開幕まで2か月を切った北京オリンピックに閣僚など外交使節団を派遣しない、いわゆる「外交的ボイコット」を表明する国が相次いでいます。中国は対抗措置をとるとしており、米中の対立が平和の祭典にも影を落としています。人権侵害を見過してはならないという声が国際社会に広がっている一方で、オリンピックに政治が介入すべきではないという声もあり、日本の対応が注目されます。オリンピックと人権をめぐる各国の対応について考えます。
(二村)
まず、これまでに北京オリンピックに閣僚などの派遣見送りを表明した国がこちら。
アメリカとオーストラリア、イギリス、カナダ、ニュージーランド、それにリトアニアの6か国です。アメリカは今月6日、中国の新疆ウイグル自治区で集団殺害が続いていることなど人権侵害を理由に、「北京大会に政府関係者を派遣しない」と発表し、新型コロナの流行を理由とするニュージーランド以外の国がアメリカに同調しました。
リトアニアを除く5か国は、ファイブアイズと呼ばれる機密情報を共有する英語圏の同盟国、そのうちの3か国は9月に発足した安全保障の枠組みオーカスを構成する中国包囲網の主要な国々です。イギリスのジョンソン首相は「事実上の外交的ボイコットだ」と言明、カナダのトルドー首相は「何か月もの間、同盟国などと話し合ってきた」と述べ、今回の決定が各国と協議を重ねた上での決定だったことを明らかにしました。
石井さん、中国は痛くもないと言いながらも激しく反発していますね。
(石井)
中国は、「大会への影響はない」とする一方、各国へのいら立ちを募らせています。
アメリカやイギリスなどに対しては、「政府関係者を招待していない」という立場を示し、国内の動揺を抑えようとしているようにもみえます。中国は、来年の北京オリンピックで、「同じ都市での夏と冬の大会開催は『史上初めて』」だと誇示し、共産党のもと発展した国の姿をアピールしようとしていただけに、メンツをつぶされた形です。
来年の共産党大会で、習近平国家主席が、党のトップを続投し、異例の3期目入りを目指しているといわれているなか、党大会への弾みとするためにも、中国では、「大会の成功」は絶対に必要です。人権への批判は、そうした中国側の思惑を見透かしたようでもあり、習近平指導部にとって、大きな痛手だともいえます。
(二村)
外交的ボイコットに踏み切るかどうかは、中国との距離感によって差が見られます。オーストラリアは新型コロナの発生源をめぐる国際的な調査を求めたことで、中国が反発して石炭やワインなどの輸入を制限し対立を深めています。カナダは3年前に中国の通信機器大手ファーウェイの副会長をアメリカの要請で拘束したことで、中国が報復としてカナダ人を拘束するなど関係が悪化。リトアニアは台湾との関係を強化したことに中国が猛反発し外交関係を格下げしました。中国との関係悪化が政府代表の派遣見送りの背景にあります。
注目されるのがEUの対応です。ヨーロッパ議会は7月、「北京オリンピックへの政府代表の招待に応じないよう」加盟国に求める決議を採択しました。しかし、2024年の夏の大会を控えるフランスと、26年の冬の大会を開催するイタリアは外交的ボイコットに消極的で、マクロン大統領は「政治問題にすべきではない」と述べています。ドイツやオーストリアも慎重で、ハンガリーは外交的ボイコットを支持しない立場です。各国の足並みが乱れ、16日のEU首脳会議で共通の立場をとれるか不透明です。石井さん、中国政府としてはこれ以上外交的ボイコットが広がらないようにしたいところでしょうが、どうやって鎮静化させようとしていますか?
