きょうのテーマはアフリカのエチオピアです。日本にとって遠く馴染みのない国という方も多いと思いますが、マラソンの選手が日本でも活躍し、歴史的にも経済的にも深いつながりがあります。2桁の経済成長を続けてアフリカの成長モデルと呼ばれ、アビー首相はおととしノーベル平和賞を受賞しました。そのエチオピアで、政府軍と北部の武装勢力の戦闘が始まってから今月でまる1年、反政府勢力は首都近くまで迫っています。国は分裂しかねない危険性をはらみ、各国政府は自国民に国外退避を勧告しています。そのなぜこのような事態に陥ったのか、その背景と紛争が日本をはじめ国際社会におよぼす影響について考えます。
エチオピアはアフリカでもっとも古い独立国で、19世紀末ヨーロッパ列強がアフリカを分割、植民地化した際も独立を維持しました。人口1億人を超えるアフリカ第2の国で、首都アディスアベバに、アフリカの55の国と地域を束ねるAU・アフリカ連合の本部が置かれ、地域大国として存在感を示してきました。
2000年代半ばから10年あまりGDP・国内総生産が年平均10%をこえる高度経済成長を遂げ、アフリカの成長モデルとなってきました。
日本からは直線にして1万キロと地理的には遠いもののエチオピアは親日的な国で、かつては皇室間の交流もありました。1930年代には日本から綿製品が輸出され、今はエチオピア産のコーヒーや花、革製品を日本でも目にします。近年はアフリカの有望な投資先の1つとして日本の企業の関心も高く、エチオピア航空はアフリカの航空会社として唯一日本への直行便を運航中で、人の往来も活発です。
ところが、そのエチオピアで去年11月、政府軍と北部ティグレ州を拠点とするティグレ人民解放戦線の戦闘が勃発しました。アビー首相は北部に大規模な攻撃を行うとともに食料の供給を遮断しました。ティグレ州では食料不足が深刻化し国連は今年6月、35万人が飢餓状態にあると発表しました。今月2日にはアビー首相が全土に非常事態宣言を出し、市民に自衛のため銃をとるよう呼びかけました。さらにエチオピア政府は国連の現地職員16人とWFP・世界食糧計画の運転手72人を拘束。国連人権高等弁務官事務所は、非常事態宣言発令後の2週間で少なくとも1000人が拘束されたと発表しています。一方、人権団体によれば政府軍、反政府勢力ともに一般市民に虐殺や性暴力を繰り返しているということで、国連は、「極度の野蛮な行為が確認された」と双方を非難しています。ティグレ人民解放戦線は、今週、首都まで220キロの町を制圧して首都に迫っており情勢は緊迫の度を増しています。アメリカとドイツ、フランスに続いてイギリスも24日、「近日中に戦闘が首都に迫るおそれがある」として自国民に国外退避を勧告しました。日本の外務省も渡航の中止を勧告し、現地の日本人に早急に出国するよう求めています。
アフリカでもっとも安定した国の1つと呼ばれてきたエチオピアで、なぜこのような事態が起きているのか、その背景には多民族国家の難しさがあります。
エチオピアは80以上の民族からなる多民族国家です。冷戦中ソビエト連邦の支援を受けていた社会主義の軍事独裁体制が、30年前、様々な民族からなるエチオピア人民革命民主戦線によって倒され、以来新政権の要職を北部のティグレ人が占めてきました。ところが3年前、オロモ人のアビー・アハメド氏が首相に就任、エリトリアとの国境紛争を平和裏に解決し、おととしノーベル平和賞を受賞しましたが、中央集権化を進めた結果、ティグレ人は政権から追われました。ティグレ人勢力は他の民族と組んでアビー政権打倒をめざしており、首相が掲げてきた「国民の融和」と「周辺国の安定」はもろくも崩れ、エチオピアは分裂の危機に立たされています。
紛争には周辺国の様々な思惑が複雑に絡みあっています。エチオピアがナイル川上流のスーダンとの国境まで30キロの地点に建設を進めているアフリカ最大級のダム、「グランド・ルネッサンス・ダム」をめぐって下流のエジプトとスーダンは水量が減少するとして反発しています。とくに「エジプトはナイルの賜物」と呼ばれるように、飲み水の90%以上をナイル川に依存しているエジプトは、死活問題だとして水量制限を求め、アビー政権と対立を深めました。スーダンはエチオピア国境に部隊を展開しています。一方、北のエリトリアはアビー政権側に付き、ティグレ州に軍の部隊を派遣し政府軍を支援しています。さらにソマリアからも兵士がエチオピア入りしていると伝えられています。
これらの国々はどこも問題を抱えています。ソマリアではイスラム過激派のアッシャバーブによるテロが絶えず、一党独裁体制が続くエリトリアからも多数の住民が国外に逃れていますスーダンでは先月、軍のクーデターが起き、住民の抗議デモが続いています。南スーダンも紛争終結の目途は立たず、深刻な人道危機に陥っています。そうした中でエチオピアは、これまで紛争の解決と地域の安定のために積極的に関与し、周辺の国々から多数の難民を受け入れてきました。そのエチオピアで戦闘が激化し、ティグレ州では数百万人が家を失い、その多くがスーダンに逃れる事態となっているのです。アフリカ東部の安定のためにはエチオピアの紛争終結が不可欠です。
では、国際社会は何ができるでしょうか。
国連安保理は今月5日声明を出して、エチオピア情勢に深い懸念を表明し、戦闘の停止と永続的な休戦のための協議を呼びかけました。しかし、アビー政権に対する米欧と中国・ロシアの立場は異なります。アメリカは貿易の優遇措置を廃止するなど支援の規模を縮小し新たな制裁を検討しているのに対し、中国とロシアは制裁には反対です。とりわけ中国はエチオピアに巨額の資金を投じて鉄道建設などインフラ整備を進めてきただけにアビー政権に強い圧力をかけることに慎重です。しかし、国際社会が手をこまねいている間に多数の人の命が失われ続けており、首都が戦場となれば想像を絶する悲劇が起きかねません。
民族間の対立と衝突をこれ以上激化させないためには、アビー政権を孤立化させるのではなく、周辺の国々も含めて対話による解決の道を模索することが重要です。ただ国際社会の結束は容易ではありません。アビー政権に近い中国の積極的な関与も今のところ期待できそうにないだけに、アフリカ自らの手でアフリカの問題を解決することが何よりも求められます。アフリカ連合による仲介と治安維持部隊の派遣も一つの手段でしょう。国際社会はそうした取り組みを後押しするとともに人道的な支援を速やかに行わねばなりません。
日本もTICAD・アフリカ開発会議を通じてアフリカの成長と安定を支えてきました。その中心となってきた国の危機に対して、東南アジアやアフリカでの経験を生かして平和構築の分野でも貢献できるのではないでしょうか。
今、世界を見渡すとシリアの紛争が10年をこえ、アフガニスタンやミャンマー、スーダンでは民主化が遠のき、人道危機に直面しています。エチオピア情勢がこれ以上悪化すれば世界の紛争地域への国際社会の支援が一層難しくなるだけに早急に手を打つ必要があります。
(二村 伸 解説委員)
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