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COP26 脱炭素社会は近づいたか?

土屋 敏之  解説委員

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地球温暖化の影響が年々顕在化する中、2年ぶりに開かれた気候変動枠組条約の締約国会議・COP26が、ひときわ注目されたのにはいくつかの背景がありました。この夏、国連機関IPCCの最新報告で「人間活動によって温暖化が起きていることは疑う余地が無い」と初めて断定され、同時に「産業革命前からの気温上昇を2℃より十分低く、1.5℃に抑える努力をする」としたパリ協定の目標実現には、もはや温室効果ガス大幅削減に一刻の猶予もない、ギリギリのタイミングだとわかったことなどです。

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こうした中で開かれたCOP26には大きく2つの目標、言わばゴールが掲げられていました。ひとつは「パリ協定のルールブックを完成」させること。2015年に採択されたパリ協定ですが、各国が合意できることを優先したため曖昧な条文が多く、詳細ルールはその後の交渉で決めることにしていましたが、6年経った今も未完成でした。
もうひとつは、温暖化による災害や食糧危機など深刻な被害を抑えるためにも、気温上昇を1.5℃までで食い止められるよう、対策強化の行動を加速することでした。

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このひとつ目のゴール、パリ協定の実施ルールについては、今回ついに完成しました。例えば、各国の排出量などを正確に報告させるための共通の様式の策定や、今後は5年ごとにその10年先の削減目標を提出するよう奨励することなどです。中でも、「市場メカニズム」と呼ばれるものはルール作りが難航してきました。

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市場メカニズムとはある意味で、温室効果ガスの削減量を売買できるルールです。例えば、日本が資金を援助して途上国でCO2を100削減したとします。このうち50を日本の排出が減ったことにできる、といったものです。
上手く使えばより低コストで世界全体の削減が進むとされる一方で、課題もありました。それは、日本の排出が50減ったことにするなら、その分途上国の削減量も100ではなく50と報告してもらう必要があることです。これを途上国が削減量100のまま報告すると二重計上になり、実際は100しか減っていないのに合計150減らしたことになって、対策に抜け穴が出来てしまいます。この利害調整などに難航しましたが、なんとか二重計上を防ぐルール作りでも合意しました。
このようにパリ協定の実施ルールが完成したことは、COP26の成果と言えます。

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 一方、もうひとつのゴールとされた、1.5℃目標に向けた対策の加速はどうでしょう?
COP26の開幕前、条約事務局は「各国の削減目標を全て達成できたとしても、今世紀末の気温は2.7℃上昇してしまう」との集計結果を発表していました。
これに対し、会期中に各国が表明した新目標などを加味すると、分析した機関によって差はありますが、気温上昇が2℃前後に抑えられる可能性が初めて示されました。その要因は、まず世界第3位の排出国であるインドが2070年までに排出実質ゼロをめざすと表明したこと。年限に違いはありますが、これで中国やロシアを含め排出量の多い国のほとんどが実質ゼロを目標に掲げたことになります。また、温室効果が大きいメタンの削減についても、日本を含むおよそ100か国が合意しました。

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こうした機運を高めた要因のひとつが議長国イギリスの働きかけです。
イギリスはCOPの会合と並行して毎日、「エネルギー」「森林保護」「電気自動車」などテーマを決めたイベントも行い、各国や企業などの取り組みを発表する場を設けて盛り上げてきました。
ただ、これらが成果をあげた一方で、各国の立場の違いも浮き彫りになりました。電気自動車については、イギリス始め20か国以上が2040年までに新車販売を全てEVなどゼロエミッション車にすることに合意しましたが、日米中などは不参加。また石炭火力発電についても、CO2回収などの削減対策がとられていないものは新規建設を中止するなどの声明に40か国余りが賛同したものの、やはり日米中などは不参加でした。日本政府の交渉団は、資源が乏しく海に囲まれている日本は多様なエネルギー源をバランス良く活用することが重要だと説明しました。

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そして、この石炭を巡る立場の違いはCOP26の成果をまとめた、言わば「グラスゴー合意」にも影を落としました。
議長案では途中まで、削減対策が取られていない石炭火力は「段階的な廃止を加速」となっていました。しかし、石炭依存度が高い国などから同意を得られず見直しを重ね、3度目の案では「廃止の“努力”を加速」と表現が弱まりました。石炭火力廃止に消極的と見られていた日本は、この段階で議長案の支持を表明。しかし、これでも決着はせず、採択の直前、インドが「廃止」という表現を「削減」に変えるよう提案。海面上昇で水没の危機に瀕するマーシャル諸島などは反発しましたが、ついに廃止の文字自体消えたのです。
妥協に次ぐ妥協を余儀なくされたシャルマ議長は、言葉を詰まらせながら「申し訳ない。だが、最も大切なのは合意文書全体を守ることだ」と述べ、変更を認めました。

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最後まで紛糾したCOP26。合意文書ではこれまで挙げてきた他に、気温上昇が2℃と1.5℃では被害が大きく異なることを挙げ、「1.5℃に抑える努力を追求することを決意する」と、1.5℃を目指す姿勢が強調されました。またそのためには、今世紀中頃に温室効果ガス排出を実質ゼロ、途中の2030年には2010年比で45%削減する必要があることも明記されました。
気温上昇を2℃前後までは抑えられる可能性が見えてきたことと合わせ、COP26は実現が危ぶまれた1.5℃目標の可能性をかろうじてつないだとも言えます。

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ただ、これで脱炭素社会が近づいたとは言えません。
現在は中国の2060年実質ゼロやインドの2070年実質ゼロなど各国はまだ目標を掲げただけで、問題はそれが実現できるかです。しかもそれが全て実現できても気温は2℃上昇ですから、1.5℃への抑制にはさらに対策が不足しています。
日本も「2030年度温室効果ガス46%削減」や「2050年実質ゼロ」の目標を打ち出していますが、それを実現できる目途が立っているとはまだ言えません。石炭火力やガソリン車を残しつつ、こうした目標は実現可能なのか?また、新たな国の計画では、産業や運輸の分野以上に私たちの家庭に大きな削減目標が割り当てられており、2030年度、つまりあと9年で家庭の排出を2013年度比で66%も削減することが求められています。これらをどう実現しようというのか?国は具体的な施策を早急に示す必要があります。

COP26閉幕にあたり、シャルマ議長はこんな声明を出しました。
「1.5℃目標は生き残りましたが、その鼓動は依然弱々しい。私たちは歴史的合意に達しましたが、それがジャッジされるのは各国がサインしたかどうかではなく、約束を実行するかどうかによってです。ハードワークは今から始まります」と。
脱炭素社会への転換は私たちのライフスタイルや働き方も大きく変えますし、コストをどう負担するかの問題も避けられません。それを先送りせず、日本を含め各国が一刻も早く実行に移すことが求められています。

(土屋 敏之 解説委員)


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