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EU・ベラルーシ国境 移民・難民 新たな危機

安間 英夫  解説委員

ヨーロッパの新たな“移民・難民危機”と言われる問題について考えてみます。
EU=ヨーロッパ連合の国々と旧ソビエトのベラルーシの国境付近に、中東などからヨーロッパに向かおうとする人たち数千人が集結しました。
ヨーロッパ側が国境を封鎖しているため行き場を失い、今月、国境を挟んで双方が衝突し、緊張が走りました。
今回の事態は、この地域、ひいては国際情勢を揺るがす事態に発展するおそれもあります。

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【解説のポイント】
・なぜベラルーシに移民や難民が集まったのか
・EU・ベラルーシの対立とそのリスク
・国際社会の対応と打開策

【新たな“危機”の現場は】

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・問題となっているのは、ヨーロッパ東部、EUに加盟しているポーランドやリトアニア、それにこれらの国々と接するベラルーシの国境地帯です。
・ことしの夏から、政情など不安定な状況が続く中東のイラクやシリア、それにアフガニスタンから数千人がベラルーシ側に集まりました。
・現地では、厳しい寒さのなか、国境沿いの森林地帯に数多くのテントが張られ、たき火で暖をとる人たちの姿も見られました。
・幼い子どもも居て、低体温症が原因で亡くなる人も出ました。

・集まった人たちは、ベラルーシを経由してEU加盟国に入ろうとしています。
・そこからさらに西にあるドイツを目指している人たちもいます。
・このうちベラルーシからポーランドに、ことし8月から3か月間で不法に越境しようとした試みは、2万8500件を超えたといいます。
・現地では冬に入って寒さが厳しさを増し、人道危機が深刻化しました。

・ベラルーシ政府は、衝突によって緊張が高まったことから、国境付近にある物流倉庫に移民や難民たちを避難させました。
・またイラク政府が用意した特別機が運航されて一部が本国に戻り、緊張を緩和する措置がとられました。
・しかし、依然、数千人がこの地域に残っていて本質的な問題は解決されていません。

・ヨーロッパに向かう移民や難民が急増し大きな混乱となったことは、2015年にもありました。
・このときヨーロッパの政治や社会が大きく混乱し、EUをはじめ各国政府は対応に苦慮しました。
・EU各国がこの問題に神経をとがらせるきっかけとなったのです。

【なぜベラルーシに・・・】

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・ではなぜ再びベラルーシに集まったのか。ヨーロッパにとってはかつての危機を思い起こさせるものとなりました。

・要因として、欧米から「ヨーロッパ最後の独裁者」と呼ばれているルカシェンコ大統領の存在を抜きに考えることはできません。

・EUは、ルカシェンコ政権が「意図的に移民や難民を集め」、EUに圧力をかけるため、「人間を道具として使用した」のではないかと批判しています。
・ベラルーシでは、去年8月に行われた大統領選挙の不正疑惑をめぐって大規模な抗議行動が起き、ルカシェンコ大統領はEUをはじめ国際社会から厳しい批判を受けました。
・さらにことし5月には、ルカシェンコ政権が反体制派のジャーナリストの乗った航空機を強制着陸させて身柄を拘束し、「国家によるハイジャック」と非難され、EUから追加制裁を受けることになりました。
・EUは、ルカシェンコ政権がこうしたEUの制裁に対抗するため、移民たちを利用したのではないかと疑念を強めています。

・EU側が根拠としてあげているのは、
 ベラルーシの国営航空がチャーター便を増便していたこと、
 ベラルーシ当局がビザを発給し、国内の移動も黙認していたこと、
 さらに移民たちの証言で、ベラルーシ軍の兵士が国境まで案内していたことなどがあり、
ベラルーシ当局の関与は明らかだとしています。

【対立深まるEUとベラルーシ】

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・ポーランドやEUは、ベラルーシに批判を強め、対立が深まっています。

