NHK 解説委員室

これまでの解説記事

大阪 ビル放火 命を守るためには

松本 浩司  解説委員 山形 晶  解説委員

閉じられた空間が放火され、多くの命が奪われる大惨事が繰り返されてしまいました。
大阪・北区のビルに入るクリニックで24人が死亡(※20日時点)した放火事件。
被害はなぜここまで大きくなってしまったのか、不特定多数を狙った放火などから身を守る方法はあるのか、考えます。

j211220_1.jpg

【事件が起きた状況】
まず、これまでにわかった事件の状況です。
火災が起きたのは、今月17日、午前10時20分ごろでした。
大阪・北区の繁華街にある8階建てのビルの4階にある心療内科のクリニックの一部が焼け、中にいた24人が死亡しました。
警察は、クリニックに通っていた谷本盛雄 容疑者(61)が火をつけたとみて殺人と放火の疑いで捜査しています。
本人も病院に搬送され、重篤な状態となっています。
動機は不明ですが、当時の状況はしだいにわかってきました。

j211220_2.jpg

クリニックがある4階の見取り図です。
「リワーク」と呼ばれる、心の病で休職した人の職場復帰を支援するプログラムが行われ、多くの人が参加していたとみられます。
警察によりますと、待合室に入ってきた谷本容疑者が、ガソリンとみられる液体を持ち込みライターで火をつけるような様子が防犯カメラに写っていたということです。
エレベーターや階段で逃げるには、その待合室を通らなければなりません。
別の方向に出口はありませんでした。
中にいた人は、炎と煙で避難経路をふさがれた形になりました。
逃げ道がなくなり、煙を吸って一酸化炭素中毒になったことで、多くの人が犠牲になったとみられます。

【建物の避難・防火対策は?】
それでは、建物の避難や防火対策は十分だったのでしょうか?
このビルについて去年とおととし消防などによる立ち入り検査が行われ、消防法上の不備はありませんでした。
ただ避難経路が1つしかなかったことが被害を大きくしました。

j211220_3.jpg

建築基準法は6階以上に居室があるビルは、原則、地上につながる階段を2つ以上設置するよう求めています。火災で1つのルートが通れなくなっても、もう一方の階段から逃げることができるようにするためです。
今回のビルは8階建てですが階段は1つしかありませんでした。しかし国土交通省によりますと、この規定が適用になる昭和49年1月以前に建てられているので、いわゆる「既存不適格」で基準を満たしていませんが違法ではないということです。また、このビルは窓などから避難するための避難器具も義務付け対象外で設置されていませんでした。

【2つの事件の類似点】
今回の事件は、36人が死亡、32人が重軽傷を負ったおととしの京都アニメーションの放火事件と類似点が多くあります。

j211220_4.jpg

多数の人に危害を加える強い意図をもって放火をしたと見られる点。
また、法令上違法ではなかったのですが、規制の緩い部分が被害を広げたという点です。
京都アニメーションの建物は「不特定多数の人が利用する建物」には分類されない「事務所」だったため避難階段や煙対策の規制が緩やかで、結果的に被害を大きくしたと指摘されました。今回は、「不特定多数が利用する建物」ですが、古い建物だったため避難路の規制が緩やかでした。
新しいビルでも5階建て以下など小規模なビルは規制は緩やかで、階段が1つしかないものが数多くあります。

j211220_5.jpg

建物の火災に詳しい神戸大学都市安全研究センターの北後明彦教授は「小規模なビルは設置するスペースがなかったり、採算面で余裕がなかったりして階段をふたつ作るのは難しいのが現実だ。しかし『既存不適格』や小規模ビルでも不特定多数の人の利用に供するビルの所有者は安全を守る責任を負っていて、支援を含め2方向避難を進める方向で検討をすべきだ」と話しています。

