イスラム主義勢力「タリバン」が武力で権力を握り、2か月半が経過したアフガニスタンでは、各地で自爆テロが相次ぐなど、治安が悪化しているうえ、食料不足など人道危機が深刻化し、多くの命が危険にさらされています。タリバンによる統治が国際社会に拡げている懸念を読み解き、今、何が求められているかを考えます。
解説のポイントは、
▼悪化する治安と人道危機。
▼タリバンに対する国際社会の懸念。
▼国際社会はどう対応すべきか。
以上、3点です。
■最初のポイントから見ていきます。
タリバンが実権を掌握したアフガニスタンでは、治安が著しく悪化しています。タリバンとは敵対関係にある、過激派組織IS・イスラミックステートの地方組織によるテロが相次いで起きているのです。8月末、首都カブールで100人以上が犠牲になる大きな自爆テロを起こし、先月から今月にかけても、タリバンやイスラム教シーア派のモスクを狙った爆弾テロや銃撃が、カブールや北部のクンドゥズ、南部のカンダハルなどで相次ぎ、大勢の死傷者が出ています。
■そうした中、アフガニスタンの人道危機が深刻化し、多くの人々が命の危険にさらされています。
WFP・世界食糧計画などによりますと、タリバンが権力を掌握して以降、食料不足と物価の高騰が深刻化し、現在、国民の97%が十分な食事をとれていません。中でも、子どもたちの栄養不足は極めて深刻で、餓え死にする子どもも出ています。
WFPは、年末までに、5歳未満の子どもの半数にあたる320万人が栄養不良に陥り、100万人が命を落とすおそれがあると警告しています。
長く続いた戦乱で、用水路などの農業施設が荒廃していることに加えて、深刻な干ばつの影響もあって、食料の絶対量が足りず、国際支援に頼らざるをえない状況です。しかしながら、タリバンに対する国際社会の不信感が強く、支援が滞っているのです。
WFPのビーズリー事務局長は、「人道支援を強化しなければ、数百万人の人々が家を追われるか、飢えるかの選択を迫られることになる。いま行動を起こさなければ、大惨事が起きる」と警告しています。
■ここから、タリバンに対する国際社会の懸念について考えます。
▼タリバンは、権力を掌握した直後、「国内すべての勢力が参加した政権をつくる」と内外に公約していました。しかしながら、暫定内閣の閣僚や副大臣のポストは、タリバンが独占しました。前の政権や、タリバン以外の政治組織からの任命はありません。また、アフガニスタンは多民族国家ですが、閣僚ポストは、タリバンの母体である多数派のパシュトゥン人で占められ、タジク人やウズベク人など少数派の民族はごくわずかです。女性は1人も含まれていません。「国内すべての勢力が参加した政権」をつくるという約束は、反故にされた形です。
▼国際社会が強い関心を寄せているのは、タリバンが、基本的人権、とりわけ、女性の権利をどこまで認めるかです。タリバンは、「女性の教育や就労の権利は、イスラム法の範囲内で認める」と約束していますが、実際に、女性の権利をどこまで認めるかは、タリバンが恣意的に判断します。たとえば、大学での男女共学は認めず、女子学生には、服装などの厳しい制約を設けています。先月、日本の中学・高校にあたる学校が再開しましたが、対象は男子生徒だけで、女子生徒の登校は、まだ認められていません。政府の省庁のうち、女性の権利向上に取り組んでいた「女性問題省」が廃止され、かつてのタリバン政権による女性抑圧の象徴とも言われる「勧善懲悪省」を復活させました。これは、タリバンが、イスラム法の極端に厳しい解釈に基づいて、女性の行動や服装などを監視し、違反者を処罰した「宗教警察」とも言える存在です。
▼アフガニスタンが再び国際テロの拠点になるのではないかという懸念も、非常に大きくなっています。暫定政府の閣僚のうち、テロ組織への関与などの理由で、国連安全保障理事会の制裁対象となっている人物がおよそ半数を占めています。とくに治安を守るべき内務省のトップ、内相代行に任命されたハッカーニ氏は、数々のテロを首謀したとして、制裁や指名手配の対象となっています。
アメリカなど各国は、タリバンと国際テロ組織アルカイダとの関係が依然として切れていないと見ています。加えて、ISが、数年以内に再び台頭する可能性が高いと見て、強く警戒しています。タリバンとISは、思想的に近い部分もありますが、激しい勢力争いを繰り広げており、タリバンの統治が行き渡らない地域に、ISが拠点を築くという構図です。
▼そして、タリバンの内部では、「軍事部門」と「政治部門」との間で権力闘争が起きており、国際社会からの要求を受け入れるのは難しくなっていると、専門家は指摘しています。
■ここから、国際社会の対応について考えます。
アメリカやヨーロッパ諸国は、暫定政権はすべての勢力が参加しているとは言えず、人権が守られるかどうかにも重大な懸念があると批判しています。そして、タリバンに資金が渡らないよう、アフガニスタン政府が海外に保有する資産を凍結する措置をとっています。これに対し、ロシアや中国は、資産凍結を解除して人道支援に充てるべきだと主張しています。
タリバンは、国際社会に対し、政権の承認と人道支援の継続を求めていますが、いずれの国も、政権承認については、タリバンの行動を見極めるべきだとして、慎重な姿勢を取り続けています。
今月12日、G20サミット・主要20か国首脳会議の緊急会合が、オンライン形式で開かれ、各国は必要な人道支援を、暫定政権ではなく、国連機関を通じて行う方針を確認しました。しかし、具体的に、いつまでに、どうやって、アフガニスタンの人々に支援物資を届けるのか、道筋は見えていません。
■こうした現状について、実際にアフガニスタンの現場で人道支援活動に携わっていた人たちからは、次のような提言が出ています。
南部のカンダハルに先月末まで駐在していた、赤十字国際委員会の藪崎拡子(やぶさき・ひろこ)さんは、「人道支援は政治的な理由で妨げられるべきでない。タリバンが政権をとったからと言って、アフガニスタンの人々を支援しないことはありえない」と支援の継続を強く訴えています。
また、去年春まで、「国連アフガニスタン支援団」の代表を務めた山本忠通(やまもと・ただみち)さんも、「国際社会が足並みをそろえ人道支援を継続すること。タリバンに一致したメッセージを送り、公約を守るよう粘り強く働きかけることが大切だ」と強調しています。
WFPは、来年3月までの間に、人口の半数以上にあたる2280万人が、深刻な食料不足に陥る恐れがあり、十分な支援を行うためには、毎月、日本円で250億円あまりの資金が必要だとして、国際社会に緊急の支援を呼び掛けています。これに対し、日本政府は、今週、総額65億円余りの緊急無償資金協力を実施することを決めました。
とにかく、厳しい冬が来る前に、十分な食料や支援物資を人々に届ける態勢を確立しなければなりません。もう一刻の猶予もないというのが現状で、各国は、タリバンとの間で、政権承認の問題とは別に、人道支援をどう進めるかについて、具体的な交渉を急ぐ必要があると思います。
(出川 展恒 解説委員)
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