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成長と分配の好循環 "新しい資本主義"問われる実現する力

神子田 章博  解説委員

政府はきょう総額55兆円あまりの経済対策をまとめました。GDPの伸び率が大幅なマイナスとなるなど、コロナ禍で低迷する日本経済を支えるための措置に加え、中長期的な成長を実現するための対策も盛り込まれています。そして、その対策の背骨をなすのが、成長と分配の好循環をめざす新しい資本主義です。

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岸田新内閣の経済政策の課題について考えていきたいと思います。

 解説のポイントは三つです。
1)日本経済の現状と当面の対策
2)成長戦略の限界と問い直される新自由主義
3)分配の具体策と実現への課題

1) 日本経済の現状と当面の対策

 最初に日本経済の現状です。

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今週発表された今年7月から9月までのGDPの伸び率は、年率にしてマイナス3%と市場の予想を超える大幅なマイナスとなりました。緊急事態宣言で、飲食や旅行などのサービス産業が低迷したことから個人消費がマイナス1.1%に落ちこんだほか、半導体不足や東南アジアでの感染拡大によって部品の調達が困難となったため自動車などが作れず、輸出もマイナス2.1%と5四半期ぶりのマイナスとなりました。さらに今後も、原油高や円安による輸入品の価格上昇で、企業の収益の悪化や、消費の落ち込みが懸念されています。

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こうした中で政府はきょう財政支出の規模で55兆円を超える経済対策を決定しました。コロナ禍で打撃をうけた人々を支える当面の対策として、所得制限を設けたうえで、18歳以下を対象に一人当たり10万円相当を給付するほか、住民税が非課税の世帯に対して、1世帯当たり10万円の現金給付を行います。また売り上げが大きく減った中小企業などに最大で250万円を支給する給付金制度や、「GO TOキャンペーン事業」の再開にむけた準備を整えることなどが盛り込まれています。当面は感染拡大を抑えながら、以前の様な経済活動にどう戻していくかが課題となります。

この他対策には、ガソリン価格高騰への対応策として、政府が石油元売り会社に資金を補填してガソリンや灯油の卸売価格を引き下げる対策も盛り込まれています。

2) 成長戦略の限界と問い直される新自由主義

一方今回の対策には、新しい資本主義がめざす「成長と分配の好循環」の具体策も盛り込まれています。まず成長戦略についてみていきます。

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この中では、▼「2050年カーボンニュートラル」の実現にむけ、再生可能エネルギーの普及に必要な蓄電池や送電網への投資や、自動車の電動化の推進をはかることや、▼「デジタル田園都市国家構想」のもとで、テレワークの普及や過疎地での自動配送ロボットの実用化などを推進すること、▼大学の研究レベルを世界最高水準に高めるため、10兆円規模の大学ファンドの運用を始めることなどが盛り込まれています。

一見すると、これまでの政権の成長戦略と似通ったメニューが目立ちますが、その理由について内閣官房の幹部は、日本経済を患者に例え、「菅政権から岸田政権へと医師団は変わったが、症状は変わらないからだ」と説明しました。確かに低成長という病は日本経済の変わらぬ課題ですが、であるならば、まず、これまでの治療法や処方せんに効果があったのかが問われるべきではないでしょうか。

ポイントは、アベノミクスによる成長が企業や富裕層を潤す一方で、中間層の賃金の実質的な増加につながらなかったとされることです。

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一般に中間層が所得の多くを消費に費やすのに対し、富裕層は消費の絶対額は大きくても所得全体に占める消費の割合は小さくなります。

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このため、経済が成長して日本の富が増えても、その富が一部の富裕層に多く行き渡り、中間層には少ししかおりてこなければ、全体として消費に回るお金が少なくなり、消費がさらに成長を押し上げる好循環が生まれません。

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このため、成長の果実である富を中間層へより多く分配することで、成長と分配の好循環を実現することが求められているのです。

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また分配が十分に行われなければ、富むものと富まざる者の格差が拡大し、社会の分断を招く恐れも指摘されています。実際に海外の先進国ではこの問題が現実のものとなっています。欧米各国ではかつて、経済活動への政府の関与を極力抑え、市場の機能を最大限に発揮させることで、経済の活性化をはかろうという「新自由主義」と呼ばれる考え方がひろがりました。アメリカのレーガン政権やイギリスのサッチャー政権がこの考えにもとづいて、減税や、規制緩和、金融市場の自由化を進め、経済の活力を取り戻したと言われています。その一方で貧富の格差が極端な形で拡大したことで、アメリカで「ウォールストリートを占拠せよ」フランスでは「黄色いベスト運動」といった政府への抗議活動が広がりました。社会の分断が生じる中、アメリカのバイデン政権は格差の解消を掲げ、中間層の生活を支援する政策をとる一方で、その財源を大企業や高所得者だけをターゲットにした増税で調達する方針を示しました。持てるものから富みを吸い上げて、持たざる者に分配する政策を打ち出しているのです。新自由主義的な考え方は、小泉政権以降の日本の経済政策にも色濃く影を落としてきましたが、その政策の手法を問い直す声は各国で強まっているのです。

3) 分配の具体策と実現への課題

 こうした中で岸田政権は、分配をどう実現しようとしているのか。ここからはその具体的な政策と課題について考えていきます。

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今回の経済対策では▼来年度の税制改正で賃上げに積極的な企業に対し法人税の税額控除を引き上げることや、▼介護・保育の現場で働く人の収入を来年2月から月額で3%程度引き上げるほか、コロナ対応に当たる看護師の収入についても段階的に3%程度に引き上げていくこと▼求職者を対象にデジタル時代に即した技術を身につける職業訓練を拡充することなどが盛り込まれています。このうち賃上げをめぐって企業側からは、一度引き上げると下げるのは難しくなるため将来の成長の見通しがなければ慎重にならざるをえないとか、給与をあげれば、社会保険料の企業側の負担も増えるといった声があがっています。企業を動かすには、相当思い切った税額控除が必要となりそうです。

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 さらに分配政策としては、今回の対策とは別に、株式の売却益や配当などいわゆる金融所得に対する課税の強化も検討課題としてあがっています。というのも、所得税の税率が、所得の多い人ほど高くなり最大55%に上るのに対し、金融所得の税率は、一律で20%。一般に所得の多い人ほど、金融所得の比重は増える傾向にあるので、「金持ち優遇」だと批判する声も上がっています。こうした中、岸田総理大臣は金融所得に対する税率を引き上げることが「成長の果実を分配する手法の一つ」だとしていて、自民党の税制調査会では、来年度の税制改正では見直さないものの、今後の検討課題として議論していくとしています。金融所得課税の強化が株式市場などに及ぼす影響も懸念されますが、金融市場に集まる富が貧富の格差をさらに押し広げているだけに、政府がそれをどう吸い上げ、国民に分配するのか。新しい資本主義を実現するうえで重要な課題といえます。

岸田総理大臣は、コロナ禍で格差の問題が改めて浮かび上がる中、地方や中小企業、非正規労働者といった「経済的な立場の弱い人々」の声を聞いて回り、「成長の恩恵はあらゆる人々に分配されるべきだ」という思いを強め、これまで以上に分配に重きをおく新しい資本主義をめざすことにしたといいます。その理想に向けてどれだけ実効性のある手を打つことができるのか。実現する力が問われることになります。

(神子田 章博 解説委員)


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