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緊張!ロシア軍・ウクライナ国境  米ロ首脳会談とソ連崩壊30年

石川 一洋  解説委員

今、9万人を超えるロシア軍がウクライナとの国境に集結、ロシアと欧米の緊張が高まっています。バイデン・プーチン両首脳は、日本時間のきょう未明、オンラインで会談、緊張緩和のために外交的に対話を続けていくことでは合意しました。しかしウクライナをめぐる双方の原則的な対立はそのまま残りました。
ロシア、ウクライナ、ベラルーシの三首脳がソビエト連邦の消滅を宣言してから30年となります。なぜ今、ウクライナをめぐりロシアとアメリカの対立が深まるのか、首脳会談の結果を踏まえ考えます。

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 解説のポイントです。
 1)米ロ首脳会談・ロシア軍集結とレッドライン
 2)ソ連邦崩壊の合意・協力と内包した対立

1)アメリカのバイデン大統領とロシアのプーチン大統領は日本時間の今日午前0時過ぎから、2時間にわたって機密保護されたオンライン形式の首脳会談を行いました。
プーチン大統領「こんばんは、大統領」
バイデン大統領「お会いできてうれしいです」
 プーチン大統領は会談の中で米ロ両国は、連合国として第二次大戦の同盟国であり、大戦の犠牲者を忘れるべきでないと述べました。ソビエト連邦が消滅した合意の30年、そして日本の真珠湾攻撃から80年が経ちました。
真珠湾攻撃によってアメリカは第二次大戦に公式に参戦し、ソビエト連邦とともに同盟国としてナチスドイツと戦うことになりました。「ロシアとウクライナの共通の祖国は消滅したソビエト連邦だ」とプーチン大統領は伝えたかったのかもしれません。「ロシアとウクライナは一体となったほうが良い」というプーチン大統領のウクライナに対する特別な執着が危機の背景にあるように思います。

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会談を前に米ロの間で激しい情報戦も行われました。
欧米の有力紙は、アメリカとウクライナの諜報機関の分析として、ロシアは来年1月終わりから2月初めにかけて、ウクライナに大規模な軍事侵攻する計画だと報じました。ロシアが併合したクリミア、ウクライナ東部、さらに北のベラルーシから17万人を超える兵力で一斉にウクライナに侵攻すると報じたのです。一方ロシア側は、「侵攻計画」はまったくのフェイクだと否定し、アメリカの挑発だと反発しました。
報道された「侵攻計画」自体の信ぴょう性について、私はかなり疑問です。ただアメリカはウクライナ国境への9万4千人ものロシア軍部隊が展開し、侵攻の恐れがあると警告しています。部隊の展開自体はロシアも否定していません。プーチン大統領にとっては力こそ外交、ウクライナ国境への軍の展開は、アメリカを交渉に応じさせる手段であるように思います。

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会談ではウクライナをめぐり、厳しいやり取りが行われました。
バイデン大統領は、もしもロシアがウクライナに軍事侵攻した場合、「前例のない厳しい経済制裁を取り、ロシアにコストを払わせる」とプーチン大統領にはっきりと警告しました。経済制裁の詳細は明らかにしていませんが、ロシアを国際決済システムSWIFTからの除外することなどを含むものと思われます。ロシアの金融システムに甚大な打撃を与えるでしょう。さらにバイデン大統領は、軍事侵攻したらウクライナへの武器供与を増やすとともに、中東欧のNATO加盟国の防衛力を強化するなど軍事面での対抗措置を取ることもプーチン大統領に伝えました。

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これに対してプーチン大統領は、NATOこそが黒海やロシア近くで挑発行為を繰り返し、ロシアの安全保障を脅かしていると反論しました。そして経済制裁の警告に対して「侵攻計画が無いのに何のための制裁だ」と切り返したということです。
プーチン大統領はレッドラインという言葉で、ロシアとしては容認できないラインを明確にしました。それはウクライナがNATOに加盟することと、NATOの兵器システムがこれ以上ロシアの国境に近づくことです。
 プーチン大統領は法的に拘束力ある合意で、こうした可能性を排除するようバイデン大統領に求めました。「アメリカは数千キロ離れたわが軍の部隊を懸念しているようだが、我々にとっては、(NATO拡大は)現実に我が国の安全保障の問題なのだ」と述べて、ロシアの懸念を強調しました。

