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アメリカ 金融政策正常化へ その背景と課題

櫻井 玲子  解説委員

アメリカの中央銀行にあたるFRB・連邦準備制度理事会は、新型コロナ危機の対応策として続けてきた、大規模な金融緩和策の縮小を決めました。日本などに先駆け、金融政策の正常化に向けて、一歩踏み出す形です。
景気の落ち込みを防ぐための金融政策を、FRBはなぜ、今のタイミングで、手じまいしていこう、というのか。アメリカ経済の先行きと、FRBの次の一手は。
そして日本をはじめ世界経済への影響はどうなるか。をみていきたいと思います。

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【コロナ対策の終わりの始まり】
今回のFRBの決定は「コロナ危機を金融面から支える政策」のいわば「終わりの始まり」を意味します。

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FRBがコロナ対応に本格的に乗り出したのは去年3月。
アメリカで『国家非常事態宣言』が出され、金融市場が荒れ始めると、「事実上のゼロ金利政策」と、「量的緩和策」と2つの対策を同時に導入することを決め、危機の拡大を、なんとしてでも防ごう、という姿勢を示しました。
▼「事実上ゼロ金利政策」は、企業が銀行から融資を受けやすくして、設備投資におカネをまわしやすくすることで、景気を刺激する政策です。
▼一方、量的緩和策は、これ以上金利を引き下げようがないときに使う金融政策です。
FRBが民間の銀行のもつ国債や証券といった金融資産を買いとり、かわりに大量のおカネを供給することで、おカネが市場にふんだんに出回るようにして、景気を支えます。
この2つの政策を、同時に、実施する、という異例の決定をし、未曾有のコロナ危機に対応しようとしたのです。
その結果、バイデン政権の大型経済対策の効果とあいまって、アメリカ経済は、景気が持ち直し、物価も上がって、最悪期を脱することができました。
また大量の資金を供給しつづけた結果として、国内だけでなく、コロナに苦しむ新興国などにもおカネが回るようになり、世界経済全体をも、支える形となりました。
その異例の対応策の導入から、1年8か月。
FRBは日本時間の4日、まずは量的緩和策を縮小していくと発表しました。
今月から金融資産の買い取り額を減らし、このままでいけば、来年の半ばには、量的緩和策が完全に終了する見通しです。

【予想を超える物価上昇】
FRBが政策の転換を決めた最大の理由は、物価の上昇です。

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先週発表された最新の個人消費支出物価指数は、前の年の同じ月にくらべて4.4パーセント上昇し、およそ30年ぶりの高い水準となりました。物価の上昇率が4%を超えるのは5か月連続です。
▼コロナからの回復で、需要が増えている上、半導体不足や物流の混乱もあり「モノ不足」になっていること。
▼エネルギー価格の高騰でガソリンが4割も値上がりしていること。が背景にあります。
議会からは、FRBの金融政策の副作用が、人々を苦しめているのでは?と、批判の声もあがるようになりました。

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このため、FRBは夏ごろから、量的緩和策の縮小の検討を始めたことを明らかにし、
市場にショックを与えないよう配慮しながら、今回の正式決定に至りました。

【利上げはいつ?スタグフレーションの懸念も】
ただ、FRBはさらなる難問を抱えていて、市場の関心は早くもそちらに移っています。それは、FRBが今度は「事実上のゼロ金利政策」を、いつ解除し、利上げに踏み切るか?という点です。

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なにが難問かというと、本来なら「景気がよくなり、その結果として物価が上がる」ときに、利上げをしていくにもかかわらず、実際には「景気がそれほどよくなっていないのに、物価が上がる」悪い物価上昇がアメリカでも起きる可能性があるからです。
景気がさほどよくならなければ、FRBは金利を低く抑えつづける必要があります。
しかし物価が上がり続ければ、FRBは利上げを急いで金融を引き締める必要があり、難しい判断を迫られることになります。

FRBのトップをつとめるパウエル議長は、これまで、物価の上昇はエネルギー価格の高騰や、コロナからの反動による「一時的なものだ」と述べ、「量的緩和策」はやめても、「事実上ゼロ金利政策」の解除、つまり利上げは、急がない考えを繰り返してきました。
今回の会見でも、議長は物価の上昇はそのうち落ち着いていくという認識のもと、「利上げの議論はしなかった」と、基本的な姿勢は変えませんでした。

ただ「先の見通しは不確実で、より急激な物価上昇が起きるリスクも認識している」とも述べました。
物価の上昇に、それだけ、人々の不満が高まっているからです。
FRBは来年後半に、事実上のゼロ金利政策を解除し、来年中に2回の利上げを見込んでいますが、物価の上昇が加速すれば、利上げをもっと早いペースで行う必要に迫られるのでは?といわれています。

その一方で、景気は減速しています。
7月から9月のGDP・国内総生産の伸びは年率換算で、前期比プラス2パーセント。ことし前半は6パーセントを超える成長をみせたのにくらべ、勢いが、鈍っています。政府の大型経済対策の効果が薄れ、個人所得も、減っているからです。
また海外でも、電力不足などによる中国の景気減速が心配されており、アメリカの輸出にも、影響を与えそうです。
景気の停滞と物価の急上昇が同時に起きて、悪い物価上昇がよりすすむ、「スタグフレーション」に陥る心配も払拭できず、議長は、厳しいかじ取りを余儀なくされることも、予想されます。

【日本および世界への影響】
さて、ここからはFRBの動きによる、日本や世界経済への影響についても、考えたいと思います。

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まずは日本への影響ですが、今、すでに動きが出ているのが為替、つまり円安です。FRBが金融緩和策を縮小し、利上げも視野に入る中で、アメリカの長期金利は上昇しています。
一方、日本は、長期金利をゼロパーセント程度に抑える金融政策をとっています。そこで金利がほとんどつかない円を売って、より利回りが期待できるドルを、買う動きが出ているのです。
これまで日本は輸出企業を多く抱え、円安がプラスに働くことが多いとみられてきました。
しかし今は原油やガス、食料などが軒並み値上がりしており、円安がすすむと、その分、輸入のコストがかかる。企業の業績が圧迫され、私たちの家計にもマイナスの影響が及ぶ可能性があります。
アメリカのみならずヨーロッパなどほかの国々も今、金融政策の正常化に動きだしているだけに、為替の動向には引き続き注意が必要です。
また、主な輸出先であるアメリカ経済の、好不調そのものが、日本経済に影響を及ぼすことは、言うまでもありません。

では、新興国をはじめ世界経済全体への影響はどうでしょうか。

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アメリカが金融政策の正常化へと、動き出すと、国内だけでなく、世界中に流れていた資金が再び、アメリカに戻っていく。つまり資金の流れが逆回転していくことになります。
そうなると、新興国は、自国の通貨安や、資金流出によるマネー不足に悩む事態が起きる可能性があります。アメリカ以外の国が危機的な状況に陥ることがないかも、目を配ることが不可欠です。

さらに、アメリカをはじめ各国がコロナ対応で市場に大量の資金を流し込み、その資金が、リスクの高い金融商品や、暗号資産などに向かっていた。その反動も、警戒する必要があります。
「カネ余り」の状態を徐々に解消していく過程で、市場に急激なショックを与えず、軟着陸ができるかが注目されます。

アメリカが金融政策正常化への道を、このまま順調にすすむことができるかどうか。
FRBの動きを、世界中が固唾をのんで見守る状況は、まだ、続きそうです。

(櫻井 玲子 解説委員)


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