西ではEUとNATO北大西洋条約機構が拡大してきました。
バルト三国はEUとNATOに加盟しました。そもそもバルト三国は、第二次大戦前にナチスとソビエトの秘密協定によってソビエトに併合された歴史があります。この併合は不当だとの意識を持ち、連邦崩壊前に国際的に独立が承認されました。CISには加盟しませんでした。いわばヨーロッパに復帰したというのがバルト三国です。
続いてヨーロッパEUへの合流を目指しているのがウクライナ、ジョージア、モルドバの三か国です。ジョージアは2008年、ウクライナは2014年、ロシアによる軍事侵攻や領土の併合をうけてCISからの脱退を決定。両国は将来的なNATO加盟の意向も表明し、NATOもその可能性を認めています。プーチン大統領としては、両国のNATO拡大は絶対に阻止したいレッドラインとなります。
ロシアはウクライナ国境に軍隊を集結させています。ウクライナ東部ではロシア系の人々が自立を宣言し、ウクライナ政府と軍事紛争となっています。ロシアはその後ろ盾となっています。今は停戦協定が結ばれていますが、ウクライナはアメリカの軍事支援を受け、国土の一体性の回復を目指してきました。大きな軍事衝突が起きる危険性があるのです。
プーチン大統領はアメリカに対して、NATOが旧ソビエトに拡大しないことを法的拘束力のある条約の形で約束するよう要求しています。
年明けにはロシアとアメリカなどNATOとの交渉が行われる予定です。ただ双方の溝は深く、緊張緩和につながるかどうか、見通しは立っていません。

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28日の首脳会議にプーチン大統領の招きに応じた8か国、西ではベラルーシのルカシェンコ大統領しか出席していません。南のコーカサスではアルメニア、アゼルバイジャンが招きに応じました。しかしここでもアゼルバイジャンと結ぶトルコの影響力が強まっています。
こうしてみますと旧ソビエトの地域でもロシアが優越的な影響力を保つのは中央アジアだけということになります。

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 ▼中央アジアはユーラシアの中心にあり、ロシアにとっての裏庭です。安全保障での集団安全保障条約そして経済でのユーラシア経済連合、ロシアは中央アジアとの統合を強めようとしています。ロシア軍基地も存在します。
かつて911の同時多発テロ事件のあと、プーチン大統領は、中央アジアへの米軍の配備を認めました。テロとの戦いでアメリカと協力したのです。しかしアフガニスタンから米軍が撤退し、タリバンが全土を掌握した2021年、プーチン大統領は、アメリカが再び中央アジアに基地を置くことを拒絶しています。対テロを名目に米軍配備を許せば、背後からロシアが脅かされるとの不信が深いのです。
 一方中央アジアに中国が一帯一路をかかげて進出しています。今は多くの国で中国との貿易高がロシアと競り合うまでに増えています。ガスや石油などのパイプライン、鉄道や道路が中国の資金で整備されています。安全保障の面でも中国はタジキスタンの山岳地帯にアフガニスタンから新疆ウイグルへのイスラム勢力の浸透を防ぐための治安部隊の基地を秘密裏に置いていると言われています。

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 ではロシアと中国は中央アジアをめぐりどのような関係なのでしょうか。中国の一帯一路の新シルクロード、実は90年代からヨーロッパも似たような計画を進めています。欧州コーカサスアジア回廊(TRACECA)計画です。ヨーロッパからコーカサス、中央アジアを通る中国に至る輸送路で、ロシアはロシアを排除した計画だと反発しました。
中国の新シルクロードは逆に中国からこの通商路を実現するものと言えるのです。ただプーチン大統領は、一帯一路には賛成しています。ヨーロッパに牛耳られるよりも特別な戦略的パートナーシップにある中国と協力したほうがよいと踏んでいるのです。
 ロシアのユーラシアの統合と中国の一帯一路、微妙なずれは存在します。中国は両者の“統合、integration”といい、ロシアは両者の“共存coexistence” といいます。一帯一路に対して、ユーラシア統合の独自性を強調したいロシア側の心情がうかがえます。
ただ欧米との対立が深まる中で、ロシアは「統合」へと、安全保障を含めて徐々に軸足を移しているように見えます。中ロがいわば共同覇権という形で中央アジアを抑えようとしているのです。
 
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▼覇権を求める大国からの視点だけでなくそれぞれの独立国からみた視点も重要です。そこに旧ソビエトに対する日本の取り組みの意義があります。
 それぞれの国は、民族の言葉を国語とするなど帝国の一部から独立した国としてのアイデンティティを固めてきました。経済においてもテンポの違いはあるものの市場経済改革を行いました。何よりも独立国に生まれた世代が30年の間に育ちました。
外交においても独自性を示しています。例えば中ロの影響力の強い中央アジアも、条約によって非核地帯となり、カザフスタンは核兵器禁止条約の批准国です。
日本は中央アジア非核地帯の創設に向けて積極的に協力しました。
どの国の勢力圏に入る、入らないという大国の覇権の観点ではなく、それぞれの独立国の視点に立ち、自立に向けてともに歩み続けるという視点こそ日本にとって重要です。
持続可能な成長SDGsの観点からの協力も行われています。旧ソビエトという色眼鏡は外して、それぞれが独自性のある国々、地域と認識し、直接関係を拡大する時代に入ったように思います。

2021年も間もなく終わります。ユーラシアではロシア、中国、アメリカ、大国の間の利害が複雑に絡み合い、ぶつかり合っています。ユーラシアでの中ロの軍事協力の拡大は極東の日本の安全保障にも直接影響します。
来る2022年、ユーラシアの大地で平和は保たれるのでしょうか。30歳を迎えた新たな独立国が大国の覇権争いに翻弄されることなく、平和なうちに独自の発展を続けることを望みます。

(石川 一洋 解説委員)

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