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イラン核合意 再生は可能か?

出川 展恒  解説委員

■崩壊の危機にある「イラン核合意」の再生を目指すイランとアメリカの間接協議が、オーストリアのウィーンで5か月ぶりに再開されました。冒頭から厳しく対立し、協議は前途多難です。反米強硬派のライシ政権に交代したイラン側は、原則論を主張する一方、ウラン濃縮活動を大幅に加速させるなどして、関係国の間に強い危機感が広がっています。協議の対立点を洗い出し、核合意の再生が可能かどうかを考えます。

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解説のポイントは、▼政権交代でいっそう難しくなった核協議。▼イラン側の違反で高まる核合意崩壊のリスク。以上、2点です。

■最初のポイントから見てゆきます。

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「イラン核合意」は、6年前(2015年)に、イランと、アメリカ、イギリス、フランス、ドイツ、ロシア、中国の主要6か国との間で結ばれた国際合意です。イランが、ウラン濃縮活動などの核開発計画を大幅に制限する代わりに、主要国が、イランに対する制裁を解除する内容です。イランによる「核の平和利用」は認めつつ、核兵器の開発を阻止する狙いがありました。しかし、3年前、アメリカのトランプ前政権が一方的に離脱し、イランに強力な経済制裁をかけたことで、核合意は機能不全に陥りました。

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アメリカが、今年、バイデン政権に交代し、核合意の再生をめざす間接協議が、EU・ヨーロッパ連合などの仲介で4月にスタート。6回に及ぶ集中的な話し合いで、合意は可能とも伝えられました。ところが、6月にイランで大統領選挙が行われ、協議は中断。核合意の立役者、国際協調派のロウハニ前政権から、反米強硬派のライシ政権に交代し、交渉チームも総入れ替えとなりました。今回、いわば「仕切り直し」の協議再開です。

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▼ライシ政権は、原則論を前面に打ち出し、前の政権が示した譲歩案を撤回して、アメリカへの要求のハードルを上げました。具体的には、核合意から一方的に離脱したアメリカが、まず、すべての制裁を一括して解除するよう求め、合わせて、「二度と合意から離脱しない保証」も要求しています。
▼これに対し、バイデン政権は、「到底応じられない」と拒否しています。イランが、まず、核合意から逸脱する行為をやめ、合意を完全に守ることが、アメリカの核合意復帰と制裁解除の前提だと主張しています。そのうえ、1500項目以上に及ぶ対イラン制裁のうち、「核合意」に関連しない制裁、たとえば、人権侵害やテロ支援を理由にした数百の制裁は残す考えです。また、将来の政権の行動を縛る約束はしない方針です。
先月29日に再開された協議は、具体的な進展がないまま、今月3日、いったん打ち切られ、9日にあらためて再開されました。現時点で、双方とも、歩み寄ろうとする動きはなく、今後、決裂するリスクが高まっていると言えます。
仲介役のEUのモラ事務次長は、「協議の時間は無限ではなく、切迫した局面だ」と強い危機感を示しています。
アメリカのブリンケン国務長官は、3日、イラン側が要求を吊り上げたと強く批判したうえで、「協議が不調に終わった場合には、“別の選択肢”を追求する」と述べ、追加制裁などの措置をとる可能性も示唆しています。

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■ただし、いずれの当事者も、核合意が崩壊する事態は避けたいのが本音です。
イラン側は、ライシ大統領も、最高指導者ハメネイ師も、原油の輸出を妨げている制裁を解除させることが最優先の課題です。イスラム体制と国益を守るうえで、制裁解除は不可欠で、そのためには、核合意を維持することが必要だと考えています。
一方、アメリカ側は、バイデン大統領が選挙で公約した核合意の再生に失敗すれば、中東など世界各地で、核開発競争を招きかねません。

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■しかしながら、イランは、制裁への対抗措置として、濃縮度60%の高濃縮ウランを製造するなど、核合意から大幅に逸脱した行動をとっており、そのことが、核合意の維持と再生を危うくしています。
イランは、これまで一貫して、「核兵器をつくる意思はなく、核の平和利用だ」と強調してきましたが、もし、その気になれば、核兵器の製造も可能な技術水準に近づいていると、多くの専門家が指摘しています。そもそも、核合意は、イランが核兵器1個分の高濃縮ウランを入手するまでの時間(=ブレークアウトタイム)を、1年以上になるように設定していましたが、すでに1か月を切ったと見られています。
IAEA・国際原子力機関の最新の報告によりますと、イランは、これまでに、濃縮度60%のウランを、およそ17.7キログラム製造したことが確認されています。技術的には、濃縮度を90%以上に引き上げるのは容易で、核兵器1個分の高濃縮ウランを獲得するのに1か月かからないと推測されています。核合意が定めた濃縮度の上限は、原発用の3.67%ですから、明白な合意違反です。加えて、イランが、IAEAによる査察を制限していることも、関係国に懸念を広げています。核施設に新たな監視カメラを設置することや、監視カメラのデータをIAEAに提供するのを拒んでおり、イランの核開発の進みぐあいを正確に把握することができなくなっているのです。

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■核合意の当事国であるイギリス、フランス、ドイツ、それに、核合意から離脱したアメリカは、イランが核開発を加速させて既成事実をつくり、交渉を有利に進める狙いがあるのではないかと疑っています。
今後、イランの合意違反をこれ以上見過ごせないと判断した場合には、問題が国連安全保障理事会に付託される可能性があります。イランとの関係が良好なロシアや中国の判断しだいですが、核合意が成立する前、イランに科されていた国連の制裁が復活し、核合意が崩壊してしまう可能性も排除できません。

■アメリカの同盟国イスラエルの動向も重要な要素です。

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イスラエル政府は、イランの目標は核兵器獲得にあると見て、ミサイル開発と合わせて、「国の存亡がかかった重大な脅威」と捉えています。ベネット首相は、2日、ブリンケン国務長官と電話会談して、イランとの間接協議を即刻中止するよう求めました。

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9日には、ガンツ国防相が訪米し、オースティン国防長官らと会談しました。こうしたイスラエルの外交攻勢は、バイデン政権の意思決定に少なからぬ影響を与えています。
イスラエルは、今後、イランの核開発に歯止めがかからないと判断した場合には、イランの核施設に対する破壊工作や攻撃、あるいは、核科学者らを暗殺するなどの実力行使に出るリスクが高まるだろう。専門家はこのように指摘しています。実際、これまでに、そうした破壊工作、攻撃、暗殺が起きています。

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■イラン側の報復を招いて、軍事衝突に発展する事態を避けるためにも、外交交渉による解決、すなわち、核合意を再生させる必要があります。イランとアメリカの直接交渉が望めない現状では、EUなどの仲介がカギを握ります。
12日までイギリスで開かれたG7・主要7か国の外相会合では、日本を含む参加各国が、イランに対し、ウラン濃縮活動の拡大をやめ、協議を速やかに決着させるよう、求めてゆくことで一致しました。議長国イギリスのトラス外相は、「イランにとって、この協議は核合意を存続させる最後のチャンスだ」と述べて、とくにイラン側に譲歩を促しました。
核合意を崩壊の危機から救うには、「イランは違反行為をやめる」、「アメリカは制裁を解除する」。これらを同時、かつ、段階的に進めてゆくしか道はなさそうです。日本を含む関係国が、イラン、アメリカの双方に、粘り強く働きかけてゆくことが極めて重要だと考えます。

(出川 展恒 解説委員)


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