・ポーランドのモラウィエツキ首相は、ルカシェンコ政権の行為について、EUを不安定化させるための「国家によるテロだ」と非難しました。
・またEUのフォンデアライエン委員長も、「EUに対するハイブリッド攻撃だ」と非難しました。
・ハイブリッド攻撃というのは、2014年のウクライナ危機で、ロシアがクリミアを併合した際にとった作戦として注目された言葉です。
・軍による武力行使以外の手段を組み合わせた攻撃のことで、EUは今回ベラルーシが移民たちを使って嫌がらせを行い、そうした手段をとっていると非難しているわけです。
・これに対してルカシェンコ大統領は、「意図的ではない」と否定して見せたものの、移民たちの移動や越境を容認していることは隠していません。

・そのうえでEU側に人道的な見地から受け入れを求めています。
・またベラルーシの後ろ盾となってきたロシアのプーチン大統領は、「問題の原因は欧米側にある。ベラルーシへの制裁は逆効果だ」としてベラルーシの立場を擁護する姿勢を示しました。
・EUは、ルカシェンコ大統領を人道問題でこれまで再三にわたって非難してきました。
・しかし今回は、そのルカシェンコ大統領から、移民や難民を受け入れないことが非人道的だと非難される皮肉な状況となっています。
・双方が“人道”を主張して相手を非難するなか、厳しい環境に置かれた移民たちが体調を崩し、さらに命が奪われかねない事態となっています。

【見過ごせない地政学的リスク】

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・ではここからは、この問題を見過ごすことができない理由として、この地域をめぐる地政学的なリスクについて考えてみます。

・ポーランドはかつて東西冷戦時代、ベラルーシと同じ東側の陣営でしたが、今は欧米の軍事同盟NATOに加盟しています。
・一方、ベラルーシはロシアを中心とする軍事同盟に加盟しています。
・ポーランドとベラルーシの国境は、欧米とロシア、東西それぞれの軍事同盟が境界を接するきわめて緊迫感の高い場所と言えるでしょう。
・さらにロシアは、ベラルーシとウクライナを、ヨーロッパとの間の緩衝地帯と位置づけ、国防上、重要視してきました。

・ロシアは今回の危機と並行して、ベラルーシの空域に戦略爆撃機を派遣してパトロールを行ったほか、合同軍事演習を実施。ベラルーシと連携する姿勢を示し、欧米側をけん制するねらいがあったと見られます。

・この地域で緊張が高まれば、欧米とロシアを巻き込んで、2014年のウクライナ危機、あるいはそれ以上に国際情勢を揺るがす一触即発の事態に発展するおそれも排除できません。

【打開策はないのか】

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・では国際社会は打開策を見いだすことはできるのでしょうか。
・この問題で日本を含むG7は外相声明で、ベラルーシ政府を非難しました。
・しかし国連の安全保障理事会では、欧米とロシアとの間で非難の応酬となり、平行線に終わりました。
・ルカシェンコ大統領は、7000人のうち5000人を本国に送り返し、EU側に2000人を受け入れるよう求めていますが、EU側はこれを拒否しています。
・EUは今回新たな制裁を科すことを決めましたが、ベラルーシにはすでに4回にわたり制裁を科していて、ルカシェンコ大統領も対象となっています。
・歯止めのかからない権威主義的な指導者に対して、国際社会が無力であることを改めて浮き彫りにしています。
・またポーランドは、来年夏ごろまでに高さ5メートル以上の壁を建設する方針を示していますが、抜本的な解決策とはいえず、こうした危機は今後も続くおそれがあります。

【終わりに】
・ベラルーシに渡ってきた移民や難民の人たちは、本国の財産を処分したり、厳しい道のりを乗り越えたりしてヨーロッパにたどりつこうとしてきました。
・EUとベラルーシ双方がともに人道を主張するのであれば、これ以上犠牲者が出ないよう、まずは人命と安全を第一に、協力して人道的な対応をとり、緊張を緩和していくべきでしょう。
・さらに移民や難民が急増するというケースは、ほかの地域でも起きるおそれがあります。
・ベラルーシの問題とあわせて、各国が対策を検討しておかなければならない課題だと思います。

(安間 英夫 解説委員)

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