新型コロナウイルスが流行を始めて以来、2度目の文化の日を迎えました。
表現の場、発表の機会の中止や延期などを余儀なくされた文化芸術の関係者は、これまで大きなダメージを受けてきました。
コロナ禍で浮き彫りになった文化芸術をめぐる課題や支援の在り方について考えます。
(名越章浩 解説委員)
音楽や映画、ミュージカル、文学、古典芸能、美術など、「文化芸術」と聞いて思い浮かべる分野は、人によって好みがあるものの、それぞれが私たちの暮らしの一部として、心を潤す存在になっているのではないでしょうか。
全国の緊急事態宣言などは9月末で解除されたものの、1年半にわたる自粛期間で、多くの文化芸術団体が、売上の減少などによりその存続が危ぶまれる事態となりました。
民間のシンクタンクの調査によりますと、とりわけライブ・エンタテインメント市場の規模は、前の年の8割以上減少。ある程度、持ち直した今年も、コロナ前の水準には遠く及ばない状況が続くと推計されています。
また事業収入の減少率は、劇場でマイナス70%など、文化芸術分野への影響は、飲食や観光等の他の業種と比べても甚大だという調査結果もあります。
文化芸術にかかわる人たちからは、「もう限界だ」「コロナが収まったときに再び誰もが文化や芸術を楽しめる対策をとってほしい」という声が聞かれます。
では、国の支援はどうなっているのでしょうか。
確かに、文化芸術の分野への支援が後回しになった時期はありましたが、様々な支援策がとられ、経済産業省や文化庁を中心とした、コロナ禍の文化芸術支援に関する補正予算等は総額3500億円を超える規模になっています。
通常の文化庁の1年の予算が1000億円あまりですから、その3倍の額にものぼります。
ところが、現場からはそれを実感できないという声も聞かれます。どういうことなのでしょうか。
例えば、政府が文化芸術関連の事業者の支援策として力を入れているものの1つに、「ARTS for the future!」という支援事業があります。
この事業は、感染対策を十分に実施したうえで、ウィズコロナ時代の新たな公演や展覧会などを開く団体に対して、1団体あたり最大で2500万円の補助金を出すというものです。
資金難にあえぐ関係者には大きな救済策となり、ことしの春に第1回の申請を募ったところ、予想を超える5000件以上の申し込みがありました。
ところが、この1回目の募集では、これまで公演や展覧会などの開催を主催した実績のある団体が補助の対象になっていたため、実績のない若いアーティストや、個人で活動する人たちが支援を受けにくい仕組みになっていました。
このため、ことし9月に行われた二次募集では改善が進められました。
例えば個人で活動するアーティストであっても、仲間で新たに任意の団体を作り、そのメンバーの1人に公演の実績があれば、支援できるという要件に緩和されたのです。
また、申請手続きが煩雑という課題もありました。
普段、こうした手続きに慣れてない芸術関係者は書類の作成に手こずり、申請された書類にも不備が目立ったことから、実際に補助金を出すかどうかを審査して決める作業が大幅に遅れる事態となりました。
これについても、審査にあたる人の数を2倍以上にしたほか、可能な限り書類を簡素化し、オンラインでの相談会の数も増やして対応しています。
ただ、今後、感染拡大の第6波が来る可能性があり、企画した公演や展覧会が、再び自粛や中止に追い込まれる恐怖も頭をよぎります。
イベントのキャンセルに伴って、出演者らに支払うお金などを補う補助金があるものの、長期間にわたる自粛で経済的にひっ迫している人たちからは、「そもそも新たな公演を開催しなければ補助金が出ないという仕組みではなく、給付型の支援にしてもらえないのか」という意見も少なくないのです。
こうした意見が出てくる背景には、これまでの不満の積み重ねもあります。
密になるという理由で、文化や芸術の発表の場が、時短要請や収容人数の上限が設けられるなどした一方で、活動の制限を受けない一般企業や事業体も多く、業種によって扱いが異なる現状が長く続いたことに対する不公平感が根強くあるのです。
ある映画監督は、「行き当たりばったりのようなコロナ対応に製作者も劇場側も振り回された。業種や規模で違う要請が出る科学的根拠など、感染拡大が静まっている今こそ、きちんと議論をして答えを出して欲しい」と話しています。
求められているのは、透明性高い議論と、国民への丁寧な説明です。
これは、文化芸術に限らず、あらゆるコロナ対策で常に求められてきたことです。次の感染拡大の波がやってくる前に、政府や自治体は分かりやすく説明し、国民の理解を得られる努力を続けて欲しいと思います。
一方で、このコロナ禍で、文化芸術の業界の課題も浮き彫りになりました。
文化芸術の関係者には、団体や会社に所属せず、フリーランスという個人で活動する人が圧倒的に多く、その契約は、多くの場合、口約束や、メールでのやり取りだけで成り立ってきたため、正式な契約書が存在しないことが少なくないのです。
このため、今回のコロナ禍のような事態が発生した場合、補償もなく、収入が途絶えるケースが相次いだほか、これまでの実績を証明する書類が残っていない人もいたということです。
舞台俳優をしているけれども、それだけでは生活できないので夜は居酒屋でアルバイトをしている人。
音楽活動をしながらコンビニで働いている人もいます。
芸術活動が仕事なのか、趣味の延長なのか、プロなのか、アマチュアなのか。背景には、この線引きの難しさや曖昧さがあるのも、この業界の特殊なところです。
このため、文化庁は、ことし9月に、学者や弁護士、業界団体の代表などで作る検討会議を立ち上げました。業界に見合った契約方法を検討し、年度内に、契約書のひな型を提案する予定です。
次の第6波に備え、各分野の団体自身が公演や展示会のコロナ対策を徹底していくことはもちろん、それを支えるアーティストの不安定な契約を改善する意識改革も必要です。課題が浮き彫りになった今こそ、業界全体で積極的に改革を進めて欲しいと思います。
新型コロナの流行下では、社会との接点が希薄になり、考えの異なる人たちを批判する風潮が広がるなど、社会の分断が進んでいます。
しかし文化や芸術は、作品を通して多様な価値観、多様な視点を与えてくれ、いろんな考え方があっても良いという寛容さも教えてくれます。
心の癒しとなり、「辛かった時期にあの音楽があったから救われた」「あの作品を見て人生が変わった」という人も少なくないはずです。
作品を生み出す力、創造力と、その作品から受けとる私たちのイマジネーション、想像力。この2つの“ソウゾウ力”が交わることで、文化芸術はより深みを増し、コロナ禍で弱りがちな私たちの心を、温かく和ましてくれる存在になっていくのだと思います。
多様な文化、芸術を楽しみ、刺激を受けられる環境を残していくためにも、今こそ、社会全体で支え、守っていく必要があるのではないでしょうか。
(名越 章浩 解説委員)
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