【無差別事件から身を守るには】
明確な悪意をもった犯行による被害を防火対策だけで防ぐのは難しいというのも事実です。
犯罪抑止の面から何ができるのでしょうか。

犯罪の件数は全体的に減少傾向にありますが、無差別に起こされる事件は後を絶たないのが実情です。

j211220_6.jpg

「京都アニメーション」の放火事件のほかにも、ことし8月と10月には、走行中の電車内で乗客が襲われる事件が相次いでいます。
共通しているのは、強い犯行の意思を持った人物が、閉鎖された空間で起こした事件だということです。
逃げ場がない、もしくは限られた場所で事件に巻き込まれた場合、私たちは諦めるしかないのでしょうか?
決してそんなことはありません。

専門家は、対策として2つのキーワードを挙げています。

j211220_7.jpg

1つ目は、事件が起きる可能性・リスクを踏まえた「リスクコミュニケーション」、つまり事前の情報共有です。
いつ誰が事件を起こすのか予測できない以上、巻き込まれるリスクをゼロにすることはできません。
被害を抑えるため、事業者や行政機関、一般の利用者が情報を共有しておくコミュニケーションが大切なのです。
具体的には、施設や交通機関などの事業者が、非常ベルや消火器の位置、避難経路などについて利用者にわかりやすく周知すること、私たちも普段利用しているビルや交通機関のどこにどんな非常用の設備があるのか、日ごろから確認しておくことです。
もう1つは、「クライシスコミュニケーション」、つまり危険な事態が起きた後の情報共有です。
事件や事故に遭遇した人が、周りにいる人や事業者にすぐに危険を伝え、みんなで非常用の設備を正しく使えば、速やかな避難や犯人の制圧につながる可能性があります。
日本大学危機管理学部の福田充 教授は、「自暴自棄になった人物が起こす、防ぎようのない犯罪は、起きてから対応するしかない。そのためには、やはり事前の準備が重要になる。事件や事故に遭遇した時に、正しく判断し、率先して行動できる人を増やすための社会教育が大切だ」と話しています。
生き延びる可能性を少しでも高めるため、私たちも意識を変えていく必要がありそうです。

【小規模建物火災と規制強化】
今回の火災を受けて、金子総務大臣は不特定多数の人が利用する施設があって階段がひとつしかない全国のビル3万棟の緊急点検を行ったうえで、検討会を設置して再発防止策を検討していく考えを示しました。
どういう観点での検討が求められるのでしょうか。

j211220_8.jpg

44人が亡くなった20年前の新宿・歌舞伎町の雑居ビル火災のあと小規模なビルの防火対策が大きな課題になり安全対策が強化されてきました。自動火災報知設備の設置義務の対象が広がり、消防による立ち入り検査の権限が強化されました。
カラオケボックスや診療所での火災を受けてさらに自動火災報知設備やスプリンクラーの設置義務対象が広がりました。さらに京都アニメーションの事件のあとガソリンを販売する際の身元確認などが厳しくなりました。
ただ、今回の火災とは直接関係しませんが、消防法の規制が厳しくなってきた一方、建築基準法は最近、緩和の方向にあると消防の専門家は指摘します。木造建築の推進や空き家の有効活用のためで、鉄骨や木造3階建ての建物で2方向避難の規制が事実上、緩和されたケースもあります。

j211220_9.jpg

東京理科大学の小林恭一教授は「再発防止を検討するうえで建物の避難ルートの確保がポイントになるが、その際には安全と規制緩和のバランスについてもあらためて議論する必要がある」と話しています。

多くの人に危害を加える強い意図をもって実行される犯行は、防火の観点からも防犯の観点からも防ぐことが難しいものです。
しかし安全性を高めるためにコストをかけても最善を尽くす必要があると思います。
さらに、こうした犯行が相次ぐ社会的な背景に踏み込んだ議論も求められています。

(松本 浩司 解説委員 / 山形 晶 解説委員)


この委員の記事一覧はこちら

松本 浩司  解説委員 山形 晶  解説委員

こちらもオススメ!