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 これに対してバイデン大統領は、ウクライナにはNATO加盟を求める権利があるとして、プーチン大統領のレッドラインを受け入れない考えを示しました。ただプーチン大統領にしても、バイデン大統領にしても、状況がこれ以上悪化することを望んでいるわけではありません。両首脳は紛争のエスカレーションを避けるために対話を継続することでは一致しました。しかし緊張緩和につながる見通しは見えていません。

 2)そもそもロシアとウクライナは何故対立するのでしょうか。両国は30年前ソ連邦崩壊の時に協力しましたが、同時に対立の芽も生まれていました。

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1991年12月8日、ロシアとウクライナ、そしてベラルーシの3首脳がベラルーシの連邦別荘ベラヴェジで、超大国ソビエト連邦の消滅と独立国家共同体の創設を宣言しました。
「ソビエト連邦は、国際法の対象としてもあるいは地政学的な現実としても存在を止めた」当時の三首脳の声明を聞いた時の衝撃は忘れることはできません。
連邦崩壊の衝撃が新たな独立国家間の紛争に至らぬように作り上げられたのがこの時の共同体創設の合意でした。

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ソビエト連邦崩壊の合意文書の草稿です。ロシアとウクライナなどの条約をもとに30年前の夜、書き上げたものでした。

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連邦崩壊の原因は様々ありますが、ロシアとウクライナ、そしてベラルーシの三か国がその前年90年に主権宣言をし、相互の協力を深めたことが連邦崩壊への歯車を回す力となりました。当時もっとも懸念されていたのは旧ユーゴスラビアのような民族紛争です。新たな独立国の間の境界は恣意的に決められており、クリミアをめぐるウクライナとロシアの争いも顕在化しつつありました。共同体の創設には、紛争を未然に防ぎたいというロシアウクライナ首脳の共通認識がありました。

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しかしこの時すでに新たな共同体による結びつきを強めたいロシアと一気に自立したいウクライナの相克が始まっていました。その相克は合意文書にも表れています。第5条領土に関する条項です。お互いの領土を尊重すると書く一方、共同体の枠内でという言葉が入れられています。クリミア半島をめぐる対立は共同体にウクライナがいる間は持ち出さないとすることでウクライナをロシア中心の共同体の枠内にとどめたいというロシアの思惑がにじみ出ています。
ウクライナが将来的なNATO加盟を含む欧米との接近を鮮明にする一方、ロシアでもプーチン政権のもとでの経済成長を背景に旧ソビエトの統合を進める動きが強まりました。この遠心力と求心力の亀裂が深まり、2014年のロシアのクリミア併合で決定的になりました。ウクライナ東部ではロシアの軍事支援を受けた親ロシア派とウクライナ政府は武力紛争となりました。その後ドイツ、フランスの仲介で停戦協定が調印されましたが、散発的な戦闘はいまだに続いています。
 ウクライナにとっては、国境へのロシア軍の展開は直接の脅威です。プーチン大統領のレッドラインそのものが主権の侵害で、受け入れがたいものでしょう。一方ロシアはウクライナが紛争を力によって解決することを警戒しています。連邦崩壊で協力し兄弟国と言われた両国の関係はエスカレーションの危険の中で漂流しています。

30年前、ソビエト連邦の消滅と新たな独立国家の誕生によって、東西の対立の歴史は永久に過去のものとなり、「歴史は終わった」と言われました。しかし壁は東に移り、対立の歴史が再現しています。米ソ両超大国が並び立った冷戦時代よりもその不安定さという点では米ロが衝突する危険性はより強まっています。米ロ両核大国は、緊張緩和に向けて具体的な一歩を踏み出すことを望みます。

(石川 一洋 解説委員)


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