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キム・ジョンウン体制10年 日本は北朝鮮とどう向き合うべきか

池畑 修平  解説委員

10年前の12月17日、北朝鮮のキム・ジョンイル(金正日)総書記が死去しました。
そのときから、事実上、キム・ジョンウン(金正恩)氏の体制が始まったといえます。

当時まだ20代後半で、子供の頃にはスイスで暮らした経験もあることから、彼が北朝鮮をより開放的な体制に変化させるのではないかという観測もありました。
実際はどうだったのでしょうか。

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日本として北朝鮮とどう向き合えばいいのか改めて考える手掛かりとして、主に3つの点に注目して、キム・ジョンウン体制の10年を検証します。
①核やミサイル開発の現状。
②妹のキム・ヨジョン(金与正)氏はナンバーツーなのか。
③そして、再び忍び寄る食糧難です。

まずは核・ミサイルです。
2012年4月、キム・ジョンウン氏が朝鮮労働党第1書記となった2日後に、北朝鮮は「ロケットによる人工衛星の打ち上げ」と主張しての発射を強行しました。
これが、アメリカ本土までを射程に収めるICBM・大陸間弾道ミサイル開発の号砲だったといえます。

キム・ジョンウン体制になって複数の新型が登場し、射程が伸びてきました。
特筆すべきは2017年11月に発射した「火星15」というICBM。
これは射程が1万キロを超えてアメリカ西海岸まで届くとされています。

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こうしてキム・ジョンウン氏は核開発で足場を固めたうえで翌年、史上初の米朝首脳会談に臨み、完全な非核化を約束しました。
対するトランプ大統領も北朝鮮に体制の保証を提供すると約束し、これによって、朝鮮半島に、ようやく恒久的な平和が訪れるのではないかという期待が広がりました。

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しかし、その後、米朝は具体的な非核化措置や制裁解除などをめぐって折り合えず、キム・ジョンウン氏は、さらにミサイルの種類を増やしています。
今年9月以降だけをみても、低空で飛行する長距離巡航ミサイル、鉄道や潜水艦からの発射、そして極超音速ミサイルと、どれも事前の探知が困難なものを見せつけています。

また、この10年間に実施された核実験は4回。
爆発の威力は大きくなり、北朝鮮は核弾頭の小型化に成功してミサイルに搭載できるようになったと主張しています。

このように、歴史的な米朝首脳会談の印象が強いのですが、実際には日本にとって軍事的な脅威は大きくなり続けたというのが現実です。

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安全保障面でアメリカや韓国との連携が今後も重要であることに変わりはない中、歴史認識などをめぐって日韓両政府の関係が冷え込んだままなのはマイナスです。
「徴用」をめぐる訴訟などで韓国政府が動く必要があるのは確かですが、日本政府もどういう解決策なら受け入れられるのか、より明確にするなどして、事態打開に動く必要があると思います。

キム・ジョンウン氏が祖父や父の統治体制と大きく変えたことのひとつは、妹のキム・ヨジョン氏を最側近として扱っていることです。
祖父や父の時代も、ナンバーツーと目される人物はいましたが、実際には最高指導者が唯一無二の存在でした。

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しかし、「ロイヤルファミリー」の直系であるキム・ヨジョン氏の存在感は別格です。
冬のオリンピックで韓国を訪れて「微笑外交」を繰り広げたかと思えば、南北連絡事務所の爆破を予告してみせるなど、韓国のムン・ジェイン(文在寅)政権を振り回しています。

