中国経済の減速が鮮明になっています。今年7月から9月のGDP国内総生産の伸び率は4.9%と、前の期に比べて3ポイントも低下し、5%を割り込みました。その背景には、不動産大手「恒大グループ」の経営危機が象徴する、不動産業界の異変があり、これまでの経済の成長モデルが行き詰まる構図が見て取れます。この問題について考えていきたいと思います。
解説のポイントは三つです。
① 経済減速 背景に不動産市場の異変
② 恒大経営危機 懸念される影響
③ 限界か 不動産依存成長モデル
① 経済減速 背景に不動産市場の異変
中国経済の大幅な減速の背景には、新型コロナウイルスや、半導体と電力の供給不足による消費や生産の落ち込みに加え、不動産業界が抱える構造問題と、それが招いた投資の減少が指摘されています。まずはこの問題が注目を浴びるきっかけとなった「恒大グループ」の経営危機の背景についてみてゆきます。
「恒大グループ」は、1996年に河南省出身の許家印氏が創業。マンションを建設・販売する事業は、改革開放の成長の波に乗って急拡大し、物件の販売面積がおよそ8000万平方メートルにものぼる、巨大デベロッパーにのしあがりました。その後、ヘルスケアや、プロサッカーチームの経営、さらには電気自動車事業への参入など事業の多角化をはかりましたが、そのための資金を融資や社債の発行を通じて調達しており、日本円で33兆円もの負債を抱えています。
その恒大の経営が悪化した背景には、当局の規制の強化があります。
中国政府は、去年8月、不動産業者に対して、負債を一定の規模に抑えるなどの規制を導入。さらに今年1月からは金融機関に対して、マンションを買う際のローンの融資額に上限を設けるようになり取引が縮小しました。恒大は、巨額な負債を抱えているため、新たな融資を受けるのが難しくなる一方で売り上げも減少。その結果資金繰りが急速に悪化し、負債の利子や元本を返済できない、デフォルトの懸念が高まっています。恒大グループは、事業の売却などで返済資金をねん出しようとしていますが、利払いの支払い期限は次々とせまり、綱渡りの状況が続いています。
② 恒大経営危機 懸念される影響
では、恒大グループの経営危機は中国経済にどのような影響を及ぼすことが懸念されるでしょうか。
ひとつは、恒大グループが返済資金の確保を急ぐあまり保有する物件を安い価格で投げ売りするおそれです。それによって不動産価格の相場が下がれば、他の不動産会社の経営の悪化を連鎖的に招くおそれがあります。そうなれば、不動産関連の貸し出しを増やしてきた金融機関の不良債権が拡大し、かつての日本と同様、貸し渋りが起きて、経済全体の悪化につながることも考えられます。
また恒大グループは日本円で2兆円規模とされるドル建ての債券を発行していて、日本の機関投資家も保有しています。この資金が返済されない場合の国際金融市場への影響も懸念されます。専門家の間では、恒大に対する債権が、リーマンショックの時のように、複雑な金融商品に組み入れられて販売されているわけではないとして、国際的な金融システム危機につながることはないという見方が大勢です。
一方で、中国の不動産市場の規模は数百兆円にものぼるだけに、関連企業が連鎖して破綻した場合の経済的なショックを軽視すべきではないとする指摘も出ています。中国経済が悪化すれば、日本経済にもマイナスの影響が及ぶことは避けられません。こうした中で、中国の金融監督当局は、9月下旬、主要な金融機関に対し「安定的で秩序だった不動産融資」を続けるよう求めました。この局面で金融機関が融資を過度に絞り込み不動産業を更なる苦境に追い込むことのないよう釘を刺したもので、当局がこの問題の扱いに神経質になっている様子がうかがえます。
③ 限界か 不動産依存成長モデル
さて、ここからは、今回の問題が示す、中国の成長モデルの限界について考えていきたいと思います。
中国では土地は国有で、不動産業者は、地方政府から土地の使用権を購入して、建設用地を確保します。そしてマンションを建設・販売してきました。これまで不動産価格は上昇を続けてきたため、業者は用地の確保のために巨額の借金をしても、それを返済したうえで利益をあげることができました。一方、巨額の収入を得た地方政府は、その資金をインフラ整備に投じて地域の成長につなげてきました。
しかし、不動産価格が値下がりすれば、業者が用地の取得にかけられるお金も減ります。地方政府は、潤沢な資金を得られず、従来のようなインフラ整備も行えなくなります。このように不動産市場の低迷は、中国の成長を支えてきた構図を崩すおそれがあるというのです。
では中国政府はなぜ、これほどの問題を引き起こしてまで、不動産関連の規制強化を打ち出したのでしょうか。そこには、日本のようなバブル崩壊を引き起こしたくないという経済的な狙いに加え、政治的な背景があります。
中国の習近平指導部は、いま、すべての人が豊かになるという共同富裕を目標に打ち出しています。それは、かつて最高実力者の鄧小平が打ち出した先富論すなわち「先に豊かになれるものから豊かになれ」という発想の再考を促すものです。それまでの平等思想の殻をやぶった先富論は、競争原理を浸透させ、中国が経済大国に飛躍する大きな原動力となりました。しかしその一方で、貧富の格差が拡大し、人々の強烈な不満を生むことになります。とりわけ、マンションは値上がりが確実な投資先として、巨額の投機資金が注がれることになり、北京や上海、広州といった大都市では、価格が平均年収の数十倍にも高騰。日本でもかつてバブルの頃、住宅価格が高騰し、庶民は一生かかっても買えないという不満が広がって政治問題にまで発展しましたが、まさにそうした状況がいま中国で起きているのです。
住宅を投機の対象から住むためのものに戻さなければならない。中国政府は、投機的なマンションの購入を抑えるため、先月、保有する土地の利用権と建物を対象とした、不動産税を初めて試験的に導入する方針を打ち出しました。こうした税制の必要性は従来から指摘されていましたが、主要都市に多くの不動産を所有する共産党幹部ら既得権益層の反発が強く、これまで実現してこなかった経緯があります。習近平指導部がこうした抵抗勢力を抑え、不動産税の導入を通じて、投機的な動きに歯止めをかけられるかに注目が集まっています。
その一方で、新たな税の導入の仕方によっては、不動産取引を一気に冷え込ませ、それが価格の下落を招いて業界の収益悪化につながる恐れも指摘されています。不動産の投機的な動きを抑えつつ、かつ市場を壊さないように軟着陸させられるのか。日本を始め世界経済にも大きな影響を与えるだけに、慎重な対応が求められます。
先に富めるものから富めとした先富論には実は後段の部分があって、先に富んだものは遅れてきたものを豊かにする義務があると鄧小平は唱えていました。しかしその後の中国では、先に富んだものがその富を使ってさらに豊かになりました。それが成長を支えてきた面はあるものの、一方で、格差は極端な形で広がろうとしています。平等をかかげる社会主義体制とは相いれない状況の中で、習近平指導部は、成長を多少犠牲にしてでも、格差の縮小に真剣に向きあわざるをない状況に追い込まれているようにも見えます。恒大グループをはじめとする不動産業界の苦境は、格差を放置して成長を続けてきた中国経済の行き詰まりを鮮明に示しているようです。
(神子田 章博 解説委員)
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