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中国「歴史決議」が示した権威と今後の課題

石井 一利  解説委員

中国では、11日まで、共産党の重要会議「6中全会」が開催されました。
毛沢東や鄧小平が、かつて権力基盤を固めるために使ったとも言える「歴史決議」が、今回、40年ぶりに採択されました。
習近平国家主席は、今回、その「歴史決議」で、党内でのみずからの権威をいっそう高めたと受け止められています。
その「歴史決議」が持つ意味と、習主席が、直面している課題を考えます。

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【「歴史決議」とは】

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「歴史決議」とは、過去を総括することで、時の指導者が自らの進めたい方向性を権威付けするものだといえます。
これまで採択されたのは、中国で「別格」だとの位置づけの毛沢東と鄧小平が主導した2回だけで、大きな意味があります。
1945年、毛沢東が主導した1回目。
1921年に創立した中国共産党の24年間を総括するなかで、対立勢力を否定し、みずからの路線の正しさを示しました。
2回目は、鄧小平が主導し、1981年に採択されました。
社会が大混乱に陥った文化大革命を否定し、その後の経済発展への道筋をつけました。
いずれも過去を否定することで、主導した指導者の正統性を示し、権力基盤を固めました。
来年の共産党大会で、党のトップを続投し、異例の3期目を目指すといわれる習近平国家主席。
68歳以上で最高指導部引退という慣例を破る形で続投を目指す習主席としては、党内で大きな意味のある「歴史決議」を持ち出す形で、みずからの権威を高め、党内の異論を封じようという狙いがあったとみられます。

【「6中全会」で採択】
その3回目の「歴史決議」。
党の幹部300人以上が参加した「中国共産党中央委員会第6回全体会議」、略して、「6中全会」で、採択されました。
「歴史決議」の全文は、12日夜の段階で、明らかになっていませんが、会議のあと、発表された討議の内容をまとめたコミュニケは、その概要を示したものとみられます。

【「6中全会」のコミュニケ】

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そのコミュニケを見てみます。
会議では、習主席が、「党100年の奮闘の重大成果と歴史経験に関する決議」という今回の「歴史決議」の草案を、説明したということです。

また会議では、毛沢東、鄧小平に加え、江沢民元国家主席、胡錦涛前国家主席、それに習近平国家主席のあわせて5人の名前をあげ、それぞれの時代を肯定的に捉える形で、振り返りました。

このうち毛沢東の時代については、「中華人民共和国が成立し、民族の独立を実現した」などと、その成果を強調しています。

また、改革開放政策を進めた鄧小平の時代、そして、それを受け継いだ江沢民氏、胡錦涛氏のそれぞれの時代についても、成果を示したうえで、「中華民族が豊かになるまでの偉大な飛躍を推進した」などと、評価しました。

さらに、習主席の時代については、「偉大な歴史精神と政治的な勇気を持ち、長い間解決したくてもできなかった難題を解決してきた」などと、最も多くの分量を割いて振り返りました。

5人の指導者の時代を、それぞれたたえる形で総括する一方、文化大革命や天安門事件など、党の威信に傷がつくようなことには触れられていません。
党内勢力のバランスに配慮し、党内をまとめようとしたことがうかがえます。

3回目の「歴史決議」の採択で、習主席の権威は、毛沢東と鄧小平に並ぶ形になったとも言え、習氏は、来年の党大会に向け、足場を固めたとの見方が広がっています。

【直面する課題、経済格差の拡大で「共同富裕」】
党内で、盤石な権力基盤を築いたようにも見える習主席ですが、急速に進む少子高齢化や、経済の減速など、直面する課題は山積しています。

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習近平指導部が、いま国内で最も深刻な課題のひとつと、とらえているのが、経済格差の拡大です。
今や上位1%の富裕層が、3割以上の富を独占するとも指摘され、人々の不満が共産党に向かいかねないと危機感を抱いています。
そんななか、習指導部が、この夏以降、大々的にアピールしているのが、「みなが豊かになる」という「共同富裕」で、「歴史決議」を採択した今回の会議でも取り上げられました。
「共同富裕」とは、毛沢東が唱え、社会主義国家、中国が発展する方向性を示した重要なものだといわれています。
習指導部は、「共同富裕」に基づき、豊かになった企業や人からの「寄付」を強く求めています。
中国は、党の高官といった既得権益層の反対で税制や社会保障制度の整備が遅れ、当局による富の再分配が十分機能していないとも指摘されています。
そうしたなか、金持ちに「寄付」の圧力をかけることで、富の再分配を進めようというのです。
これに対して、事業などに対して、中国政府から強い締め付けを受けてきた大手IT企業がすかさず「賛同」の意を示し、こぞって巨額の寄付を表明。
当局からのさらなる圧力をかわそうという企業側の狙いもうかがえますが、制度としてあいまいな「寄付」を通じて、格差是正ができるのか、疑問視する声もあります。

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また、ことし9月からの新学期を前に、中国政府は、学習塾の非営利組織化という厳しい規制を、突然、打ち出しました。
習指導部としては、受験競争が過熱し、教育費の負担が重すぎるという人々の不満を和らげる狙いがあると、指摘されています。
「共同富裕」には、豊かになるための機会を平等にすべきだという考えもあり、貧富の差なく、平等に受験に臨む環境を整えようとしているのかもしれません。
しかし、厳しい受験競争を勝ち抜けば、成功への道がひらけると信じる社会が変わらないなか、その効果は、不透明です。

【直面する課題、対外関係・対日関係】

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また、対外関係でも多くの課題に直面しています。
中国は、新疆ウイグル自治区や香港の人権、新型コロナウイルスをめぐる問題などについて、海外から批判を受け、これに対し、「戦狼外交」と呼ばれる強硬な姿勢で反論することが目立ちます。
その背景は、習主席が、「強国」になることをスローガンとして掲げるなか、国内を意識したものだとも、指摘されています。
ただ、一部の国は、台湾との関係を強化するなど、中国離れともいえる動きも出ています。
一方、中国国内では、こうした海外からの厳しい批判を受け、ネットを中心に「愛国意識」の高まりも見えるとの指摘も、出ています。

中国では、隣国の日本に対する感情は複雑です。
先月、発表された日中共同世論調査では、中国で、日本に対する印象が、この1年で悪化したことが明らかになりました。
米中が対立するなか、日本がアメリカとともに中国に対峙しているという愛国意識ともいえることや、日本を訪問する人が少なくなったことなどが、要因だと指摘されています。
また、この夏には、中国の人気俳優をめぐり、過去、日本の靖国神社で撮影した写真が、ネット上で問題視されるなど、中国では、ネットを中心に日本に関連することに批判が集中することも相次いでいます。
来年、日中国交正常化50年の節目を迎えますが、習近平指導部は、重要だとする日中関係を、今後どのように発展させるのか、難しいかじ取りが迫られています。

【まとめ】
「強くなろう」と国民に呼びかけている習近平国家主席。
今回の会議で、その権威は、「立ち上がろう」と言った毛沢東、「豊かになろう」と呼びかけた鄧小平に並ぶ形になったともいえます。
その権威を背景に、党のトップとして異例の3期目を目指すともいわれる習主席。
その習主席率いる中国に対し、日本を含めた各国は、対話を重ね、一致できる点を探りながら、向き合っていく必要があると思います。

(石井 一利 解説委員)


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