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「〝ゲーム・チェンジャー″に? 極超音速ミサイル 日本の対応は」(時論公論)

田中 泰臣  解説委員

「ゲーム・チェンジャー」という言葉をお聞きになったことがあるでしょうか。
安全保障の世界では、戦闘のありようを一変させる技術の進展のことを言います。その一つに挙げられているのが、極超音速ミサイルという兵器で、中国やロシアが開発・配備を急いでいます。その背景や日本が今後取るべき対応について考えたいと思います。

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《各国が開発・配備を急ぐ》
ロシアは「アバンガルド」というミサイルをすでに配備しているとされ、それに加え、「ツィルコン」という海上発射型の極超音速巡航ミサイルの開発を進めていて、プーチン大統領は今月、来年にも配備すると発表しました。中国は、「東風17」というミサイルを開発。アメリカの国防総省が今月公表した報告書では、中国はすでに去年から運用を開始していると指摘しています。また北朝鮮も9月に極超音速ミサイルの発射実験を初めて行ったと発表しています。

《極超音速ミサイルとは》

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その極超音速ミサイルとはどのようなものなのでしょうか。
すでに世界30か国程度が保有しているとされる弾道ミサイルは、大気圏の内外を放物線状に飛び目標に到達します。一方の極超音速ミサイル。大気圏外まで打ち上げられるものの、すぐに大気圏内に戻り、低い軌道を滑空し目標に到達します。かじの役割をする羽根がついていて、高さや方向を変化させることができるとされています。極超音速というのはマッハ5以上、秒速にして1700メートル以上の速さのことで、中国のミサイルはマッハ6程度とされています。
ただ極超音速というと、どのミサイルよりも速いかのように聞こえますが、そうではありません。より高い高度から落下してくる弾道ミサイルの方が、中距離以上のものでマッハ10以上と速いのが一般的です。低い軌道を飛ぶミサイルと言えば、アメリカのトマホークで知られる巡航ミサイルがありますが、速度はマッハ1以下です。つまり極超音速ミサイルは、低い軌道ながら長時間、高速で飛ぶ上、高さや方向を変化させられるのが特徴と言えます。

《極超音速ミサイル〝ゲーム・チェンジャー″に?》

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各国が開発や配備を急ぐのは、その特徴によって、探知や迎撃が困難とされているからです。弾道ミサイルであれば、高度が高いため地上のレーダーなどから探知しやすい上、放物線状の軌道を描くので目標地点も予測しやすくなります。
弾道ミサイルに対して、日本やアメリカはレーダーで探知・追尾を行い、イージス艦のミサイルで迎撃。撃ち漏らせば地上配備型の迎撃ミサイル「PAC3」で迎撃するという防衛網を構築しています。

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一方の極超音速ミサイルは、低い軌道を長時間飛ぶため、地平線で遮られてレーダーでの探知が難しく、高さや方向が変えられるので迎撃も難しいとされています。ロシアのプーチン大統領は、「現在あるいは将来のミサイル防衛網でも攻略できない」と自信をのぞかせています。
中国やロシアからすれば、日米のミサイル防衛網を突破する能力を持ち、それによりアメリカに対して、また地域で軍事的に優位に立つというのが、その大きな目的と見られます。地理的に近い日本にとっては、安全保障環境がいっそう厳しさを増すことにもなりかねないと言えます。

《日米はどう対応?》
では、日本やアメリカはどう対応しようとしているのでしょうか。
アメリカも、極超音速ミサイルの開発を急いでいて先月も実験を行いました。まだ実戦配備には至っておらず、中国やロシアに比べて遅れているのが実情です。

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こうした中、アメリカが、防御のため、ミサイルの探知や追尾を可能にする手段として開発に力を入れているのが、「衛星コンステレーション」というものです。コンステレーションというのは英語で「星座」を意味します。小型の人工衛星を多数、宇宙空間の低い軌道に飛ばし、衛星どうしで情報を共有して、探知・追尾するというものです。

