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韓国大統領選 2強対決へ

出石 直  解説委員

韓国の大統領選挙は、革新政権の継続を訴える与党候補と政権奪還を目指す保守系の野党候補。この2人による事実上の一騎打ちとなる見通しとなりました。韓国の大統領の権限は絶大で、選挙結果は今後の日韓関係や南北関係を大きく左右することになります。
両候補の政策を検証し、選挙の行方を展望します。

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【解説のポイント】

▽ “土のスプーン”と“エリート”  
対照的な2人の有力候補の人となりと政策を見ていきます。
▽ 国交正常化以降最悪とも言われる日韓関係はどうなっていくのでしょうか。
▽ 5年ぶりの政権交代はあるのか。選挙情勢を展望します。

【“土のスプーン”と“エリート”】
まずこの20年あまりの韓国の歴代の政権を振り返ります。

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キム・デジュン、ノ・ムヒョンの革新政権の後、イ・ミョンバク、パク・クネと保守政権が続き、今の革新のムン・ジェイン政権と、保守と革新の間で政権交代を繰り返してきました。来年3月に行われる大統領選挙で5年ぶりの政権交代があるのかどうかが最大の焦点です。

これまでに各党の公認候補が決まり、▽革新系与党「共に民主党」のイ・ジェミョン(李在明)氏(56)と、▽保守系の最大野党「国民の力」のユン・ソギョル(尹錫悦)氏(60)、この2人の有力候補による事実上の一騎打ちとなる構図が固まりました。

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この2人、どんな人物でどんな政策を訴えているのでしょうか?
革新政権の継続を訴えるイ・ジェミョン氏。貧しい家庭に生まれ小学校を出て少年工として働き、労災事故で手に障害を負いながらも検定試験を受けて大学に進み弁護士となった立志伝中の人物です。人権派の弁護士として活躍した後、ソウル近郊のソンナム市の市長を経て、先月まで首都圏のキョンギ道の知事を務めていました。
格差の拡大と固定化が深刻な韓国では、生まれ育った環境で人生が決まってしまうという意味で“金のスプーン”“銀のスプーン””土のスプーン“という言葉が流行語になっています。イ・ジェミョン氏はまさにその“土のスプーン”「貧しい暮らしの苦労を知る庶民の味方だ」とアピールしています。国民の関心がもっとも高い内政面では、▽すべての国民に年間100万ウォン、日本円でおよそ9万6000円を支給するベーシックインカムの導入や、▽家賃の安い公営住宅の建設などを公約に掲げています。
膠着状態が続いている南北関係、対北朝鮮政策については、ムン・ジェイン政権の融和路線を踏襲するとしていて、人道支援を再開し、段階的な非核化を目指すとしています。

一方、政権交代を目指すユン・ソギョル氏。父親は日本に留学経験もある大学教授。本人もソウル大学の法学部を出て検察官となり、検察トップの検事総長にまで登りつめた“エリート中のエリート”です。検察改革をめぐってムン・ジェイン大統領と対立し、検事総長を辞任して政界に転じました。
「ムン政権で失われた正義と公正を取り戻す」と主張。ベーシックインカムの導入を掲げるイ・ジェミョン氏をポピュリュスト=大衆迎合主義者だと批判し、“成長による分配“を訴えています。
北朝鮮については、対話は続けるもののアメリカとの連携を重視する立場で、経済支援についても非核化の進展次第と慎重な姿勢です。

このように対照的な2人ですが、どちらも国会議員の経験はなく、ユン氏に至っては政治経験すらありません。日本流に言えば“永田町政治”とは無縁の2人が大統領の座を争うのは異例のことで、今の政治に飽き足らない人達が変化を求めている現れと言えるのではないでしょうか。

【日韓関係は?】
次に私たちにとって気になる日韓関係ついての2人の発言を見ていきます。
こちらも対照的です。

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イ・ジェミョン氏は、市長時代に「日本は敵性国家だ」と発言し物議を醸しました。知事時代にも「朝鮮半島ではなく侵略国家の日本が分断されるべきだった」と述べているほか、公認候補に選ばれた際にも「日本を追い越し、世界をリードする韓国をつくる」と対抗心をあらわにしています。ナショナリズムを煽って有権者の関心を惹くような発言は過去の候補にもみられたことですが、かなり刺激的です。

一方のユン・ソギョル氏は、ムン政権下で両国関係が悪化したことを批判し「歴史の真相は明確にしなければならないが、未来世代のために協力すべきだ」と述べています。両国の首脳が相互に相手国を訪問するシャトル外交を再開し、徴用や元慰安婦の問題など「懸案の包括的な解決」を目指すとしています。

【政権交代はあるのか】
ここまで、次の韓国大統領を目指す2人の有力候補について見てきました。
ここからは5年ぶりの政権交代はあるのか、選挙情勢を展望してみたいと思います。

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先週5日に発表された世論調査です。(韓国ギャラップ)
▽今のムン・ジェイン大統領を「支持しない」と答えた人が56%、「支持する」は37%で、不支持が支持を上回っています。
▽政党支持率でも最大野党「国民の力」が38%ともっとも多く、与党の「共に民主党」が30%、「支持政党なし」が23%の順となっています。
▽次の大統領選挙については「政権交代を望む」人が57%で、「革新政権の継続を望む」人(33%)を24ポイント上回っています。
ここまででは赤色の保守陣営が有利のようにも見えます。

▽しかし「次の大統領にふさわしい人物」では、イ・ジェミョン氏が26%、ユン・ソギョル氏が24%と、わずかの差ではありますが革新政権の継続を訴えるイ・ジェミョン氏がリードしています。
ただその後、9日に公共放送KBSが発表した最新の調査では、イ・ジェミョン氏が28.6%、ユン・ソギョル氏が34.6%となっていて、先週の調査とは逆の結果となっています。韓国の世論は揺れ幅が大きく世論調査の数字も目まぐるしく変化します。選挙までまだ4か月ありますし、現時点ではどちらが優勢とは言い切れません。

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今後の選挙の行方を左右しそうなのが、両候補に取り沙汰されている疑惑です。イ・ジェミョン氏をめぐっては、市長時代の都市開発事業に絡んで当時の開発公社の幹部が背任などの罪で起訴されており、イ・ジェミョン氏の関与が疑われています。
ユン・ソギョル氏にも、検事総長時代、与党の政治家の捜査をめぐって部下に不正な指示をしていたのではないかという職権乱用疑惑がもちあがっています。
ともに強く否定していますが、両陣営ともに相手の疑惑を追及する構えを見せていてスキャンダル合戦の様相を呈しています。

【まとめ】
韓国の大統領選挙を取材していていつも思うのは、この国は大統領が代わるとまるで別の国になったのではないかと思えるほど大きな変化があることです。大統領の権限は絶大で、その考えが政策や政権運営に色濃く反映されるからです。日韓関係、さらには東アジア全体の平和と安定にも大きな影響を与える選挙です。スキャンダルをめぐる足の引っ張り合いではなく、地に足のついた政策を競い合う政権選択の選挙になることを期待して、これからも注目していきたいと思います。

(出石 直 解説委員)


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