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ポスト・メルケル ドイツ新政権と欧州の行方

二村 伸  解説委員

2日ドイツのベルリンでメルケル首相の退任式が行われました。この中で首相自ら選んだという70年代の旧東ドイツのヒット曲も流れました。当時、東の学生だったメルケル氏が統一ドイツの首相になって16年。「波乱に満ち困難もあったが充実した日々だった」と振り返りました。

ヨーロッパを代表する政治指導者、アンゲラ・メルケル氏の後継の首相にオーラフ・ショルツ氏が8日選出されます。ショルツ氏とはどんな人物なのか、又16年ぶりの政権交代で何が変わるのか、新政権の特徴と課題、そして日本はじめ国際社会との関係について考えます。

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ドイツでは、9月の連邦議会下院の選挙で第1党となった社会民主党と、第3党の緑の党、それに第4党の自由民主党が先月連立協定に合意し、6日までに各党が承認手続きをすませました。これを受けて8日連邦議会でショルツ氏が首相に選出され、新しい政権が発足します。社会民主党の首相は、1998年に16年におよんだコール政権を倒し、2005年まで2期7年緑の党との連立政権を率いたシュレーダー氏以来16年ぶりです。ショルツ氏は63歳。メルケル政権で財務相をつとめ、冷静で堅実な手腕と安定感が高く評価されました。所属政党は違うもののメルケル首相に最も似たタイプの候補を有権者が選んだといえます。とはいえ若くして党の要職に抜擢されたメルケル氏と対称的にこれまでの道のりは平坦ではありませんでした。ドイツ北部で織物工場で働く両親の間に生まれたショルツ氏は、高校生のとき社会民主党の青年組織に入り、政党活動の一方で弁護士として労働者の支援にあたりました。その後党の首相候補になるまで苦労を重ねました。現地のメディアからは「退屈な政治家」と評され、単調な話しぶりから「ショルツォマット」、ロボットと揶揄されたこともありましたが、その実直さがようやく実を結んだかたちです。

新政権は、社会民主党、緑の党、自由民主党のシンボルカラーから赤、緑、黄色の「信号連立」と呼ばれています。中道左派の社会民主党は労働環境重視、左派の緑の党は環境重視、そして中道の自由民主党は経済界寄りで財政規律重視といったように主義主張が大きく異なります。この3党による連立政権は連邦レベルでは初めてで、立場の異なる各党をまとめることができるかショルツ氏の手腕が問われることになります。

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新政権は首相を除く閣僚の数が男女同数となる見通しで、外相には緑の党の共同代表の一人、アンナレーナ・ベアボック氏が就任します。40歳でドイツ初の女性の外相です。緑の党のもう一人の代表、ロベルト・ハーベック氏は、副首相と新設される気候変動対策と経済政策を統括する重要なポストに就きます。そして自由民主党の党首、クリスティアン・リントナー氏が財務相に就任します。

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新政権の特徴は、メルケル政権が消極的だった気候変動対策とデジタル化の推進、それに格差の是正を政策の柱に据えている点です。177ページにおよぶ3党の合意文書では、▼石炭火力発電をメルケル政権が定めた目標を8年前倒しして2030年までに廃止し、発電量に占める再生可能エネルギーの比率を65%から80%に引き上げます。そのために太陽光発電と風力発電への投資を増やす他、2030年までに1500万台の電気自動車の導入をめざすなど野心的な目標を打ち出しています。▼格差是正のためにショルツ氏が選挙の公約として掲げたのが最低賃金の大幅な引き上げです。7月に9.6ユーロに引き上げられた時給をさらに12ユーロ、日本円でおよそ1530円に引き上げるというものでEUの中でもトップクラスです。日本は全国平均が930円で大きな違いです。

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長期政権による閉塞感を打ち破るチャンスだとして新政権への期待は高いものの課題も多く嵐の中の船出となりそうです。新型コロナウイルスの感染拡大はいっこうにおさまらず、1日あたりの新規感染者は先月過去最高の7万人をこえ、新たな変異ウイルス、オミクロン型の流行も懸念されています。また、選挙では旧東ドイツ地域で極右政党が高い得票率を得て、ドイツの分断と格差があらためて浮き彫りになりました。コロナ後の経済立て直しと気候変動対策を積極的に進めながら財政の健全化を図るのも至難の技です。さらに、来年にはすべての原子力発電所が廃止される計画で、エネルギーの安定供給の確保も大きな課題です。隣国ポーランドとベラルーシの緊張は新たな移民・難民危機をまねきかねず、ロシアとウクライナの緊張も高まっています。様々な危機において存在感を発揮してきたメルケル首相のように国内やEU各国をまとめることができるか就任早々指導力が問われることになります。

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外交政策では、多国間主義と国際協調はドイツの外交の基本であり今後も変わりません。ショルツ氏の首相就任後の最初の訪問国はフランスとされ、フランスとの関係を軸にヨーロッパの統合を推し進めるとともに、アメリカとの協力関係を重視する方針です。一方で、対中政策は大きく変わりそうです。経済関係を重視し中国を頻繁に訪問したメルケル首相と違って、人権重視の緑の党と企業の公正な競争を求める自由民主党は中国に厳しい姿勢です。同時にアメリカへの過度の依存からの脱却も長年のドイツの課題です。「戦略的自立」を掲げるEUは、安全保障面でもアメリカへの依存を減らすためにEU独自の即応部隊の設置を検討しており、EUの結束を重視するショルツ政権の対応が注目されます。また3党の合意文書では来年3月の核兵器禁止条約締約国会議にオブザーバー参加する方針が盛り込まれました。ドイツはNATO・北大西洋条約機構の一員として国内の基地にアメリカの核兵器が配備されていますが、日本と同様にアメリカの核の傘のもとにあるドイツの方針転換は今後波紋が広がりそうです。

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ショルツ氏は就任直後の来月1日からG7の議長として主要7か国をまとめ、様々な国際問題に取り組まねばなりません。多極化が進み不透明感を増す中で自由と民主主義を堅持し、ヨーロッパの統合と深化を推し進めることができるか、また米欧と中ロの対立が深まる中で緊張緩和に寄与することができるか、メルケル政権同様、新政権も重要な役割を求められます。
一方、新政権はインド太平洋地域を重視し、日本などとの関係強化をめざす方針です。日本としても共通の価値観をもつヨーロッパ最大の経済大国、ドイツとの連携強化が欠かせません。脱炭素社会の実現に向けて、一歩も二歩も先を行くドイツと協力できる点は少なくないでしょう。また、核軍縮に主導的な役割を果たしたいとしているドイツ新政権とともに取り組むことも重要だと思います。

カリスマ性がないと言われるショルツ氏ですがそれは16年前のメルケル氏も同じでした。ナチス時代の反省から戦後一貫して「控えめな国」だったドイツは、メルケル政権下で国益を追求する「普通の国」として経済力を高め、一人勝ちだとEU各国の批判を浴びました。その跡を継ぐショルツ氏は、まずは安定政権を築いたうえで、再びEUの結束を固め、統合と深化を推し進めるという重責を担うことになります。

(二村 伸 解説委員)


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