2021年10月に東京の京王線で乗客が切りつけられるなど、電車内での切りつけ、放火の事件が相次いでいます。11月15日には、JR福島駅の西口で、女性が刃物で切りつけられる事件が起きました。身近な交通機関で起きただけに、不安が広がっています。
国土交通省は全国の鉄道会社に対して再発防止策を検討するよう求めています。
解説のポイントです。
▽京王線の事件の経過を見た上で、
▽こうした事件を未然に防ぐために、どういったことが考えられるのか、
▽事件が起きた際に、乗客らの安全を守るために何が求められるのか、考えます。
まず、京王線の事件を見てみます。事件は10月31日、日曜日の夜に起きました。
京王電鉄などによりますと、調布駅を出発した10両編成の特急が、新宿駅に向かって走っていたところ、後から3両目=3号車にいた男が、刃物で乗客1人に切りつけました。前の方に移動して液体をまいて、火をつけ、後ろの2号車まで移動しました。
この事件で、3号車で刺された70代の男性が重体、他に煙を吸うなどした乗客16人がけがをしました。
この緊急の事態に、乗務員や乗客はどのような行動をとったのでしょうか。
車内には「非常通報装置」が設置されています。最初に、4号車の非常通報装置が鳴らされました。この通報を起点に図中に時間を表示します。
車掌が対応しましたが、乗客からの応答はありませんでした。
1分後、乗客が車掌に「何かをまいて、刃物を持った人がいる」と伝えました。さらに3号車など3つの非常通報装置が鳴らされました。このころ、運転士は乗客が扉をたたいたため、異常を感じて、通過する予定だった国領駅に停車させることにしました。
2分後、電車は停止位置の2メートルほど手前に止まりました。このとき、乗客が車両のドアを開けるレバーを操作したことから、電車は安全のため自動的にこれ以上動かすことができなくなり、電車のドアとホームドアがずれたままになりました。
ドアがひらかない中、最初の通報から3分後には、乗客が窓からホームに避難し始めました。
その後、男はかけつけた警察によって身柄を確保されました。
男は、刃物と可燃物を持っていました。こうした犯行を防ぐには、どうしたらいいのでしょうか。
国や鉄道会社は、この6年ほどの間に起きた事件をきっかけに対策強化を進めてきました。
▽2016年に可燃物のルールを強化し、ガソリンなどの持ち込みを禁止したほか、
▽2019年には、刃物について、適切にこん包していないと車内に持ち込めなくなりました。
▽さらに東京オリンピック・パラリンピックを前にした2021年7月には、特に必要な場合、鉄道の係員が手荷物検査をできるよう、新たな規定を設けました。
しかしそのあと、8月に東京都内の小田急線で事件が起き、10人が重軽傷を負いました。
小田急線の事件を受けて、国土交通省や鉄道関係者の間で、駅構内や車内の巡回といった警備を強化することなどを決めたばかりでした。
ただ、それまでの対策については、実効性をどう高めるのか課題も指摘されています。
例えば手荷物検査について、鉄道関係者は「乗客の利便性などを考えると、一律に行うのは難しい」と話しています。確かに、空港の搭乗手続きのように手荷物を調べると、大変な混雑になり、乗りたい列車に間に合わないということにもなりそうです。
一方で、鉄道会社の中には、駅構内の防犯カメラを使って、不審な動きをする人や物を置いて立ち去るといった行動を自動的に検知して駅員に知らせるシステムを、すでに導入しているところがあります。さらに、不審な行動をより幅広く検出できるように、AI=人工知能を使った防犯システムを開発した会社もあります。
プライバシーなどに配慮して、こうした新しい技術で検査する人を絞り込めば、手荷物検査も実現可能かもしれません。
対策を打ち出すこととあわせて、様々な技術を組み合わせてその対策の実効性を引き上げる取り組みの検討が重要になっていると思います。
もう一つ、事件の被害を最小限にする「対処」という点で、どうだったのでしょうか。京王線の事件では、乗客は窓から逃げていましたが、「もっとスムーズな避難はできなかったのか」という指摘があります。
なぜ、車掌はドアを開けなかったのでしょうか。
京王電鉄によりますと、車掌は、車両のドアとホームドアが2メートルと大きくずれていたこと、それに窓から逃げている乗客がホームドアに足を掛けていたため、ドアを開けるのは危険と判断したということです。
判断の背景には、車掌が車内で起きている事態をすぐに把握できなかったことがあるとみられます。車掌は、「刃物をもった人がいる」という話を聞きましたが、自分では見ていません。非常通報装置は複数操作されていましたが、いずれも乗客からの応答はなく、何が起きているのか聞くことができなかったということです。
窓からの避難が始まったのは、最初の通報から3分後。正確に判断するには、時間が短かったかもしれません。
車内の状況をいち早く把握するには、どうしたらいいのでしょうか。
ひとつには、車内の防犯カメラをリアルタイムに乗務員室でみられるようにする方法が有効とされています。こうした装置は新幹線などに設置されていますが、多くの車両に普及しているものではないのが現状です。京王線の事件のあった車両には、防犯カメラがついていませんでした。
今後、新たに作る車両に設置を進めても、今ある車両に取り付けるとなると時間がかかるとみられ、課題は少なくありません。
では、どうするのか。
国土交通省は、京王線の事件の後、11月、
▽複数の非常通報装置が操作された時は、乗客と通話ができなくても緊急の事態と認識するようにすること、
▽ドアがずれていても、車両のドアとホームドアの両方を開けて乗客の避難誘導をすること
などを鉄道各社に指示しました。
今後、何が求められるのでしょうか。
ひとつは、乗務員の教育や訓練を一層徹底することだと思います。ラッシュの時間帯だったら、どう判断するか。トンネルの中、あるいは外だったらどうするのか。様々な事態を想定して、冷静に対応できるようにしておく必要があります。
さらに、防犯カメラの設置については、映像をどのように活用するのか、手荷物検査もどのような方法で行うのか。対策を進める際には、利用者の理解が得られるよう配慮することも大切だと思います。
一方、私たち利用者は、乗務員に危険を知らせる非常通報装置がどこにあるのか確認しておくことも大切です。
今回の事件で、もう一つ指摘しておきたいこと、それは乗客の安全を守るホームドアが避難を難しくするという思わぬ影響をしたことです。鉄道は、かつてに比べてホームや改札から駅係員の数が大幅に減った他、ワンマン運転が導入されたり、ホームドアの設置が進んだりと、その姿を変えてきています。通常は問題にならなくても、緊急時の対応で支障になることがないのか、検証することが必要だと思います。
利便性を確保しながら、今回のような事件をどう防ぐのか。それは、鉄道に共通した課題です。それだけに、国や鉄道各社、研究機関が連携して、再発を防ぐためのノウハウを共有し、安全のレベルを高める取り組みを加速させることが求められています。
(中村 幸司 解説委員)
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