先月開かれた温暖化対策の国連の会議COP26では「気温上昇を1.5℃までに抑える努力を追求すると決意」する合意文書がまとまりましたが、同時にその困難さも明らかになりました。
こうした中で期待されているのが、二酸化炭素を大気中から取り除いたり資源化したりするような新技術です。そこでその現状と課題を「“1.5℃目標”への険しい道筋」「“カーボンネガティブ”技術とは」そして「普及への課題」の3つのポイントから考えます。
COP26では「パリ協定の実施ルール」が完成し、これまで努力目標に過ぎなかった 「産業革命前からの気温上昇を1.5℃までに抑える」ことが、事実上の共通目標に前進したとも言われます。
しかし、各国の最新の温室効果ガス削減目標を全て実現出来たとしても、1.5℃目標 の達成は困難であることも明らかになりました。
こちらは国連機関IPCCが最新の報告書で示した、気温上昇を1.5℃までに抑える には世界のCO2をどう減らせばよいか?を計算したシナリオです。
2050年頃に排出ゼロ、いわゆるカーボンニュートラルを達成する必要性は今や広く 知られていますが、それで終わりではありません。実はその後はさらに削減して排出量をマイナスにする、「カーボンネガティブ」という状態にすることが必要だと示されているのです。
「排出量をマイナス」とはわかりにくいですが、これは経済活動に伴って排出される量より、森林などが吸収する量が上回る状態を指します。
しかも、仮に困難な1.5℃目標をあきらめ2℃までは気温上昇を許すとしても、やはり今世紀中にはカーボンネガティブの実現が必要だと計算されています。
しかし、カーボンニュートラルでも大変なのに、どうすればこのカーボンネガティブが可能なのでしょう?
ひとつには「植林」という方法がありますが、世界の人口が増加し開発が進む中、森林面積は逆に年々減り続けています。単に木を植えるだけでなく、育った植物からバイオ燃料を作って利用し、そこから出るCO2は回収して封じ込めてしまうことが出来れば、エネルギーを使いながら大気中のCO2を減らすことも可能ではあります。
そして注目されているのが、植物に頼るのでなく人工的に大気中のCO2を直接回収 する「DAC」と呼ばれる技術。世界各国で開発が進んでいます。日本のあるメーカーの試験プラントでは、機械で大気を吸引し、CO2を吸着しやすい化学物質を使ってCO2を言わばこし取り集めています。
こうした技術は、将来のカーボンネガティブだけでなく当面のCO2を減らすためにも 期待されていますが、課題となるのは回収したCO2をどうするかです。
有力視されるひとつが、これを地下深くに封じ込める「CCS」と呼ばれる技術です。日本でも国家プロジェクトとして、北海道苫小牧沖の海底下の深い地層に、2016年から30万トンのCO2を圧入する実証試験が行われてきました。今、各国でCCSへの取り組みが進んでいますが、土地が限られ、しかも地層が複雑な日本で長期的に安定してCO2を封じ込め続けることが出来るのか検証が必要です。
また、このようにCO2を「やっかいもの」としてコストをかけ封じ込めるより、価値のある資源にして利用することで減らそうとの考え方もあります。これは、「CCU」や「カーボンリサイクル」と呼ばれる技術です。
あるメーカーでは、DACによって大気から直接回収したCO2を密閉した施設内で野菜を育てるのに使う実証試験を来年始める計画です。いわゆる野菜工場では、普通の空気よりCO2の濃度を高めることで野菜の成長がよくなることが知られており、CO2に価値が生まれるのです。
さらに注目されるのは、CO2から役立つ素材を作り出し付加価値を高める技術です。
今月、大手ゼネコンが、CO2を原料にしたコンクリートの使用を始めたと発表しました。CO2を化学反応させて作った「炭酸カルシウム」の粉末をコンクリートの原料に混ぜて使っているのです。従来の技術では、CO2を吸収させることでコンクリートの性質が変わり鉄筋が腐食しやすくなる弱点がありましたが、それを克服して、現在のコンクリートのほとんどを置き換えることが可能になったと言います。
元々セメント・コンクリート産業は世界全体のCO2排出の数%を占めると言われる、 排出量の多い分野です。これは、原料のセメントを作る過程で化学反応によってCO2が出てしまうためです。ところが、この技術では逆にコンクリート1トン製造するごとに、全体としてCO2が20kgあまり減る、カーボンネガティブになると言います。まだ長期的な耐久性などを検証していく必要がありますが、仮に日本で作られるコンクリートを全てCO2を吸収するタイプに置き換えることが出来るなら、年間数百万トンのCO2が吸収可能とも見積もられます。
また、プラスチックをCO2から作る技術も開発が進んでいます。現在は石油から作られている様々なプラスチック。その多くは既にCO2から作り出すことが可能になりつつあります。ただし、プラスチックは燃やせばCO2が出ますから、カーボンニュートラルやカーボンネガティブを目指すには、使い捨てのプラではなく長く使い続ける製品にする必要があります。また、製造工程で使われる化石燃料が多ければ、温暖化対策に有効とも限りません。
このように新たな技術を評価する上では、生産から廃棄までのライフサイクル全体で どれだけCO2が減るのかなどを冷静に見ることが不可欠です。とは言え、こうしたカーボンリサイクル技術が脱炭素社会に向けて重要性を増すことは確実視され、世界的に開発競争が激化しています。
こうした新技術が普及する上で最大の課題は、言うまでもなくコストです。カーボンリサイクル製品の価格は、現状では既存製品の数倍するものが多いとされ、市場競争に任せるだけでは容易に普及しません。
一方で国はこうした新技術を現在の温室効果ガス削減目標の達成に向けても活用を見込んでいます。2050年には排出実質ゼロの目標を掲げているのに、電力の3~4割を原子力と火力でまかなう参考値を出していますが、これは本来大量のCO2を出す火力発電をCCSやカーボンリサイクルで脱炭素化することを想定しているのです。
国はこの夏カーボンリサイクル技術のロードマップを改訂し、こうした製品が既存製品 と同等価格になって普及が始まる時期を2040年からと、従来よりは目標を前倒しし ましたが、これで2050年実質ゼロに間に合うのか?なお遅すぎるようにも思います。
もちろん、温暖化対策の「本筋」は、化石燃料の使用を減らし再生可能エネルギーを拡大していくことで、こうした新技術に過度に期待するのは禁物だと思います。ただ、その化石燃料を2050年まで使い続けるというのであれば、そこから出るCO2を相殺できる脱炭素技術を早急に育て後押ししていく必要があります。
例えば日本では、バブル期までにビルだけでなく橋やトンネルなど鉄とコンクリート のインフラが大量に整備され、今それらが老朽化して更新が必要な時期を迎えています。こうした寿命が長いインフラの更新や公共事業などから戦略的に脱炭素技術の普及を進めることも考えられるでしょう。
今や毎年のように温暖化が影響すると見られる災害が相次ぎ、観測記録が更新される中、気温上昇を食い止めるための、さらなる対策を急がなければならないと思います。
(土屋 敏之 解説委員)
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