子どもが親などから暴力を受ける「児童虐待」の件数が急増しています。
国は対策の強化に向けて新たな改革案を議論し、12月中に大枠をまとめる方針です。
一時保護の進め方を変えるなど、大きな制度変更となりますが、果たしてこれによって、虐待対策は、どこまで向上するのでしょうか。
子どもの命を守るために、今、必要な対策とは何かを考えます。
【対策の要・児童相談所】
児童虐待を防ぐ対策。その最前線で対応に当たっているのが児童相談所です。
「子どもが虐待を受けている」。そんな通報が、近所の人や警察などから寄せられ、調査します。
そして、虐待が疑われる場合、一時的に子どもを親と引き離し「一時保護」します。
その上で、親や子どもと対話を重ねて、再び親子がともに暮らせるよう支援を行う、まさに対策の要となる機関です。
【改革案①一時保護の司法審査】
現在、国が議論している虐待対策の改革案、その1つは「一時保護」の進め方の変更です。
一時保護は、親子を強制的に引き離すという、親権を大きく制限するものですが、遅れたり躊躇したりして、子どもが命を落とすケースも起きています。
この一時保護、これまでは児童相談所の判断だけで行ってきました。保護が2か月を超える場合に限って、裁判所の承認を得ていました。
それを今回の改革案では、最初に保護する段階でも、親が同意している場合などを除いて、裁判所が審査し承認するという案が示されました。
その狙いは何か。1つは、裁判所の判断も加えることで、一時保護をより適正に進めていこうとする点があります。
また、裁判所のいわばお墨付きを得ることで、保護に不満を持つ親からも一定の納得や理解を得られ、反発を抑えることに繋がるという効果を期待する声もあります。
一方で、「裁判所の承認を待っていると、保護が遅れてしまうのでは」という危惧もあります。このため、緊急を要する場合は、先に保護をしてしまってから、7日以内に事後申請することが認められる見通しです。
【改革案②新たな専門資格の創設】
そしてもう一つの改革案は「新たな専門資格」の創設です。
児童相談所の職員などが持つ資格は、「社会福祉士」や「精神保健福祉士」などがありますが、子どもに特化した専門資格はありませんでした。
これについて、虐待の見落としを防いだり、支援を充実させたりするためには、さらなる専門知識が必要ではないかという指摘も、一部であがっていました。
そこで、「子ども家庭福祉ソーシャルワーカー」という新たな資格を作ります。
「子どもの発達心理」や「母子保健」の知識などをより深く学んでもらい、一定のカリキュラムを終えるなどした人に資格を与えます。
これによって児童福祉の専門性をより高めていこうというのが狙いです。
このように、「一時保護の司法審査」、そして「新たな専門資格」は、いずれも虐待対策の質を高めていこうとする改革案です。この目標自体は確かに重要なことだと思います。
【改革案の課題は】
しかし、改革を進める上で考慮しなければならない、ある大きな点があります。
虐待の件数が急増し、児童相談所の業務がひっ迫しているという現実です。
「業務が追い付かない」「限界を迎えている」と話す職員も出てきています。
児童相談所の相談対応件数は急増しています。
言葉の暴力などいわゆる心理的な虐待が増加したほか、周囲の意識が高まり、通報が増えたことなどもあって、この5年間で、実に2倍となっています。
ところが、今回の改革案の1つ「一時保護の司法審査」では、「業務がさらにひっ迫する」という懸念が出ています。
保護する度に、裁判所に提出する申請書の作成や調査が必要となるからです。
このため体制のさらなる拡大、そして負担を出来るだけ軽減していく必要があります。
その1つの対策として、司法機関も積極的に調査に関与していくことも考えられます。
虐待問題に詳しい花園大学の和田一郎教授は「児童相談所に調査を任せきりにするのではなく、親への聞き取りなど、裁判所が直接、当事者から話を聞くことも必要だ」と指摘しています。
海外では、一時保護の際に、裁判所自らが調査を行う国もあります。裁判所が調査に加わることで、児童相談所の負担軽減だけでなく、審査の適正化や透明化も進むのではないでしょうか。
また司法審査のもう1つの課題として指摘したいのは、「裁判所が何をもって、一時保護が適正かどうか判断するのか」を、出来るだけはっきりさせるという点です。
保護が却下された時に、その理由が明確で、納得できるものでなければ現場は混乱します。裁判所と児童相談所の共通認識となる目安や指標が必要になると思います。
そして、もう1つの改革案である「新たな専門資格」。
「資格を作っただけで、専門性の高い人材の確保や定着が進むのか?」という疑問も現場から聞こえてきます。
職員が資格を取得すれば昇格などのキャリアアップに繋がる、または処遇がアップする。学生が取得すれば採用に結びつくといった仕組みも、求められます。
児童相談所の職員は主に地方公務員ですので、まずは自治体が、新たな資格を取り込んだ人事制度を検討し、国がそれに必要な財政支援を行っていくべきだと考えます。
【まだ経験の浅い職員が増加】
ここまでは、国が議論する改革案の課題を見てきましたが、虐待対策の強化をめぐっては、さらに別の大きな課題もあります。
それは経験が浅い職員の割合が増えていることです。
国は虐待件数の増加を受けて、児童相談所で働く職員の増員を進めています。
児童福祉司と呼ばれる職員は全国で5000人を超え、この4年間で1.6倍に増えました。この体制の拡大自体は非常に重要なことです。
しかし、新たな人材が加わったことで、経験年数が3年未満という職員が、全体の半数を超えるようになり、4年前よりも大きく増加しました。この傾向は、今後さらに加速する見通しです。
【育成・サポートどう進める?】
虐待への対応において、職員の経験はとても重要とされています。様々なケースがあり、座学や資格の勉強で得た知識だけでは、対応しきれないからです。
このため、現場での実践的な指導が求められますが、児童相談所の業務がひっ迫し、若手の職員をじっくり指導する余裕が生まれにくいのが現状です。
経験の浅い職員をどのようにサポートし、育成していけば良いのか。
現場では模索も始まっています。
東京の江戸川区児童相談所では、ことし9月から新たなITシステムを導入しました。
職員が電話で、親からの相談や苦情を受けた際、上司や先輩職員のパソコンとオンラインで結びます。
すると会話の内容がこちらの映像のように、リアルタイムで画面に表れます。
この内容を上司などが見て、「こうしたことを聞いた方が良い」または「こう返事して」といったアドバイスを、その場で職員に送ることができます。
これによって、実践の中での指導やフォローが可能となり、相談所全体の対応力アップにも繋がっているということです。
こうしたITなどを活用した新たな育成システムを普及していく必要があります。
そして、もう1つ。若い人材を指導する「余力」を確保するためにも、児童相談所の負担を減らしていくことも必要です。
そのためには児童相談所に案件が集中する現状を変えていかなければなりません。
具体的には、子育て世帯の生活支援や育児支援の強化です。児童相談所以外の部署や相談窓口が虐待に至る前の支援を強化し、虐待そのものを減らすことが重要です。
児童虐待の問題に対して、これまで国や自治体が、十分な予算を投じ、十分な体制を敷いてきたとは、言い難いのが現状です。
虐待が急増する今、思い切った改革が必要なのは間違いありません。
児童相談所の体制強化はもちろん、裁判所、警察、そして国や自治体といった全ての関係機関が一体となって、対策の強化を進めていくべき時だと思います。
(牛田 正史 解説委員)
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