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欧州で広がる中国離れと台湾重視

二村 伸  解説委員

ヨーロッパで台湾との関係強化に向けた動きが加速しています。台湾を国連から追放し中国に代表権を認める決議が国連総会で採択されてから先週ちょうど50年を迎えました。地理的な距離もあって日本やアメリカと比べ慎重だったヨーロッパの国々がなぜいま台湾に注目しているのか、その背景と各国の思惑を考えます。

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まず、ヨーロッパにおける台湾関係の最近の動きをまとめてみました。

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▼ことし5月、フランス上院が、台湾の国際機関への参加を支持する決議案を可決したのに続いて、▼7月、リトアニアに台湾の代表機関「台湾代表処」を開設することが発表されました。「台北」ではなく「台湾」の名前を冠した事実上の大使館開設に中国政府は猛反発しました。リトアニアでは5月に議会が中国の少数民族ウイグル族の状況をジェノサイド、集団虐殺だとして国連の調査を要求し、対中関係の見直しを求める決議案を可決。さらに中国が巨大経済圏構想一帯一路に基づいてヨーロッパで進めている経済協力の枠組みからの離脱を宣言するなど、対中強硬姿勢が目立っていました。
▼9月にはEU・ヨーロッパ連合が、「インド太平洋戦略」を発表し、台湾との貿易・投資面の関係強化を明記。
▼先月21日にはヨーロッパ議会で、台湾との政治的な関係強化をEUに勧告する文書が採択されました。中国による台湾への軍事的な圧力に強い懸念を示し台湾の民主主義を守るための努力をEUに求めるとともに台湾との投資協定締結に向けた手続きを始めることを勧告。さらに台湾にあるEUの出先機関を「台湾オフィス」と名付け、安全保障も含めた幅広い分野の交流を求めました。
▼一方、台湾からは経済使節団がスロバキア、チェコ、リトアニアを訪問した他、▼呉ショウキョウ外交部長がスロバキアとチェコ、それにベルギーを訪問しました。チェコでは下院議長と共同会見し、「強権的な国家が明素敵な体制を脅かしているが我々は屈しない」と中国への対決姿勢をあらわにしました。ベルギーのブリュッセルでは、欧州議会とベルギー議会の議員らと会談し、ヨーロッパと台湾の関係強化に向けて協議しました。▼今週はヨーロッパ議会の議員団が台湾を訪れる予定だと報じられています。

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中国共産党創立100周年を迎え、中国政府は「1つの中国」の原則を揺るがすような動きは断じて認めないとしてヨーロッパと台湾の関係強化を模索する動きに神経をとがらせています。リトアニアの「台湾代表処」開設の発表直後、リトアニア駐在大使を召還し、両国をむすぶ貨物列車の運行を取りやめるなど制裁ともいえる措置をとりました。スロバキアとチェコの台湾代表団受け入れには「強烈な不満と断固たる反対を表明する」と強く反発しました。さらに台湾に対抗して王毅外相がほぼ同じ時期にギリシャやセルビアなど4か国を訪問し、中国への支持取り付けに奔走しました。こうした中でヨーロッパ議会議員団が台湾を訪問すれば中国のさらなる反発は必至です。

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なぜ、ヨーロッパで外交関係がない台湾との関係強化に向けた動きが広がっているのか、それは台湾との緊密化が中国離れの裏返しだからです。EUが去年12月に中国と合意した投資協定がいまだに批准されず、凍結されたままになっているのも中国との冷え込んだ関係を物語っています。その最大のきっかけは、▼中国の少数民族ウイグル族の人権問題と香港の民主派弾圧です。人権と自由、民主主義を重視するEUにとってこれらは看過できない問題です。香港のようにしてはならないと、これまで以上に台湾に目を向けるようになりました。▼また、一帯一路構想を推し進める中国への警戒感が強まっていることも背景にあります。中国企業による買収が相次ぎ、ギリシャでは最大の港ピレウス港の運営会社を中国の国有会社が取得しました。かつて投資先であり最も重要なパートナーだった中国は今や競合相手であり脅威なのです。さらに中国企業は政府から補助金を受け公正な競争が妨げられていることや、中国の市場開放が進まないことへの不満、中国からの投資が期待したほど増えないことへの失望感が多くの地域で広がりました。▼新型コロナウイルスの流行も大きく影響しています。初期の中国政府の対応やマスク外交で対中感情が悪化した他、中国からの部品の供給が滞り自動車メーカーなどが操業停止に追い込まれたことから、中国への過度の依存からの脱却と台湾を含む供給網の拡大を迫られたのです。

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ヨーロッパは安全保障面でもこの地域に関与する姿勢を強めています。
▼イギリスは、中国を「経済安全保障上の最大の国家的脅威」と位置づけています。「新たな外交・安全保障政策」に基づいて最新鋭空母「クイーンエリザベス」を中心とした空母打撃群をインド太平洋に派遣し、9月「クイーンエリザベス」がアメリカ海軍横須賀基地に寄港しました。空母打撃群は日本近海で日本やアメリカ、カナダなどと5か国の共同演習を行い、フリゲート艦リッチモンドは台湾海峡を通過するなど中国へのけん制ともとれる動きを見せています。
▼EUは9月に発表した「インド太平洋戦略」で、地域の安定と航行の自由のために積極的に関与する姿勢を打ち出しました。
▼中でもドイツは中国一辺倒だったアジア外交を見直し、日本などとの関係を重視する戦略を打ち出しました。その一環として海軍のフリゲート艦「バイエルン」を派遣、5日東京に寄港します。
▼フランスもインド太平洋への関与を強め、日本やアメリカなどと合同演習を繰り返しています。

このように中国包囲網ともいえる動きが見られますが、非難と制裁の応酬が続くオーストラリアと中国のような対立は避けたいのが各国の本音です。
中国との経済的な結びつきを絶つことは自分の首を絞めるに等しいからです。

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中国はEU最大の貿易相手で、その量、額とも年々増え続けています。
とくにドイツは中国への依存度が高く、自動車メーカーのフォルクスワーゲンは去年の世界の販売台数の41%、メルセデス・ベンツを抱えるダイムラーは36%を中国が占めました。巨大な市場を抱える中国を怒らせるようなことは人権と民主主義を重視するメルケル首相といえども控えてきました。また、イタリアは先進国で最初に一帯一路構想への参加を表明した国でセルビアなどとともに金づるともいえる中国との関係を重視しています。このように対中政策も温度差があります。EUの国々は中国との経済関係を維持しながら台湾と経済・政治両面での関係強化を模索するものと見られますが、EUとして一致したメッセージを打ち出せるかが今後の課題です。

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ではこうした動きに日本はどう対処すべきでしょうか。ヨーロッパの国々が重視している自由と民主主義、法の支配は日本にとっても重要な原則です。中国の海洋進出など威圧的な外交を改めさせるためにもアメリカやオーストラリアとともに、ヨーロッパの国々との連携強化が今後重要になってくると思います。そして欧米の国々の関心が高まっている今こそ、日本は中国・台湾双方とのパイプをいかして東アジア、インド太平洋地域の緊張緩和と安定のために主導的な役割を担っていくことが必要であり、そのための長期的な戦略が求められます。
それが国際社会における日本のプレゼンスを高めることにつながると思います。

(二村 伸 解説委員)


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