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地上や海上といった「下」からではなく、上から追いかけることで、低い軌道を飛ぶ極超音速ミサイルにも対処が可能になるという発想で、アメリカは、来年度、実証機を打ち上げ、2024年度以降、150基程度を配備していくとしています。
この衛星コンステレーション、日本も、今年度から導入するかどうか本格的な検討を始めています。防衛省は、具体的なことは何も決まっていないとしながらもアメリカとの連携も念頭に検討を進めるとしています。通常の人工衛星では1基数百億円ほどかかり、アメリカは衛星の小型化によりコストダウンを図る考えですが、日本政府には、どこまで効果が期待できるのか、またアメリカとの役割分担について、慎重な検討が求められると思います。

また、抑止力を確保する一環として防衛省が進めているのが、極超音速ミサイルの関連技術の研究で、開発するかどうか来年度以降検討する方向です。「諸外国のミサイル迎撃能力も向上している」として、相手の脅威が及ぶ範囲の外から防衛する手段の1つとして研究を進めています。
確かに技術の進展を踏まえた防衛力整備を不断に研究することは重要です。
ただ地域の緊張を高めることにつながらないかなども含めて日本としてどこまでの装備を持つ必要があるのか絶えず検討することも大切だと思います。
また政府にはあわせて、各国の開発競争が歯止めのない軍拡につながらないよう、外交努力を重ねることも求められるのではないでしょうか。

《敵基地攻撃能力の議論は?》
日本周辺の安全保障環境が厳しくなる中、議論となってきたのが敵の発射拠点などを直接破壊できる能力、いわゆる敵基地攻撃能力を持つかどうかです。
この課題、極超音速ミサイルをはじめとするミサイル技術の進展に伴い、今後、政府・与党内で議論が活発化すると見られます。

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政府はこれまで、憲法上認められるものの、アメリカがその役割を担うとして保有しないとしてきましたが、岸田総理大臣は、「能力の保有も含め、あらゆる選択肢を検討する」と意欲を示しています。政府内でも、「迎撃の方をいくら整備しても限界があり、『やったらやり返される』と相手に思わせる抑止力を持つことが必要」との意見が出ています。
これに対し野党からは、相手から武力攻撃を受けた時にはじめて武力を行使するという日本の防衛政策の基本理念「専守防衛」から逸脱するおそれがあるとの指摘が出ているほか、与党の公明党も「日本が先制攻撃をしたと取られかねない」などと慎重な姿勢です。

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そこで政府や自民党内で出ているのが「2発目」を防ぐためのものとする議論です。
1発目のミサイルは迎撃し、2発目を防ぐために敵基地を攻撃するというもので、これであれば、「専守防衛から逸脱しない」という発想で、防衛省幹部の1人も、その対応が現実的ではないかとしています。ただ仮にそのような結論となるにしても、これまで踏み入れていない領域であるのは間違いなく、自衛隊の装備やその使い方という点でも大きく変わることになると思います。岸田総理大臣は、安全保障の基本方針である国家安全保障戦略を初めて改定する方針で、慎重な公明党との間で、どのような協議を経て、ここに何を盛り込むかが、まずは大きな焦点になります。私たちも、日本の安全保障政策を大きく変える可能性がある課題ととらえ、しっかりと議論に注目していく必要があると思います。

《政府に求められるのは》
極超音速ミサイルだけでなく、AI=人工知能など、「ゲーム・チェンジャー」となりうる技術は今後も進展し続け、日本もその波から逃れることはできないと思います。ただ、だからこそ政府は国民の安全を守ることを最優先としつつ、「抑止力」という言葉のもと、どこまで対処していくべきなのかを冷静に見極めていく必要があると思います。岸田総理大臣は防衛力を抜本的に強化するとし、防衛省では先週、「防衛力強化加速会議」というものも始まりました。ただ、そこに突き進むのではなく、何のためにどのような力が日本に必要なのかを国民に丁寧に示していくことも政府にとっては重要な責務だと思います。

(田中 泰臣 解説委員)

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