(石井)
中国は、アメリカに追随する国が広がらないよう警戒しています。
アメリカに対し「対抗措置をとる」と表明し、「外交的ボイコット」の動きを強くけん制しました。その一方で、各国に対して外交的な働きかけを強めています。このうち、ロシアは、プーチン大統領が、開会式に出席する方向で中ロ両国が具体的な調整を進めているとしています。また、韓国は、ムン・ジェイン大統領が、「外交的ボイコット」について、検討しない考えを示しました。インドは、外相が北京オリンピックの支持を表明し、アメリカなどとは一線を画しています。このほか、アフリカ諸国は、中国が新型コロナウイルスのワクチンをさらに10億回分提供すると発表した国際会議で、オリンピックを支持すると表明しました。中国の国営メディアは、さらに多くの国からも支持を得ていると伝え、大会イメージの維持に躍起な様子がうかがえます。
(二村)
オリンピックのボイコットといえば、冷戦時代の1980年のモスクワ大会に日本を含む西側陣営が選手団を派遣せず、その報復のかたちで4年後のロサンゼルス大会に東側陣営が参加しませんでした。しかし政治とは関係のない選手たちを参加させないことに各国で批判が強まり、2014年のソチ大会では、欧米の首脳が開会式などへの出席をとりやめる措置をとりました。ただこのときは「外交的ボイコット」という言葉は使われませんでした。「外交的ボイコット」は、ことし5月にアメリカのペロシ下院議長が中国の人権侵害を理由に各国首脳らが出席しないよう求めた際に使って以来、注目されるようになりました。ただ、それで中国が変わるとは考えられず、効果は疑問視されています。むしろ人権重視の姿勢と中国に弱腰ではないことをアピールするのが狙いだといった声も聞かれます。
石井さん、人権侵害だといった批判を中国はどう受け止めているのでしょうか。
(石井)
中国は、批判されるようなことはないという立場をとっています。
中国政府は、新疆ウイグル自治区の「人権」をめぐる批判に対し、「内政干渉だ」と反発し、国際社会も巻き込んで、自国の主張をアピールしてきました。国連では、ことし10月、中国の新疆ウイグル自治区の人権状況をめぐり、アメリカや日本など43か国が懸念を示す共同声明を発表しました。これに対して、キューバなど途上国を中心とした62の国が、中国を擁護する共同声明を発表し、内政干渉には反対だと主張したことから、中国は、みずからのほうが多くの国の支持を得ていると強調しました。しかし、中国の女子テニス選手が、中国共産党の最高指導部のメンバーだった前の副首相から「性的関係を強要された」と告発したあと、その安否が懸念されているという問題は、中国がどのように「人権」に向き合っているのか、改めて問うものだといえます。中国には、国際社会に対する丁寧な説明が求められています。
(二村)
では、日本はどうするのか、難しい対応を迫られています。
岸田総理大臣は、きのう衆議院予算委員会で、「各国の動きなどを総合的に勘案して国益に照らして判断する」と述べましたが、結論は先送りされました。石井さん、中国も日本の出方を注目しているのではないですか?
(石井)
日本が、アメリカに追随しないようけん制しています。中国は、習近平国家主席が、東京オリンピックの支持を表明しました。このため、中国外務省の報道官は、「中国は東京オリンピックを全力で支持したのだから、今度は日本が信義を示す番だ」と述べ、日本政府も中国を支持するよう求めています。来年は、日中国交正常化50年の節目の年です。中国としては、アメリカと対立する中、日本が今後、どのような対中政策をとるのか推し量ろうと、その対応を注視しているとみられます。
(二村)
世界では人権への意識が高まり、ビジネスの世界でも人権に配慮した取り組みが求められています。オリンピック憲章でも政治的な宣伝活動を禁止する一方で、人権の重視は基本的な理念と位置づけられており、人権は政治問題とは別だと指摘する人もいます。日本は欧米の国々とは中国との距離感が異なるだけに慎重な判断も必要ですが、いつまでも曖昧な姿勢をとり続けるわけにはいきません。人権に対する毅然とした態度を示すことができるかいま問われています。
(二村 伸 解説委員 / 石井 一利 解説委員)
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