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ただ、朝鮮労働党内の肩書が最高幹部とまではいえないヨジョン氏が、どれほど大きな権限を持っているのかをめぐっては、見方が分かれています。
ジョンウン氏が直接発すると軌道修正が難しいメッセージ、例えば米韓に対する激しい非難などを、ヨジョン氏が代弁するという、いわば広報官の役割にとどまるという分析があります。
一方では、彼女が内政では思想統制を、対外面では米韓との関係を、それぞれ実質的に取り仕切っている、まさにナンバーツーだという評価もあります。
後者の根拠の一つは、朝鮮労働党内のヨジョン氏の公式な肩書とは別に、最近、北朝鮮メディアで頻繁に登場する「党中央」という言葉が、実はヨジョン氏のことを指す、いわばコードネームではないかという見方です。
これは、父のキム・ジョンイル総書記が、若いころは名前が伏せられて「党中央」とだけメディアで紹介されたという歴史があり、その再現か、というわけです。
どちらの見方が正確なのか、判断は難しいです。

ひとつ確かなのは、対外関係をめぐってヨジョン氏が発信するメッセージは、本当はジョンウン氏の言葉であるにせよ、彼女自身がまとめた言葉であるにせよ、それは北朝鮮の最高意思だとみなせることです。
その意味で、ヨジョン氏が日本に言及したと伝えられたことが全くないのは、拉致問題の解決を目指す日本にとっていい兆候ではありません。
北朝鮮が「無条件での日朝首脳会談」といった日本からの呼びかけにはメリットを感じていない表われとみられます。
日本政府には、北朝鮮を本格的な政府間対話に引き出すため、水面下での接触を活発化させてもらいたいと思います。

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最後に、北朝鮮の経済がこの10年でどう推移したのかをみます。
キム・ジョンウン氏は、核戦力の増強一辺倒というわけではありません。
経済テコ入れと核開発を同時に進めようという「並進路線」を掲げました。
経済面での大きな取り組みは、「社会主義企業責任管理制」の導入です。
生産や販売などで個別の国営企業の裁量権を大幅に拡大したもので、独立採算制に近いものです。
これによって、従来は上から示された計画通りに事業をするだけであった企業は、「自分たちで創意工夫をして儲かれば豊かになれる」と意欲が湧き、生産性が向上する例が出てきました。

ただ、かつての中国の改革開放のような勢いがあるかというと、そうではありません。
北朝鮮のGDP・国内総生産の推移をみてみましょう。

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ご覧のように、キム・ジョンウン体制になって成長を記録したと推計された年もあり、2016年にはプラス3.9%となりました。

しかし、核やミサイルの実験を加速させてアメリカとの緊張が急速に高まった2017年をはじめ、ここ数年は苦境に陥っています。
これは、核・ミサイル開発の代償としての経済制裁がじわじわと効いている上に、去年からは新型コロナウイルス禍で中国との貿易を遮断したことが響いているのでしょう。

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今年10月には、国連の特別報告者が「北朝鮮で子供や高齢者が飢餓の恐れにさらされている」と表明しました。
北朝鮮はこれに強く反発したのですが、食糧事情の厳しさは自分たちも認めています。
とくに、ことし4月、キム・ジョンウン総書記自ら、党の幹部らが「苦難の行軍」を行うことを決心したと述べたことが注目されました。
というのも、この「苦難の行軍」、1990年代に北朝鮮を襲った深刻な食糧難の際にも掲げられたスローガンなのです。
当時、餓死した人は数十万人とも数百万人ともいわれます。
そのような忌まわしい記憶を蘇らせるスローガンを、キム・ジョンウン総書記が国民にも覚悟を求めるかのように口にしたことからも、経済の苦しさがうかがえます。

かつて、韓国の政府系研究機関は、北朝鮮が「ムスダン」という種類の長距離弾道ミサイルを4発製造して発射する費用は、北朝鮮ではトウモロコシ29万トン、国民全体の食糧50日分に相当するという試算を明らかにしたことがあります。
日本政府は、日本の安全保障のためにも、拉致問題解決のためにも、また、食糧難という人道危機が再び北朝鮮で起きないようにするためにも、米韓両国と歩調を合わせて、最高指導者となって10年を迎えたキム・ジョンウン総書記との対話の糸口をさぐり、軍事力への偏重をやめて、制裁解除につながる非核化の措置をとるよう、粘り強く促すべきだと思います。

(池畑 修平 解説委員)


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